私は星の聖女と夜空を夢見る
ココむら
第一章 予感
"Stars Above Us"|ニュクスへの道のり
第1話 プレアデスの猟犬
私の視界は夜を覆う星々のベールに悩まされている。
差し迫った終焉と崩壊を目前にしても、光はただ残酷に美しい。
「逃げ、ないと……」
時間が刻一刻と過ぎるにつれ、残された選択肢が減っていく。
両腕は思うように動かず、片脚も痛みで使い物にならない。なにより……出血が止まらない。
魔術を詠唱することも、剣を振るうことさえも満足に叶わない。つまり残された最善の選択肢は――死力を尽くして逃げることのみ。
彼方の灯台を目指し続けた。しかし……
数百歩後に剣の支えなしには歩けなくなった。
数十歩後に地を這いつくばらなければならなくなった。
数歩後には視界に地面しか映らなくなった。
そして結末が訪れる。
揺らめく漆黒の霧がどこからか集まりだし、一体の獣の輪郭を構成していく。一対の青白い光点が蠢くと、霧の中から黒銀に覆われた狼が姿を現した。
もはや見慣れたそれが。
冷酷な沈黙が恐怖を鮮明に蘇らせる。恐怖はまた絶望、諦めへと結びつく。
結果なんて分かり切っている。もしこの場で逃げられたとしても、きっとまたすぐに追いつかれるだけ。
立ち上がり一時の集中。剣を振り払って炎を纏わせる。今はただ、夜の闇さえも照らすように。
1度目の対峙で魔術と好奇を失い、2度目の対峙で盾と希望を失った。
とっくに分かりきった事――この先に明日は無い――どのみち生還できないのなら、せめて一太刀を。
「……終わらせよう」
獣の歩みはあくまで穏やかだった。
もしかすれば3度目となる対峙に際して、新たな感情が獣の内に生じたのかもしれない。
いずれにしろ間違いなく。底なしの敵意は変わらずその双眸に秘められている。
青白い粒子が口元に収束し刃が形成され――そして、色褪せた空色が増幅を始める。
やがて気付いた。空色が輝いている。夜空に偏在するどの星よりも輝いている。
私に対する憐れみなのか、あるいは称賛なのか……こうなってしまっては、もう何もかも分からない。
それもまた、この生涯に相応しい終わりなのかもしれない。
優しい風が乱れた前髪を視界から追い出し、夜の星辰が映し出される。つられて今一度の深呼吸。
獣の突貫と同時に、死地へ捧げる一太刀を振りかざした。
…………
間合いが潰れ剣と刃が接触する刹那。私の紅い魔力でも獣の空色の魔力でもない――第三の、黄金色の爆発が起こる。
予想だにしてない衝撃はどうやら獣だけを狙ったものらしい。回避が間に合わなかったのも関わらず、傷1つ負っていないから。
未だ黄金の光跡が消えないその魔力の爆発――魔術は最高位のものだとすぐに分かる。獣が攻撃を止め後方への回避に専念したように。
この魔術の使い手は一体どんな人物なのだろう。1つ分かるのは、伝承に謳われる英雄や君主に匹敵する力の持ち主ということだけ。
「……へっ⁉」
次の数瞬、私は自分の目を疑った。
黄金のベールの中から……この場に似つかわしくない一人の少女が。
「敵は一体だけ?」
私は地にへたり込んだ。体力と気力が限界に近いことよりも何より、突然現れた少女とその魔術に頭の整理が追いついていなかったから。
「うん……」
「……よくここまで戦ってくれたわね。心配は不要よ。貴女はこの私が死なせはしない」
絞り切った声とは反対に少女の声は雄弁で、それでいて優しい。焦燥に溢れた心が徐々に、安らかな落ち着きを取り戻す感覚があった。
所作と佇まいから確信せざるを得ない。彼女こそ未知なる魔術の使い手で……私を救ってくれた張本人だった。
傍に突き立てられた彼女の錫杖から立ち昇る結界は、私を覆い囲んでいる。
「さぁ、もう休みなさい」
出血の抑制により痛みが引いていくと同時、抗えない眠気に襲われた。これもきっと魔術の作用なのだろう。
微睡みの直前、最後に見たのは――咆哮を響かせる獣と、光の槍を携え立ちはだかる彼女の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます