ダンジョンで助けた双子姉妹にハーレム婚を申し込まれたので結婚する
砂塔ろうか
第1章 双子姉妹に結婚を申し込まれた
01 私たちと結婚してちょうだい
——発見した時にはもうすべてが終わっていた。
踏み込んだダンジョンの最奥部。
絢爛豪華な西洋風の邸宅といった風情のフロアには真新しい戦闘の痕跡が残る。小さな炎があちこちに残る絨毯に、壁やフロア奥の階段に突き刺さったままの
激戦だったのだろう。俺は一歩一歩、慎重に周辺を調べつつこの惨状を作り出した二名——
「燐火ー。氷華ー。無事なら答えてくれー」
あの二人に限って負けるということはあるまい——そう思いつつも嫌な予感がしていた。呼びかけに応える声はなく、生き物の気配すら感じられない。あの二人が戦闘の痕跡——炎や氷柱——をそのままに、ほったらかしにしてるのも気になる。
なにより——この場に残る魔力の残滓。それに俺は、覚えがあるような気がした。
じっとりと嫌な汗が湧き出るのがわかる。悪い予感がする。
——”和音……っ! 大丈夫、大丈夫だよ。私が、私が和音を死なせたりなんかしないから…………っ!”
思い出すのは過去。姉を失った日のこと。
「…………まさか、ここに来たのか? 奴が」
心臓が早鐘を打つ。早足になって、俺は捜索の速度を上げた。
そして、ほどなくして。階段を上った先、廊下の途上にて倒れる、制服姿の少女二人を発見した。
赤髪のサイドテール——綺羅咲燐火。
青髪のボブカット——綺羅咲氷華。
ほかには、誰もいない。彼女たちが戦っていたであろう相手さえも。
俯せに倒れていた燐火をまずは抱き起こして、違和感を覚えた。
人間を触っている感触として、これはおかしい——。
その違和感は、燐火の顔を見たことで正しいものだったと証明された。されてしまった。
「これは……っ」
——人物の肌の美しさを表現する際、「白磁のような」という比喩を用いることがある。あれは白磁という白くて硬い磁器のようになめらかで凹凸のない肌だという意味で使われているのだが————今の燐火の肌は、白磁そのものだと言えた。
硬い。
頬をつついてみても、指先が埋まることはなく、表面をつるりと滑るのみ。
妹の青髪——氷華も同様だった。
制服の袖をまくらせてもらうと、間接部には球体が確認できる。
「人形化の呪いか」
触れているだけでもわかる。彼女たちの肉体を変質させた呪いの凶悪さが。これほどの呪詛を行使する存在を、俺は一人しか知らない。
——奴が関与している。
俺たち姉弟を殺そうとした、あいつが。
「————。ふーーーーーっ。落ちつけ、俺」
沸騰しかけた臓腑を深呼吸で落ちつかせ、今やるべきことを冷静に思考する。今やるべきことは憎悪を思い出すことなんかじゃあない。この二人を助けることだ。
ひとまずは、一刻も早く外に連れ帰り、解呪の専門家に見せなくてはなるまい。だが、ご丁寧に身体の大半が磁器になっているらしい。男でまあまあ鍛えているとはいえ、俺一人では外まで運搬することは難しそうだ。
ゆえに、外に出るのは本人たち自身の足で歩いてもらうのがベストだろう。
幸いにも周辺は無人で、綺羅咲姉妹も今回は配信機材を持ち込んでいない。俺の秘密がバレる心配はせずともよさそうだ。
ふう、と息を吐き、燐火と氷華の二人の身体に手を翳す。
——律。力を貸してくれ。
念じ、スキルを発動させる。
程なくして変化は現れた。
燐火と氷華の肌が人間の柔らかさを取り戻す。端正で整った顔立ちに人間としての温かみが戻って、その表情は一気に生き物のソレへと戻りゆく。
「……愛川、くん?」
燐火が目を覚まし、その紅玉のような瞳をこちらへ向けてくる。確かな意志を感じさせる生気ある目。よかった。どうやら魂まで人形と化してはいなかったようだ。
「ああ。愛川
「ん……私…………」
ゆっくりと身を起こしながら、燐火は自分の額に手を当てて目を閉じた。それから、「ああ」と呟きを零し。
「……そっか。負けたのね」
「無理をするな。人形化の呪いがかかってる。それもかなり重いやつだ。きちんとした解呪師に診てもらう必要がある。今は俺のスキルで症状を軽減しているだけで、完全に治ったわけじゃあない」
「ああ、だから手指の感覚が……」
燐火が持ち上げた手は、人形のままだった。俺のスキルではどうしても人形の部分が残ったままになってしまうのだ。一応、歩くのに不自由ない程度には調整したつもりではあるが……。
「……ひとまず、お前は氷華と一緒に自分の足で外に出てくれ。【蘇生】のギフトで入口までワープすると、俺のスキルの効力が切れる。間違っても死なないようにな」
「私を誰だと思ってるの?」
燐火は立ち上がり、胸を張ってみせる。
「この綺羅咲燐火がわざと自殺して緊急脱出だなんて——そんなみっともない真似を、するわけないでしょう?」
「——。ああ、そうだな」
堂々たる振る舞い。立ち姿。これこそ俺の知る綺羅咲燐火だ。
敗北したという事実は多少なりとも自信にダメージを与えているであろうに、燐火の態度からは気弱さといったものが一切感じられない。こいつのこういうところを、俺は好ましく思っている。
「……ちなみに、和音くん。あなたのスキルで人形化の呪いを緩和しているとのことだったけれど——有効射程と有効期限についてはどうなの?」
「ん、ああ。当然の疑問だよな。射程はたぶんない。以前にも何度か、呪いの緩和をしたことがあったんだが——対象が地球の裏側に行っても問題なく俺のスキルは機能した。期間については二週間は保つ。それより長くはわからん」
「じゃあ次、愛川くんは私たちの人形化のことを誰かに報告した?」
「…………? い、いや。まだだが……スキルの効果が上手く発揮されてるか確認したかったし、お前達が起きてから報告を入れるつもりだった」
俺はポケットから通信端末を取り出して見せる。
——と、燐火はその端末を手で抑えつけた。
「報告はしないでちょうだい」
「どういうつもりだ?」
「……私、どんな呪いでも解ける【解呪】のギフトに心当たりがあるの。万能解呪能力の在処を、私は知っている」
ギフトとは、一部のダンジョンマスターが俺達人間に対して授ける恩恵だ。往々にしてその効果は強力であり、ダンジョン攻略者が持つ異能——スキルよりもずっと優れた力を発揮する。
「だから解呪師の手配は不要だってか? そうは言っても一応、報告しないわけには……」
「愛川くん」
燐火が俺の頬に触れる。冷たい、陶磁器の手で。
——カタカタカタと陶器の擦れる音が聞こえた。
震えているのだ。燐火の手が。ほんとうに、小さく。耳元に手がなければ、きっと聞き逃していたくらいささやかに。
「あなたに、二つのお願いがあるわ」
反面。燐火の声色は堂々たるものだった。それが虚勢だと感じさせたくない——そんな意思が感じ取れてしまい…………俺は、何も言えない。
「一つ目は、私たちが人形化の呪いを受けた件を隠してほしいってこと。そしてもうひとつは……」
躊躇いなく、堂々と。綺羅咲燐火はどこまでも綺羅咲燐火らしい振る舞いのまま、一息に告げた。
「——私たちと結婚してちょうだい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます