第13話 お風呂、数少ない鏡を見る時間
見事登頂を果たし、クラスで写真を撮り、バンガローのところまで下山して、林間学校のスケジュールはいよいよほとんどが消化された。
あとはもう1泊して明日帰るだけ。
端山とのことも解決? したことだし……やれやれって感じだった。
夏休みは何しよう。
気になってるゲームもあるし、気になってるアニメもある。また端山を誘えるようになったってことは、マルチプレイのゲームもアリだなー。
そんな風に、バンガローのベッドで林間学校が終わったあとのことを考えていると、不意に美少女の顔が目の前にスライドインしてきた。
「隅野さん?」
うわ、びっくりした。幻覚かと思った。
白河さんは私の顔を覗き込んで、藍沢エマみたいに清楚な声で言う。
「今日はお風呂、どうする?」
なんて優しいんだ。
昨日断ったのに、今日も聞いてくれるのか。
後ろにいる他の班員(緑谷さんじゃないほう)は『よしときなよ』って顔してるのに。
でも、私はデフォルトが後ろ向きの女。
こういうときは、自動的に誘いを断るようにプログラムされて――
「……い、行く」
――あれ?
肯定的な言葉がするりと自分の口から出たことに、私は戸惑った。
女たるもの、ああいう身体でありたい。
それが白河光梨の全裸を見た感想だった。
汚れを知らないなめらかで白い肌……ほっそりとしてるのに、曲線には事欠かないスタイル……服を脱ぐと意外と胸がでかいっていうのも超高ポイント。
私が男だったら、白河さんで童貞を捨てたい。
いや、無理か……恐れ多すぎて萎えそう……。
「疲れたぁー」
「うわ、そのネイルめっちゃ綺麗にできてない?」
私はその光り輝くような裸に、そして明るい蛍光灯の下を飛び交う笑い声や軽口に背を向けると、脱いだ服をそそくさと籐のかごの中に放り込んだ。
無理だ無理だ。細いのと意外と胸あるっていうのが私のささやかな自慢だったけど、あれを見ると私なんか細いっていうよりガリガリなだけだし、胸あるって言っても大したもんじゃないし、そもそもちんちくりんだし、どこも自慢にならん。
何食ったらあれになれるんだろ? 人魚の肉とか?
タオルを身体の前に当てながら、ぺたぺたと小走りで浴場に飛び込む。
ムワッと全身を包む湯気と、あちこちから響くシャワーの音。
私は空いている風呂椅子を見つけると、そこに素早く腰掛け、シャワーを出して、その冷たさにビクッと跳ねる。
やっぱり人と風呂なんか入るもんじゃないなぁ……。
服を着ているときは気にしないでいいことが、ひときわ強く気になってしまう。
主に自分の貧弱な身体についてだけど……。男子もお風呂で自分の筋肉が気になったり、●●●の大きさが気になったりすんのかな?
シャンプーでわしゃわしゃと頭を洗いながら考える。
でも、なんか……これはなんとなくだけど……。
これからはお風呂じゃなくても……端山と一緒にいるときとかも、いろいろ気になってしまう気がする……。
いや、大丈夫かなあ……あいつ比較対象ないし……あ、いや、妹がいたっけ……結構可愛いんだよな、あいつの妹……遺伝子どうなってんだ?
気になるだけ気になって、どうなったら気にならなくなるのかわかんないのが、外界からの情報を遮断された陰キャのつらいところだ……。
もういっそ聞いてみようかな……。白河さんに、『どうやったらそんなクソ可愛い顔になれるんですか』って。いや、できるわけないか。
益体もないことを考えながら、いつものように頭と身体を高速で洗い終える。
いつもだったらこのあと1分くらい湯船浸かって終わり――なんだけど……。
私は目の前にある曇った鏡を手で拭って、そこに映った自分を見た。
特に、ろくに整えてない雑な髪の毛を。
……リンス……しとくか……。
ちっちゃい頃、ママにちゃんとしろって言われたけど、今まではめんどくてあんまりしてなかった……。おかげでどんどんボサボサになっていって……。
私は備え付けのボトルの中からリンスを見つけて、3回くらいプッシュして透明な液体を手のひらに出す。
そしてそれを自分の髪の毛に丹念に塗り込んだ。
なんか……女子って感じするなぁ……。
髪を大事にケアしてるこの感じ……ちゃんと女子なんだな、私も……。
謎の感動をしながら髪を洗い終わると、私は椅子から立ち上がって、またタオルを前に当てながらそそくさと湯船に向かった。
「赤松がウザくてさ――」
「あー、はいはい――」
熱いお湯の中に身を浸すと、湯船の真ん中辺りでしゃべっている女子たちから離れて、端っこの壁際に寄る。
ふうー……。
ゆったりと肩まで浸かると、山登りの疲れが溶け出していくような感じがした。
1分くらいで出るつもりだったけど、もうちょっとゆっくりしとくか……。
リラックスのあまりやってきた眠気と、しばし戦う。
やがてチャプチャプとお湯をかき分ける音が近づいてきて、目の前に濡れた太ももと股間が現れた。
んん?
