砥石・イン・ワンダーエレベーターホール
鯛谷木
本編
私の名前は
到着を知らせるアナウンスとドアの開く音に気がつくと、目の前の四角の先には、空に染まったような青く眩しい屋内が広がっている。
「……ここどこ?!?」
なんで?!?ホームは??!?
諸事情により非日常に巻き込まれることは多いが、それでもやっぱり不測の事態には驚いてしまう。思わず頬を抓ったが普通に痛い。とりあえずここはまぎれもなく現実のようだ。
とりあえずエレベーター内のボタンを押してみるも、うんともすんとも言わない。もちろん非常時の通話ボタンも長押ししたけれど、どこにも繋がる気配がない。
「まぁ、こういう時は考えるより動く!だよね」
ゆっくり踏み出すと、カツンカツンと新品のローファーの靴音が響く。頭上はかなり高い吹き抜けになっているようだ。そのままなんとなく中央の方まで歩みを進め、ぐるりと見渡す。
この部屋?は半円の形をしていて、壁はたくさんのエレベーターのドアが等間隔に並んでいる。そしてそれぞれの乗り口から伸びる大理石のような道を除き、壁も床も透明なガラスで出来ているみたい。その向こうにはおそらく骨組であろう金属の柱と、抜けるような青空が広がっていた。ここまでスケスケだと、高所恐怖症じゃなくっても少し背筋が冷えてきちゃう。というか床の下も青空ってどういうことなんだろ。まぁそれはさておき。
「ここは……エレベーターホール、なのかな?」
「そうだよ、いらっしゃい」
「うわぁ!?」
いつの間に。後ろからの声に振り向くと、そこには椅子に腰かけた男が得意げに微笑んでいた。彼は白い上着を羽織り、白みがかった青い長髪を一纏めにしており、そして顔立ちはかなりのイケメンだった。
「突然ごめんね。僕はそう、物語を集めているんだ。君の周りにいるステキな人、フシギなできごと。そういったものを教えてほしい。」
彼の言葉はまるで現実離れしていたが、こちらを見つめる瞳の色に、私は夢のように納得してしまう。
すてきなひと、ふしぎなできごと……そうか、なら、語るべき出会いはたったひとつだ。
「私……私には、ヒーローがいる。」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、さっそく語ってもらおうか」
それは、たしか私が小学生のとき、だったかな。その日はお姉ちゃんにお使いを頼まれてた気がする。はりきって道を歩いてたら高校生か大学生か、なんかちょっとヤンキーっぽい集団が、一人の男の人に絡んでたんだ。いわゆるカツアゲだね。
そのころの私はヒーローの出てくるアニメガ大好きで、自分もなりたいな!って憧れてて、だから、まぁ、見過ごさなかった。今ならわかるよ、そんな危険なことはしちゃいけないって。
うん、そう。注意したんだよ。ヤンキー相手に。案の定殴られそうになって、ここでとたんに怖くなった私は目をつぶった。
でも、いつまでも拳は飛んでこなかったんだ。
「なぁ、そこの奴ら。子供を殴るのは、良くないことだと思うがどうなんだ」
って、やけに平坦な男の声が聞こえたんだ。
そこからはすごかったよ。3人くらいいたヤンキーたちを一瞬でのしていって。やっとお礼が口から出てきた私を置いてスタスタどっかに行っちゃった。あとカツアゲされてた人は気づいたらいなくなってた。
え?終わりじゃないよ、ここからが大事だから。私はしばらくぼんやりしてたんだけど、おつかいのことを思い出してお店へいって、そしたら、そこにさっき助けてくれた男の人がいたの。明らかにぎょっとして逃げるから追いかけて……転んだところに追いついて、手を伸ばした。
「さっきはありがとう!お名前は?」
「……いや、それほどでも。あと、名前は、ない」
それが私の
「へぇ……それで君は、ヒーローを手に入れたわけだね。」
男は満足そうに微笑んだ。どうやらお気に召したみたいでよかった。
「手に入れたというか……出会ったというか……うーん、まぁいっか」
「素敵なお話ありがとう。お礼に君を学校の手前まで送ってあげよう」
男が数度手を叩くと、さっきとは違うエレベーターの到着音が鳴る。
「さあ、お乗りなさい。」
不思議な男は椅子から立ち上がり、開いたドアを押さえてこちらをふりむく。今度のエレベーターはこれまたガラスでできているようで、乗り込むのがちょっと怖い。
「ありがとう……?」
促されて乗ったエレベーターの箱の中、私はハッと気づいて振り返る。
「そうだ!あなたのお名前!!聞いてない!」
「ああ……それじゃあ、君の付けた名前にあやかって、『アークのお兄さん』とでも名乗っておこう」
お兄さんはこちらに向かって手を振っている。
「えっ?あやかるってどういうこと?」
エレベーターのドアが閉まる。
「まぁそこら辺は次までのお楽しみってことで。それじゃ、チャオ〜」
ぼんやりと響くお兄さんの声を最後に、私の視界は真っ暗になった。
目を開くと私はいつの間にか校門の前に立っていた。今の、なんだったんだろう……なんか変なことに巻き込まれていた気がするけれど、全く思い出せないや……。
「おい」
後ろから声をかけられる。
「えっ、居刃?どうしたの?」
そこには自転車に乗った、見なれた赤い眼鏡の男がいた。家から学校までは結構な距離があるはずなのに、息ひとつ乱さずいつも通りの調子でこちらを見ている。
「どうした、じゃない。忘れ物だ」
居刃はカゴにあった袋を放り投げる。私はそれを受け止め中身を覗く。
「あっ、体育着!!ありがとう!」
「礼を言うなら姉にしろ。俺は届けただけだからな」
そっけない態度の居刃は私の言葉を待たず自転車を漕いで去っていった。
「わかった。じゃあまた後で!」
やっぱり、居刃は私のヒーローだ。
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