銀髪騎士の英雄譚

四季香

第一章 銀髪の少女とグレグランドの騎士達

Episode 1 語るは遠き災禍の夜

【現在、とある森の家】


 うむ、今日は実に良い日和だ。これは、何処かで竜が一鳴きしたのかも知れない。

 

 私は森の中にひっそりと佇む我が家の庭で、昼食後の読書を楽しみながら「竜の一鳴きで荒天は晴れ、二鳴きで恵みの雨が降る」という言い伝えを思い出していた。庭には多種多様な野花が咲き、風の向きによって鼻に入る香りが変わる。そして、その香りが変わるたび、異なる記憶が頭に浮かぶ。

 竜の逸話は確か騎士になる前の見習い時代に聞いた話だ。話を聞いた直後は所詮はおとぎ話。竜とはいえ天候を操る力なんて無かろうと高を括っていたが、そんなものでは済まない力を持っていたし、恐ろしい思いをした記憶がある。詳細は思い出せないあたり、私ももう歳かな。


 少しだけ過去の記憶を楽しみ、私は再び本のページを捲り始めた。


―――――――――――――――


【現在、とある森の家】


 読書を始めて、二時間ほど経っただろうか。読書に耽っていると陽に傾きがついてきた。辺りを見渡すと、これでもかと空から降り注ぐ陽光が、それを逃がさんと密集する樹木の葉の包囲網をすり抜けては地面に伸びている。


 読書に飽いた私は昼寝でもしようかと、本を開いたままお腹の上に置いて目を閉じた。

 葉を透け抜けて少し優しくなった陽光が私の顔を暖めながらも、空を流れる雲や風に揺れる木の葉にその道を塞がれるのか。時折ぱっ……ぱっ……と点滅している。


 それにしても静かだ。

 あれほど魔物を、魔界を憎み、その命を絶ってきた私がこんなにも落ち着いた日々を過ごして良いのだろうか。私は故郷を奪った魔物共を殲滅せんめつして魔界を滅ぼすために一八の頃に騎士となり、魔物との戦いにその身を投じてきた。全ては復讐のためだ。


 この世に存在する四つの世界の内、聖界、魔界、人界を巻き込んだ戦い、三界大戦が終わってからもう五年が経った。魔界そのものは今も存在するが、王を討ち取り、戦力の殆どを壊滅させた。元々、圧倒的な王に依存した集団だ。たとえ生き残りがいたとして、自然消滅するのは時間の問題だろう。


 ふと気がつくと、庭の中央からこちらを見つめる私のつるぎに細いツタが巻き付いていた。騎士である私の怠惰とそれを許容できる世界がここにはある。私は成し遂げたのだ。


 さて、二ヶ月ほど前からだろうか。私が経験した戦いの物語を聴きたいとセーラという少女が私のところに訪ねて来るようになった。

 彼女は川の水のような爽やかな青色の髪を持ち、肩甲骨まで伸びるその髪が揺れるたびに、それこそ川の流れを思わせた。肩にフリルの付いた白のシャツに紺のスカートを履いており、身長は私の肩ほど、歳は十歳くらいだと思う。


 そんな彼女は週に二、三度「貴方が英雄マルタ様ですか?ぜひお話を聞かせて下さい」とこの家を訪ねてくるので毎度追い返していた。私としては復讐の話などあまりしたくはないのだ。


 しかし、既に今週も終わろうとしているのに彼女はまだ顔を見せていない。

 恐らく私が与えた「竜の卵を獲ってきたら話しても良い」 という課題の困難さに気づき、諦めたのだろう。あの竜は聖界が誕生した時から存在するという伝説が残るような奴だ。よわい十の少女が卵を手に入れられるわけが無い。


 そんなことを野花が咲く私の庭園で考えていたら、何者かが表の扉を開け、家の中を通り抜けてこちらに近づいてくる音がした。しまった、私としたことが鍵をかけ忘れたのか!


ドンドン、ガチャッバタン、ドタドタドタ――


「マルタ様ー!ちゃんと竜の卵をとってきたわよ!今日こそは約束通り、マルタ様の英雄譚を聞かせて貰うわ」


 ――こんな小娘に卵を獲られたのか?

