第6話 透明な青春
端山との間に流れていたなんとなく落ち着かない雰囲気は、駅に着いた頃にはかなりマシになっていた。
まったく。なんで朝っぱらからこんなに疲れなきゃならないんだ。ただでさえちょっと寝不足なのに……。
いつもの場所から電車に乗って、リュックを前に抱えながら閉じたドアに背中をもたれさせる。
端山は私に肩を向けながら、座席から伸びる銀色の棒を掴んだ。
……まあ、一緒にここまで歩いてきたんだし、同じドアから乗ったんだし、近くにいるのは別にいいけどさ。
わざわざ横を向かれると、逆に意識されてる感じがして落ち着かないっていうか……いや、まあ、そりゃね? こっち向かれて、壁ドンみたいな感じになるほうが落ち着かないというか、イヤだけどさ?
「……………………」
私は端山の横顔を見ながら、今更のように思う。
私、男子と一緒に登校してる……。
たまたま同じ電車に乗ってるとか、一方的に姿を見かけたとかじゃない。男子と一緒に歩いて、男子と一緒に電車に乗って……。
私はさりげなく、胸に抱えたリュックに口元を押し当てた。
な、なんか……青春っぽくない?
いや、相手はあの端山だし、そんないいもんじゃないけどさ?
端山って、改めて見てもやっぱりそんなにかっこよくないし、ぼそぼそ喋るし、喋ることもそんなに面白くないし。
私がいなかったら、きっと一生まともに女子と喋れなかったと思うし。
でも、……でも、なんと言うか、このシチュエーション自体が……。
「……うへへへ……」
「?」
端山がちらっと怪訝そうにこっちを見て、私はリュックの陰で口元を引き締めた。
聞き間違いと思ってくれたのか、端山はまた車両の前のほうに目を戻す。
端山が『ん? 何か言ったか?』と言うこともできない、鈍感主人公以下のコミュ力で助かった。
私が端山と一緒に登校できて嬉しがってるなんて、そんな勘違いをさせてしまうところだった。
私はシチュエーションにときめいているのであって、端山にときめいているのではない。
つけ上がった陰キャなんてこの世で最も見るに堪えないものだ。ただそばにいるだけで童貞の意識を奪ってしまう花のJKとして、私のほうがきちんと配慮してやらなければ。
……と考えると、やっぱり連絡先を聞くとか一番やっちゃダメだな。
そんなことしたらこいつ絶対私に惚れるぞ。他の男子ならありえないけど、こいつは端山太陽なのだ。他の女子には見向きもされない。だけど私みたいな同類なら……と期待を持たせてしまう。
こんなやつに惚れられても気持ち悪いだけだし?
そりゃまあ悪い気はしないけど? 女扱いされるのなんて身体測定のときくらいだし?
いやでも端山はな~、いくら選択肢がないからってな~。
と、私がつけ上がっているうちに、電車は学校の最寄り駅に着いた。
他の乗客と一緒に駅のホームに吐き出されて、改札に向かう。
到着時刻はいつも通り。普通に歩けばギリギリに教室に入れるだろう。
……帰りはどうなるんだろ?
さすがに帰りの時間まで被るって事はないよな? 端山って部活入ったのかな? ちなみに私は入れるはずがない。
余計な心配をしながら改札に定期を通したとき、前にいた端山が「……あ」と声を上げた。
改札を通り抜けたところで、端山が振り返って私に言う。
「……このまま教室、だよな?」
「……? そりゃそうでしょ。普通に歩けばギリギリ2人とも――」
――2人とも?
一緒に?
「…………ちょっとやばい?」
「まあ……2人で一緒に教室に入る形にはなるか」
なんだその付き合ってるやつしかやらないムーブは。
私たちはたまたま家が隣同士になって、たまたまどっちも遅刻寸前まで家を出ないタイプだっただけだっていうのに。
「ずらす? タイミング……」
「でも遅刻寸前なんだろ?」
「あ……」
タイミングをずらす余地がない……。
「……まあ、登校時間ギリギリなら駆け込み組が他にもいっぱいいるだろうし、目立たないだろ、たぶん……」
「そ……そっか」
もはやそれを祈るしかなかった。
もし一緒に教室に入るところを陽キャに目をつけられたらどうなるんだろう。おい見ろよ、こいつら陰キャ同士で付き合ってやがるぜー! ぎゃはは! ここでチューしてみろよー! ぎゃはは!
「…………(ぶるぶる)」
「おい、大丈夫か?」
よ、陽キャのおもちゃにされてしまう……。
この世の終わりだぁ……。
「……………………」
「……………………」
他のクラスメイトは、すでにみんな教室の中にいた。
せめてもの抵抗として、私は後ろのドアから、端山は前のドアから教室に入った。
「連休中にあいつと遊びに行ったんだけどさー!」
「部活の先輩がねー?」
ゴールデンウィーク中に溜まったものを解放するかのように、教室はひときわ騒がしい喧騒に満ちている。
私はその中を、まるで敵国に潜入したスパイみたいに気配を消して移動し、無事に自分の席にたどり着いた。
端山もどうやら無事だったようだ。
誰か……見てたかな?