顔を上げると、白河さんの友達の緑谷さんが、無表情で私を見下ろしていた。
な、なに?
意味がわからなくて怖い。
なんで湯船の中で立ちっぱ?
『あの、人の顔に●●●突きつけるのやめてください』と言うわけにもいかず、私はただお湯の中で身を縮こまらせていた。
10秒くらい経って、緑谷さんはことりと首をかしげると、ようやく湯船の底に膝をついて私と目線を合わせる。
「隅野さんってさー」
「は、はい……?」
私の戸惑いを意にも介さず、緑谷さんは濡れた手を伸ばしてきて、私の前髪をかきあげた。
「何もしてないよねー。眉毛整えたりとか、まつ毛つけたりとか」
「ま、まあ……」
眉毛はともかく、お風呂でまつ毛つけてるってことは多分ないんじゃないかと思うけど。
「なんでー? もうちょっとちゃんとしたら結構可愛くなりそうなのにー」
「え……ほ、ほんとですか……?」
「お、興味ありげ?」
しまった。
タイムリーな話題だったから、うっかり期待してるような返事をしてしまった。
緑谷さんはニヤッと笑いながら、
「なになに? 可愛くなりたいの? 可愛いって思ってほしい人でもいんの? 気になる気になる!」
「い、いや、そんな……そんなんじゃ……」
やべえ~! この人カプ厨タイプだ~!
もしかして昨日の夜、白河さんを焚きつけてたのもこういうタイプだからか!
ぐいぐい来る緑谷さんに、私があーとかうーとか言って困り果てていると、
「隅野さんを困らせちゃダメだよ」
と、湯船に入ってきた白河さんが助けに入ってきてくれた。
おお、女神……。
緑谷さんは振り返って不満そうに言う。
「えー? 困らせてないよー。女子の情報交換!」
「そんな風には見えなかったけど」
「そんなことないってー。ねー? 隅野さん?」
緑谷さんが再びこっちを向き、凄まじい同調圧力をかけてきた。
私はそのプレッシャーに押しつぶされそうになったけど、その前に女神が助けてくれる。
「やっぱり困ってるじゃない。ほら、こっち来る!」
「はいはい、わかったわかったー。その前にちょっとだけ!」
緑谷さんは白河さんに腕を引っ張られながら、私に身体をぐっと近づけて、小さな声で囁いた。
「(あとで眉毛の整え方とか教えてあげるから、好きな人教えてね?)」
緑谷さんから情報をもらえるのは……でかい。
緑谷さんは天然で若干空気読めないところあるけど、クラスの中でもおしゃれなほうだと思う。あの白河さんの隣にいても全然物怖じした感じがないのがその証明だ。
……だけど。
私とあいつの関係は……あんまり、他の人に教えたくないっていうか。
いや、好きな人とかじゃないから関係ないけど。関係ないけど!
「(だ、だったら……自分で、なんとかします)」
そう言うしかなかった。
緑谷さんは驚いたように目をぱちくりとさせた。
「意外と強情だなぁ~。わかった! タダで教えてあげる! この商売上手めー!」
お風呂あがったらバンガローで待て! と私に指令して、緑谷さんはじゃぶじゃぶと白河さんのほうに去っていった。
な、なんか……久しぶりにクラスの女子と話した気がする……。
話したうちに入るのか? 今のは……。わからん……。
緑谷さんに圧倒されてる間にだいぶ長湯してたみたいで、頭がぼんやりしてきた。
私は湯船の端っこに沿って移動して、お湯から出る。
そのとき背中で、緑谷さんと白河さんの会話を聞いた。
「じゃあうまくいったんだ?」
「うん、まあ……夜に待ち合わせしてて……」
「いいじゃーん! うまく口裏合わせといてあげる!」
……あっちもあっちで、なんか進んでるっぽいな。
まあ、私には関係ないけど……。
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