Epiode 16 大岩に追われ、大蛇に追われ
【二十三年前、王都の跡地 地下大迷宮 第一階層】
「さてどう進もうか」
私とサーシャル卿は流砂から辿り着いた薄暗い空間で方針を考えていた。頭上では巨大な根がその存在感を発し、散りばめられた宝石達がその輝きを瞬かせていた。
「ところでサラさん、頭の上の根っこ。どうして聖樹ってわかるの?」
「ん、この大きさと伝承からだな。我々人類は聖樹の根本で国を創り、発展したと伝えられている。そして、王都の跡地は現在発見されている遺跡の中で最も古い遺跡だ」
サーシャル卿はその豪快さから分かりにくいが、知識に富んだ人物だとこの時の私は感じていた。
「こうも暗いと松明だけじゃ進むのは難しそう」
「しかし、ここの住民はどうやって生活をしていたんだ。こうも暗いと健康を害してしまいそうだ」
「たしかに。どこかに光源があったのかしら」
このまま立ち往生する訳にもいかないという理由で私たちは松明のみで進みはじめた。しばらく歩いて分かったことだが、私たちが辿り着いた空間はどうやら当時の市場のようなものだったらしく、品を並べるための石机がほとんど全ての家の表に置かれていた。
歩いて数分後、私たちはどこに繋がっているかは分からない通路の入り口に辿り着いた。
「ここからが迷宮の本番かな」
「サラさん、壁に何か溝がある」
「恐らく、火を灯すための溝だろう」
「え、そしたら点けたら良いんじゃない?」
「いや、ここで大規模に火を点けてしまうと我々の空気が無くなってしまう可能性がある。当時は吸気用の穴があったのだろうが、それが今も十分に機能している保証はないからな」
私は素直にサーシャル卿の冷静さに感心してしまった。今となっては解らないが、先代の騎士王様が彼女を選んだのもこういう所を評価してのことだったのだろう。
カチッ
しばらく狭い通路を進み、少し傾斜のついた広い通路に出たタイミングで足元で音が鳴った。二人で「ん?」と言った時には既に遅く、通路が音を出して振動し始め、背後から何かが近づいてくる音がした。
「こ、これはまさか…」
サーシャル卿が苦笑いを浮かべ、後ろを見た。すると、もの凄い音と勢いで巨大な岩が転がって来ていたのだ。
「マルタちゃん!走れ!」
「ええぇぇ、嘘でしょ!」
二人して全力で通路を走り下ったが、岩との距離はぐんぐん短くなっていった。
「ハッ…ハッ…ハッ!マルタちゃん、これが未踏破の迷宮ってやつだ!楽しくなってきたな!」
「ハッ…ハッ…サラさんっ!何を悠長なことを!こんなベタな罠ってあるー!」
「…とはいえどうしたものか。このままでは潰されてぺちゃんこだな」
「ハッ…サラさんの斧で壊すってのは…どう?」
「残念だが却下だ!威力があり過ぎて通路も壊してしまう」
岩がすぐ後ろに迫っていた。
「マルタちゃん…一つ賭けだが提案がある」
「ハッ…ハッ…ハッ…なに?」
「あの岩はそこそこ綺麗な球体に見える。つまり通路の四隅には必ず隙間があるはずだ」
「ハッ…ハッ…そこに…滑り込もうってことね」
「そうだ、準備は良いか?」
「分かったわ。それじゃあ…さん…に…いち!」
タイミングを合わせて二人で通路の左右下隅に飛び込んだ。岩に潰されないことを祈りながら、身体を可能な限り細くして隅に寄った。すると岩は綺麗に私たちの上を通り過ぎて行った。
岩が通り過ぎた後、通路内には遠くで岩がさらに先に転がり続ける音が響き、数分してその音が聞こえなくなった頃、先ほどまでの騒動が嘘であったかのように通路は静まりかえっていた。耳に入るのは私たちが息切れする音だけだった。
「はっはっは!何とか切り抜けたな」
「そうね...私には笑う元気はないけど」
「いやいや、切り抜けただけでも大したものだ。マルタちゃんがこれを楽しめるようになるのはもう少し実力をつけたらかな?」
「そうなることを願ってるわ」
息も整って落ち着きを取り戻した私たちは再び自分達がとるべき行動について話し合った。結論、我々が向かう先はこの地下迷宮の最深部のため、地下へと向かうこの通路を歩き続けることした。歩いて何時間くらいだったかな、とにかくしばらく歩き続けると横に抜ける道があったから我々は再び迷宮の正規ルートに戻ることができた。
その後も広い空間に出たり、細い道を進んだりを繰り返し、私とサーシャル卿はさらに地下へと続く階段へ辿り着いた。
「サラさん、階段よ」
「うむ、階段だな」
「どうする?このまま進む?」
「無論だ。我々は最奥を目指している。皆が目的を忘れていなければ最深部で会えるはずだ」
こうして私たちは迷宮のさらに地下、分かりやすく言うと地下第二階層へと向かったのだ。
―――――――――――
【二十三年前、王都の跡地 地下大迷宮 第二階層】
第二階層は第一階層より光り輝く宝石が多く、松明が要らないくらいには明るい空間や通路が広がっていた。しかし、そんなことに感動している暇はなく、私たちは再び通路を全力失踪していた。
ハッ...ハッ...ハッ!