 伝説の竜が聞いて呆れる。私が挑んだ時は「世界を滅ぼしてやる」と言わんばかりの暴れっぷりだったではないか。少なくとも小娘に不覚をとる様な奴では無かった。


「―――あのな。私の話は英雄譚のように輝かしく、華やかなものではない」

「マルタ様、それを決めるのは私よ」

「……」


 花畑の上。まんまるとした目をきらめかせながら隣に座る少女。私はその眼差しに対してこれ以上の拒否は出来なかった。はあ、私も聖界が平和になって丸くなってしまったか。


「私の気分が乗らなくなったらすぐに止めるからな」

「やった!ありがと!」


 こうして、私はセーラという名の少女に私の物語を語り始めたのであった。


 ――――――――――――――


【二十三年前、聖界と魔界の境界付近の村】


 私は十七歳まで魔界との境界付近にあるクク村という村に住んでいた。当時はまだ魔界からの侵攻が激しく、聖界と魔界の境界には結界が張られていたのだが、どこからか侵入してくるのだろう。時折魔物が目撃されるような土地だった。


 あれは今日みたいに良く晴れた日の午後だった。私は病気で寝込んでいた母に薬効のあるものを食べさせて元気になってもらうため、山に薬草を集めに出かけていたのだ。


 薬草集めが順調に進み、辺りが暗くなってきた頃。私は村の様子がおかしいことに気がついた。

 祭りでもないのに村がやけに明るかったのだ。そして私ははっとした。あれは火だと。それも村全体を覆うほどの炎になっていると。


「ハッ…!ハッ…!ハッ…!」


 嫌な感覚が頭をよぎり、私は薬草がぎっしり詰まった籠を投げ捨てて走りだした。木々の枝が何度も身体を小さく裂いたが、それでももっと速く、もっと速くと私は走り続けた。


「おがあぁさん!!おがぁさーん!!」


 私が村に辿り着いた時には全てが燃えていた。今朝まで母親と過ごした家、友人と語り合った広場、私の思い出の全てが、獄炎の中にあった。 炎によって熱せられた空気が私の肌をちりちりと焼き始めた。


「みんな!!どこ!!」


 家や何かが焦げた嫌な匂いが炎の熱とともに村を満たしていた。そして走る私は何かグニッとしたモノを踏んだ。足元を見るとそれは死体だった。何かが分からないほど焼け焦げていたが踏んだ感触は確かに死体だった。


「ゔぅ……おぇっ」


 胸の奥から何かが込み上げてきて私は胃の中のものを全て吐き出した。吐いた後、辺りをよく見ると人間に混じって魔物らしき死体もあった。

 「誰かが戦ったのか」と思ったその時、キィィンと固いもの同士が当たる音がしたのだ。


「誰か生きてる!!」


 私は吐きながら、炎の熱で喉を焼きながら走った。人間かも定かではなかったが、誰かが生きているという希望に私は向かわずにはいられなかった。


「誰か、誰かいるの!!」


 角を曲がると一人の騎士が誰かと戦っていた。その騎士は短い剣を二つ持った双剣使いだ。

 後ろで炎が燃え盛っているせいでシルエットでしか外見を判断出来なかったが、敵も人間のような見た目だった。魔界から来る人型の化物を私は一つしか知らなかった。魔人だ。


「――騎士?助けに来てくれたんだ!」


 私に気がついた騎士は大声で「逃げろ!森に向かって全力で走れ!」と叫んだ。


 その瞬間、おそらく騎士は魔人から目を離してしまったのだろう。魔人の腕が騎士の胴体を貫くのが見えた。


「がっ……ぐふっ」


 そして彼は最後の力で自身を貫いた魔人の左腕を切り落とした。 魔人は炎がごうごうと鳴る中でも響くほどの悲鳴を上げた。


 その瞬間、私は森へ向かって走り出していた。追手が来ていないか、何度も振り返った。とにかく走ったのだ、森の方へ、森の先へと。体力が無くなる頃には丘を越え、村はすっかり見えなくなっていた。


「もう……むり」


 川まで逃げた私はごくりとひとすくいの水を飲んで、そのまま眠ってしまった。

 ________________

 

ゴトッゴトッゴトッ、ゴンッ


「んっ…」


 川で倒れた私は揺れる地面に頭をぶつけて目を覚ました。目を開けると私が寝ていたのは地面ではなく、木の板の上だった。揺れの具合から、馬が引く荷台の上であるとすぐに分かった。


「おっ!目が覚めたかい?銀髪の嬢ちゃん」


 馬の手綱たづなを握る商人と思われる、青い長髪を後で束ねた男が話しかけて来た。敵意は感じなかった。


「いやー嬢ちゃんを見つけた時はビックリしたね。何だってあんな川で行き倒れてたんだい?」

「私の村が…魔人に襲われて…」

「えっ?もしかして嬢ちゃん。クク村の娘かい?」

「はい、そうです」

「ってことは三日間も川で倒れてたのか。そりゃ気の毒になぁ。嬢ちゃん!これからグレグランド王国に行くから保護して貰うと良い。騎士の連中が今回の生存者を探していたからな」


