二.五話 三島隼人の初恋

二.五話 【三島隼人の初恋】


「柊~!待ってよ~」

「なっくんが遅いんだよー!」

 どこか見覚えのある公園。

 小さい俺は、小学生くらいの女の子を追いかけている。

 その子は柊という名前で、追いかけても、追いかけても…決して追いつくことはなかった…。

 

 目を覚ますと、天井のシミがぼんやりと視界に入った。

「夢か…」

 昨日、中学を卒業した俺は、あと数週間で高校生になるというのに、昔好きだった人の夢をみて、少し憂鬱な気分になっていた。

「忘れたと思ってたんだけどな…」

 寝起きの重い体を持ち上げて、スマホを手に取る。

 中学最後のグループメッセージ。

 そこには、希望に溢れたメッセージで埋め尽くされていた。

[また遊ぼうぜ]

 俺もその流れに乗り、実現するかどうかもわからないメッセージを送った。

 部屋から出て、リビングに向かうと、母さんが昼食を作っていた。

「あんた起きるの遅いわね。高校では起してやんないよ」

「別に中学も寝坊してなかったよ」

 そういって顔を洗いに行く。水で顔を洗うと、頬の傷に沁みた。

 卒業式の日、後輩に告白されて断った結果、その子を好きだった他の男に殴られた傷だ。

 理由はわからないが、俺は女子受けというものが良かった。

 中学でも何度か告白され、付き合った事もあったが、すぐに別れるのを繰り返していた。

 きっと…どこかで”あいつ”の影を追っているんだと思う。

ひいらぎ…」


 小学生の頃、よく遊んだ女の子がいた。

 その子の名前は、柊陽花ひいらぎはるか

 学校の花壇に植えられた紫色の紫陽花あじさいと同じ漢字が使われている彼女は、その花言葉の冷炎や無情といった花言葉とは、かけ離れた存在だった。

 柊は元気がよく、勉強も運動も、何でもそれなりにできる器用な子だった。

 それでも優等生って柄ではなく、俺達男子に交じって泥だらけになり、一緒に遊んでいた。


 柊は、クラスの中心人物だった。その笑顔、人柄の良さ、裏表のない性格が、人を惹きつけていた。

 俺は柊が好きだった。それは、友達としてとかではなく、正真正銘、異性として好きだった。

 でも、臆病だった俺は、柊に思いを伝えることができなかった。

 俺は、柊と仲が良かった。いや、俺もという表現が正確だ。

 だからこそ、思いを伝えてこの関係が壊れるのが怖かった。

 俺にとって柊は、たった一人の存在で特別そのものだったが、柊にとって、俺が特別という自信を持てなかったんだ。

 みんなから好かれる柊が好きだったはずなのに、それが苦痛で仕方がなかった。

 俺は卑怯者だ。柊のそばにいたいが為に、本当の気持ちを隠したんだ。


 ……それはすぐに後悔へと変わった。


 小学校を卒業し、中学へ進学したが、そこに柊の姿は無かった。

 家は決して遠くなかったが、学区というものが違ったらしく、通う中学が別々だったのだ。

 小学生だった俺は、何の疑問も持たず、柊とはずっと同じ場所にいれる。中学も高校も。そう疑わなかった。

 柊とは、仲は良かったがそれは学校と放課後だけの話で、家まで行くような仲ではなかった。

 小学生の俺は、携帯も持っていなかったので、個人的に連絡が取れなかった。

 連絡網はあったものの、柊本人が電話にでない可能性を思うと、怖くて踏み出せなかった。

 告白する瞬間はたくさんあったと思う。でも、その都度思いとどまって来た。

 それを今でも後悔している。

 もし、告白をしていたら受け入れてくれたんじゃないかって。

 でも、もう遅い。


 ーーそう思っていた……。


 高校の入学式、入り口の玄関に張り出されたクラス分け名簿。

 俺は、自分の名前を見つけるよりも早く、ある名前が瞳に映った。


【一年三組 柊 陽花】


 その名前を見つけた瞬間、全身の鳥肌が立ち、胸がドキドキした。

 俺は必死に、同じクラスに自分の名前がないかを探した。

【一年三組 三島 隼人】

「すげぇ……あった……」

 この時ほど、神の存在に感謝したことはない。


 入学式が終わり、教室では自己紹介が始まっていた。

「三島隼人です。中学ではサッカー部でした。趣味はゲームとか漫画っす。よろしくお願いします!」

 サッカー部と言っても、ずっとベンチだったんだけどな。

 一人ずつ挨拶をしていって、柊の番が回ってきた。

 そこには、俺の知っている柊陽花はいなかった。

「……柊陽花です。よろしく」


「なにあの子?」「感じ悪」「なんか暗いね」

 髪は小学生の頃より伸びていて、目に少しかかっている。

 そして、小学生の頃はかけていなかった眼鏡をかけていた。

 明るかった柊が、嘘だったかのように、わかりやすく周囲に壁を作っていた。

 そんな事をしている柊は、当然のようにクラスで孤立していた。

 そして、俺はそれを傍観した。


 入学してからしばらく経ち、男友達ができた。

 柊は、相変わらず人と関わらない様にしているので、ずっと一人でいる。その甲斐あってか、幸にもいじめにはなっていなかった。

 時々、学校をサボったり途中でいなくなったりすることがあったが、俺と担任以外、誰も気にすることはおろか、気がつくこともなかった。 


「なーなー。お前らクラスの女子で誰が可愛いと思う?」

 昼休み、ひょんなことから友達からそんな話題が上がった。

 各々、好きな子、タイプな子の名前を挙げていったので、俺もその流れに乗っかった。

「俺は、柊とか…?」

 周りに少しでも柊に気を配って欲しかったし、そのきっかけになって欲しかった。

 なにより、眼鏡をかけた柊も俺は可愛いと思っていた。

 周りの男子は見る目がないとか、もっと他にいるだろう等と話していたが、余計なお世話だ。


 俺は、柊陽花が好きなんだから。


 夏休み明けからしばらくして、体育祭が近づいてきた。

 クラスで実行委員を決める事になったのだが、クラスの半数以上から柊陽花に任せようという、意見が上がり、柊はそれを承諾した。

 実行委員は、男女一人ずつ必要だったので、男子が立候補する必要があった。

 でも俺は、立候補する勇気がなかった。

 ここで立候補すれば、俺は柊陽花が好きです。と公言するようなものだと思ったからだ。

 だが、運命なのだろうか…俺が柊を「可愛い」と発言した事を覚えている奴がいたらしく、それをクラス全員に聞こえるように話したのだ。

 俺は流されるがまま、実行委員になった。


 チャンスだと思った。


 今度こそ、好きだと伝えようと、そう思った。


 




 

 

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