「ちょっとサラさん!なんで色々と触ってしまうのよ!」
「はっはっはっ!いやー、気になるとどうしても手が伸びてしまうんだ」
第二階層に入った私たちは早速、巨大な蛇のような生物に追いかけられており、これも全てサーシャル卿が「何かが穴から出ている」と大蛇の舌先を不用意に、かつ思いっきり引っ張ったせいだ。
これではいつかレイモンドが巣造り子豚を捕って聖獣を怒らせた時とまったく同じ状況だ。この二人はもしかしたら似たもの同士なのかもしれないと思った。
「こうなったら致し方ないな!マルタちゃん、アイツを倒すぞ」
「え、アイツを?体長五十メートルはあるわよ!」
「良い修行ではないか!君は竜の卵を獲りに行くのだろう?これくらい難なく切り抜けられなくてどうする!」
一瞬後ろを振り返るとものすごく鋭い眼光が私たちを睨んでいた。
「私がやつの動きを止めるマルタちゃんはその間に奴の首を斬れ!」
「もう、分かった!」
私の返答と同時にサーシャル卿は斧を背中から抜き「聖具解放!」と唱えた。すると最初に見た解放とは異なり、サーシャル卿の鎧がまるで炎のドレスのように変化した。そして、こちらに突き進む大蛇を正面から受け止めたのだ。
その間、私は大蛇の首を斬り落とすために横側に走り抜け、大蛇の上に飛び跳ねて剣を振り上げた。
「
私はこれまで一度も成功したことが無い奇跡を唱え、大蛇に斬りかかった。
奇跡を纏った剣が大蛇の鱗にあたることで火花を散らしており、おそらく地下の鉱物を食べてより強固な鱗になっているのだろうと思った。この奇跡があって斬れないと打つ手がないと諦めかけた時、サーシャル卿が私に叫んだ。
「マルタ!奇跡だけに頼るな!これまで培ってきた力と技術を注ぎ込め!」
私はさらに剣に力を込めると、それに応えるように剣が鱗に沈みはじめて硬い鱗に亀裂が入った。
最後の力をふり絞り剣を引き切るとその斬撃は大蛇を真っ二つに両断した。
「わ!斬れた!」
落下する私をサーシャル卿が受け止めてくれた。
「よくやったマルタちゃん!大したもんだ」
「私、あの奇跡を初めて使えた...」
「あまり聞きなれない詠唱だったが今のは『民の奇跡』か?」
「そう、私の家から見つかった手紙に書かれていたの。誰宛なのかは分からないけど」
「おそらくマルタちゃんの母親が君のために残した奇跡だったのだろう。こうして君が危機を一人で乗り越えられるようにと」
実は魔物に襲われて倒壊した私の家から見つかって私に届けられた物が一つだけあって、それが手紙だった。中には幾つかの奇跡とその効果が書かれていたのだが、私は使いこなせないでいたのだ。
私は母を思い出し涙が出そうになるのを堪えて立ち上がった。
「サラさん、私お腹が減ったわ!コイツを食べちゃいましょう!」
「お、良い心がけだ!旅は楽しまないとな!」
その後、私たちは食事と睡眠をとるために少しの間、第二階層でキャンプをすることにした。
―――――――――――
【用語】
■王都の跡地
それは実在したのか、今となっては誰の記憶にも残らない歴史の彼方に消えし王国の跡地。
当時の建造物は遺らず、ただ荒涼とした大地が広がる場所。
■王墓への路
遥か昔に存在したとされる国の王が眠る場所。
内部は迷宮になっており、過去に踏破した者はいない。
■扉
神界、聖界、魔界、人界それぞれを繋ぐゲート。
聖界内ではランダムな場所に出現する。
■聖樹
聖界に存在する大樹。
人々の信仰によって神性を獲得した珍しい存在で、聖界を守護していると伝えられている。
聖界の人々は聖樹の根本で発展したと言われているが、太古の昔に聖樹は大火で失われたとされており、現在は信仰のみが残っている。
■奇跡
神、聖なる種族が起こす現象の総称。
精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。
主に聖界、神界で使われ、「民の奇跡」「精霊の奇跡」「神の奇跡」の大きく三つに分類される。
■魔法
神、魔なる種族が起こす現象の総称。
エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。
主に神界、魔界で使用される。
■魔術
主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。
魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。
【登場人物】
■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ
三十九歳の女性で聖界最大の国、グレグランドの十一代目国王。この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。
十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。
何かの罪を悔いているがその詳細は不明。
■セーラ
マルタの昔ばなしを聞く少女。
二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。
ルーンの森の泉の精霊アルセイアスが言うには彼女の存在は想定外らしい。
■レイモンド・ルーク
二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。
グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。
お酒好き。
■サラ・サーシャル
二十歳の女性で、グレグランドの十二騎士の一人。
ウェーブがかかった赤毛の騎士で左眼には眼帯をしている。
大雑把だがサッパリした性格をしており、時折懐の深さを感じさせる。マルタが騎士を目指していると聞いて密かに喜んでいる。
1)
彼女が使用する戦斧。
今となっては誰の記憶にも残らぬほど遠い過去の名匠によって製作された珠玉の一振り。
刃の部分には古い文字で「此れ、万戦万勝の斧なり」と書かれている。
使い手が見つからず、一度も歴史上にその姿、名前を現すことは無かったが製作者がその戦果を願い、時代と空間を超えて彼女の手に届いた。
■スライト
サラ・サーシャルとは同郷の幼馴染。
使用する武器は弓。
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