私と端山が同時に教室に入ってきたところ……。
っていうか、余裕がないって言っても数十秒ぐらいは大丈夫なんだから、ギリギリまで使ってタイミングずらせばよかった。
私たちはなんて頭の回転が遅いんだ……。多分このクラスで突然デスゲームが始まったとしても、見せしめ役になることもできず、何がなんだかわからないうちにずる賢い敵キャラに使い捨てられて死ぬことだろう。
「揃ってるかー?」
教師が入ってきて、生徒たちがバタバタと自分の席に駆け戻る。
ひとまず大丈夫だったらしい。
でも油断はできない。
今はタイミングがなかっただけで、あとで誰かめざといやつがきっと――
――1時間目終了。
きっとネタに――
――2時間目終了。
きっとネタにして――
――3時間目終了。
めざといやつが――
――昼休み開始。
めざと――
――放課後。
「……………………」
――――誰もっ! 見てないっ!!
クラスメイトの男女が!
朝に!
一緒に登校してきたのに!
誰一人興味を示さない!!
私は周りの生徒が帰り支度を進める中、席に座ったまま静かに心の中だけで慟哭した。
「おかしい……高校生って恋バナが大好物なんじゃないのかよ……。適当な男女を勝手にくっつけて囃し立てる習性があるんじゃないのかよ……」
駅に向かう帰り道でぶつぶつ言う私に、端山は困ったような曖昧な笑みを向ける。
「囃し立てられたかったの?」
「んなわけあるかっ!」
思わずデカ目の声を出してしまい、自分でびっくりする。
端山から目をそらしてボリュームを調整しつつ、
「……た、ただ……私たちって、本当に影薄いんだなって……そう思っただけ」
あんまりにも透明で、ちょっとびっくりした。
本当に見えてないんじゃないかってくらい。
端山と一緒に電車に乗ったくらいで、青春できてるような気分になってた自分が……バカに思えるくらい。
「仕方ないだろ?」
あっけらかんとした感じで、端山は言う。
「この1ヶ月、僕も君も、友達を作る努力をしなかった。他のみんなはそれをした。その差が出るのは、当たり前のことだと思う」
「……わかった風なこと言って……お前はどうとも思わなかったん?」
「別に。最初からわかってることだから」
やっぱりこいつ、キモい。
悟ってるようなこと言って、それで自分を守ってるつもり?
雑魚のくせに、諦めた顔してれば強く見えるって勘違いして……本当、キモい。
「でも……まあ、さ。影が薄いっていうのも、悪いことばかりじゃないよ」
端山が急に慰めるようなことを言ってきたので、私はそっちを見て眉をしかめた。
「別に、慰められるの待ってないけど」
「い、いや、そういうつもりじゃないんだけど……ただ、ほら……今日のことだって、もしクラスで目立ってる白河さんとかだったら、周りの目を気にしなきゃいけなかっただろうし……影が薄い分、気にしなきゃいけないことが減って楽なんじゃないのって、そう思ってさ」
「…………そりゃまあ」
私には私にしかわからない悩みがあるように、陽キャには陽キャにしかわからない悩みがあるんだろう。
だからって、それを知らない自分をプラスに考えられるほど、私はポジティブな性格じゃない。
「影薄いなら影薄いなりに、それを楽しめばいいんだよ……。少なくとも、僕はそう思ってる」
「……それって、例えば?」
「え? うーん……他のやつらが友達と遊んでる間に、ゲームのランク上げたりとか?」
「…………それを
「……ごめん、ちょっと無理あった……」
端山はしょんぼりとうつむいて、首の後ろを軽くこすった。
それがなんだか、餌の取り合いに負けたカピバラみたいに見えて、
「ふっ」
と、私はほんの少しだけ笑った。
瞬間、端山がピクッと反応して、私のほうをちらっと見る。
「……な、なに?」
向こうから何か聞かれる前に、私は顔を引き締めながら先制攻撃で聞き返した。
すると端山はすぐに目をそらして、
「いや、なんでも……」
と引き下がる。
……深く突っ込まれたとき用に答えを考え始めてたのに、簡単に引き下がるなよ。
話せる男子ができたからって、何もかも妄想通りに行くわけじゃない。
だけど、まあ……。
愚痴を言える相手がいる分、この帰り道は、ゴールデンウィークの前よりはマシかもしれなかった。
「ねえ、端山」
「……なに? 隅野」
「帰ったらカスタム」
「ちょっとはトレモやれって……」
「戦いの中で強くなるタイプなの!」
今はそれでいい。
今はこれでいい。
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