 グレグランド王国、別名騎士の国だ。聖界最大の国で、当時、グレグランドの騎士達の活躍で魔物の侵攻を抑えていた。商人の話を聞き、私の中である感情が芽生えた。


「騎士になれば奴らに復讐出来るかもしれない」


 揺れる荷台。私は復讐という感情の種を胸に聖界最大の国、グレグランドを目指したのだ。

 _________________


【現在、とある庭園】


 色とりどりの野花が咲く庭園で暗い話をしているというのに、セーラは私にもたれながら楽しそうに話を聞いている。


「それでそれで?商人のおじさんとはどうなったの?」

「道中はあまり会話をしなかったな。心の整理をしたいだろうと配慮してくれたそうだ」

「へー、とても良い人ね」

「あぁ。彼とは長い付き合いになるのだが、それは少し先の話だな」


 セーラは少し間をおいてから聞きにくそうに私に尋ねてきた。


「そのーマルタ様はその日から五年前の戦争までずっと復讐を目的にして生きてきたの?」

「――そうだな、そうだった気がする。いや、今もそうかも知れない。仮に魔界が滅んでいないとしたら、私はすぐにでも森を出て剣を握るだろう」

「やっぱり、そうなのね。私に出来るのはもうこれしか……」

「ん?」

「いや、なんでもないわ!それより話の続きを聞かせて」

「それよりってセーラが私に聞いてきたのではないか」

「へへっ」


 セーラの自由奔放ぶりに振り回されながら私は物語の続きを語り始めた。


――――――――――――――


【二十三年前、聖界 グレグランド王国】


ゴトッゴトッゴトッ...


 ルークという名の商人に拾われてから二日が経った頃。我々は聖界最大の平原、ルーン平原手前の丘を登っており、丘の頂上を越えた先にその国はあった。


「嬢ちゃん、あれがグレグランド王国だぜ」

「わー!凄い!」

「そうだろ?何せ聖界最大の国だからな」


 周りを低い丘に囲まれた広大なルーン平原の真ん中にその国はあり、中央には白と青色でいろどられた美しい城が悠然ゆうぜんと建っていた。

 この大国なら騎士になり、そして村を襲った魔物に復讐することができる。当時の私はそう確信した。


「後二キロメートルってとこかな。もう少しだぜ、嬢ちゃん」


 そこから三十分ほどして、私達は国の入口に到着した。


「門番に話してくるからちょいっと待っていてくれ」


 そう言ってルークは馬から飛び降り、門に向かって歩いて行った。彼は鎧を身にまとった門兵にこちらを指差しながら何やら話をしていた。恐らく、私の境遇について説明をしてくれていたのだろう。

 話が終わると、二人の門兵と共にこちらに歩いてきた。


「嬢ちゃん、この方達が保護してくれるってよ。よかったな」

「マルタ殿、ご無事で何よりです。ここに来たらもう安全ですよ」


 私は荷台から降り、門兵の後ろについて歩いた。少し進んだところで、背中からルークの声が聞こえてきた。


「嬢ちゃーん!元気でなー!きっと良いことがあるぜ!」


 私は大声で別れの言葉を云い、ルークと別れた。


――――――――――――――


 そこから一時間ほど歩き、私は城の客間につれてこられた。部屋一面が高貴な装飾できらきらしており、天井は高く、まるで空がそこにあるかのように水色のペイントが施されていた。出された飲み物とお菓子は今まで経験したことが無いくらいに美味しかったのを覚えている。


 落ち着かずに辺りを見渡していると扉が開き、使用人らしき一人の女性が入ってきた。


「どうぞこちらへ。騎士王様がお待ちです」


 私は紅茶を吹き出しそうになってしまった。当たり前だ、騎士王と私が直接話すなんて一生に一度あるか無いかの機会に違いなかろう。私は動揺を隠せないまま、女性の後をついて歩いた。

 しばらくして、一際大きい両開きの扉の前でその女性は止まった。


「この扉の向こうに騎士王様がいらっしゃいます」


 そう云って扉を叩く二回と扉がゆっくりと開き始め、内側から優しい光があふれ始めた。



―――――――――


【用語】


■四界

世を構築する四つの世界、聖界、魔界、人界、神界を合わせて四界と呼ぶ。


■魔物

魔界に生息する化け物の総称。

体内で魔力を生成でき、それを利用して魔法を扱える。


■魔人

魔物と人間、もしくは魔人と人間の混血種。

魔力を自身で生成でき、魔法を使用できる。


■結界

聖界と魔界との境界には騎士王がはっている結界がある。

この結界が魔界の侵攻を抑えている。


■グレグランド王国

選ばれし英雄。騎士王によって統治される聖界最大の騎士の国。

騎士の中でも英雄と呼ばれる、グレグランドの十二騎士は聖界全域を守護する存在で「彼らなくして今の聖界なし」とまで言われる。


【登場人物】


■マルタ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


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