身代わりの姫1 私は燈璃じゃない



「……んっ」



冷たくて、気持ちいい。これ、なんだろう?

重たい瞼を持ち上げると、ボヤける視界に黒い天井が映る。私の部屋じゃ、ない……?



「起きたか?」



隣から聞こえてきた見知らぬ声の方を向くと、綺麗な金髪で、整った顔の男が心配そうにベッドの縁に腰をかけ私の額に手を当てていた。

誰……?



「あ、―――っ」



声を出そうとすると、声は掠れていた。




「無理すんな。ずっと寝込んでたんだ。とりあえず、水飲め」




私が頷くのを確認した金髪の男の人は私の体を起こし、水の入ったコップを傍にあった台から取り、私の口元へと運んでくれた。

コップの縁に唇を付けると少し傾けてくれて、水を飲み込むと体の中が潤っていくような気分だった。



そっと、私の唇からコップを離すとまた私を誰のか分からない黒いベッドに寝かせてくれる。

雨の中倒れた私を助けてくれたのかな……?




「なんで傘もささずにあんな所にいたんだ、燈璃」




「……え?」




―――燈璃?




もしかして、雨の日に会った私と瓜二つの女の子と間違えてる?

私を心配そうに見つめている彼は、少し怒っているのか不機嫌なのかわからない声で言った。




「どれだけ、探したと思ってんだ。心配させんなよ」




微かにタバコの匂いとそれを掻き消すかのように甘く大人の男性を連想させる匂いが私の鼻を掠める。




「……ちょっ、え!?」



ベッドの縁に座っている男はそのまま上半身だけを倒し、私の上へと覆い被さるように優しく抱きしめてきた。

私を“ 燈璃”と勘違いして。




「あの、私っ!!」



ソウって呼んでくれねぇーの?」



少し上半身を起こした金髪の男の人は、私を見つめながら少し甘い声を出している。

この人は、“ 燈璃”の恋人だったのかな?

そしたら、この黒と白を基調にされた部屋はこの人の家なのかな。



「燈璃……」



「……え、?」



返事の返ってこない私に痺れを切らしたのか、切れ長の瞳を細めて私の唇に唇を近付けてきていた。それに気付き、手を彼の口元に付け止める。



「……」



不服そうな瞳で私を見ると、口元を覆っている私の手のひらに生暖かい感触が当たる。




「……っ!?」



驚く私を見ると妖艶な笑みを浮かべているのは、私の手のひらを舐めた張本人。

なんなの、この人……。イケメンだからって何しても許されると思ってんじゃないの。



「あの、私は燈璃じゃないんですけど」



「……頭大丈夫か?」



言いたい事をやっと言えたと胸を撫で下ろすのも束の間に、蒼と名乗った金髪の男の人は、怪訝そうな顔で私を見て首を傾げた。



頭大丈夫かは私の台詞なんですけど!?

目の前でキョトンとしている彼を見て言葉を失った。自分の恋人と他人の見分けも出来ないわけ?

たしかに、瓜二つで似てはいたけど。



「俺がわかんないのか?」



「分からないとかじゃなくて、他人ですよね?」



「記憶喪失か?」



どうしても信じられない彼は、記憶喪失と言うと全て納得出来ると言ったような顔をして私を真剣に見つめてくる。



「私は、佐倉サクラ 杏樹アンジュです。貴方の探している“ 燈璃”ではありません」



自分の名前を名乗るとすごい険しい顔をして、私の両手首を掴み頭の上に固定されていた。

痛いっ。




「おふざけもいい加減にしろよ、燈璃。四週間も俺の前から姿消したのは、そうやって俺をおちょくるためか?」



「だから、燈璃じゃないって言ってるじゃない!!」




「俺がお前を見間違えるとでも思ってんのか?それとも、その身体に聞いて思い出させてやろうか?」




声を荒げずに静かに怒りを露わにしてて、怖い。

空いていた方の片手で私の首筋から細く長い指を這わせ段々と下へと進んでいく。



「や、やめてっ……か、翔琉っ!!翔琉……っ」




届くはずも無いのに恐怖から大好きな幼馴染みの名前を叫んでいた私。

そして、その言葉を聞いて更に眉間に皺を寄せる彼。





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