第4話 デパ地下の激戦(2)

 中央情報部による懸命のデータ収集と分析によっても、【Z】に関しての解明された謎ははまだごく一部といっていい。


 【Z】の動きを封じるには、首を胴体部分から切断する、ないしは頭部を複数の銃弾で撃ち抜く以外に無いことは知れ渡っている程度で甚だ心もとない。

 宇宙由来のウイルス説が最も有力だが、世界中のウイルス研究家のほとんどが死に絶えたか、すでに【Z】化してしてしまっている。

 某国の生物化学兵器が制御不要に陥った結果だとか、ウイルス研究施設から持ち出された致死率の高いウイルスがテロ組織に渡ったといった説などがまことしやかに流布されたが、いずれも根拠が曖昧で統一した見解は無いまま。


 真実はいまだに霧の中といったところが現状だった。


「今更謝ったところで取り返しのつかないことは承知の上で、俺が知り得た情報を話して……げほっ、お……おくことにするよ」

 ガクトは、自戒の念から朴訥とここに至った経緯を語り始めた。

「君が、奴らと通じていたことをどうこう言うつもりはない。これまでの顛末を洗いざらい話してほしい。僕らはそれを臨んでいるし、君だって同じ考えだろ?」

「ああ……。ありがとうトウジ……や、げほっ! うう……ああ、俺に残された時間もそう長くはないらしい」

 ガクトを囲んで6人の兵士が固唾を飲んで彼の話を一言一句聞き逃すまいと囲んでいる輪を縮めて聞き耳を立てる。


「薄々感づいてはいる者もこの中にいるかも知れないが、【Z】の中には明らかに知能を持った者がいる」

「あり得ない! 奴らはただの飢えたケダモノだ!」

「もう少し冷静になってガクトの話を聞こうじゃないか」

 トウジが中に入って最年少の兵士をなだめる。

「わ……分かっている。俺もちょっとカッとなったみたいだ、すまない」

 気色ばんで大声を張り上げたアキラがひとまず矛を収めた。

「半年前のこと。俺はわずか6人の仲間たちと、奴らがねぐらにしている廃屋の急襲を仕掛けたことがあったんだ」


 【Z】にも休息することがあるのは広く知られている。エネルギーの消費を蓄えるためには、一定時間の睡眠が必要であることはレジスタンスたちに広く周知されていた。


「そこで、俺達は見てしまったんだ」

 邪気が抜け落ちたようなスッキリした顔つきでガクトが、譫言のように言葉を絞り出す。

「へ……へへへっ、やっぱり抜け駆けはダメだな。レジスタンスの集合場所を教えれば、命は助けてやるって……。今考えれば……げほっ、ぶくっ……や、奴らが約束を守るはずもないことくらい容易に想像ができたのに、はは……」

 すでに【Z】化が始まっているガクトの皮膚は灰色に餌食して、独特の腐敗臭を放ち始めていた。


「俺は“それ”を実際に目にして愕然としたよ。【Z】は高度に組織化されている。知能を有する【Z】の上にはさらに高い知能を有する10人とも12人いるとされる『魔女』と呼ばれる、女【Z】[zi:]たちがいる」

 ガクトが今わの際で、もらした言葉に衝撃を受ける、トウジ、レナ、ハルト、モリオ、アキラ、アミの6人の兵士たち。

「ハルトがさっき話たことはほぼ事実だ。せめてもの罪滅ぼしとして、ひとつだけ付け加えさせてくれ」

 

「さらに厄介なのが、魔女は外見上【Z】化していない人間との判別不能で、人間のように自然に振る舞うことができるということだ」

 にわかに信じられない話を聞き、今まで以上に背筋が凍るような恐怖心を抱く若き兵士たち。

 ガクトが人としての自覚が残っている内にと吐露した話だ。それだけに真実に近いという証でもあろうことは彼らも認識している。


「最後に頼みがある。まだ人の心が残っている内に俺を……俺の頭を撃ち抜いてくれ!」

 たとえ、レジスタンスの掟を破り、一旦は敵側に寝返ったガクトであっても彼の願いを受け入れてやるべきだろう。

「そうだな、それくらいの尊厳はあって然るべきだろう。その役目は俺に任せてもらう。異論は無いな」

 トウジは、他の5人からの承諾を得ると、銃口をガクトの頭部に向けて引き金を引くこと、2度3度。

 ガクト……あるいはガクトであった者の頭から泣かれ出した真っ赤な地がコンクリートの破片に染み込んでいく。

 目を背けたままの兵士もいる中、ハルトは別れを惜しむようにそっと手を合わせて戦友を弔った。


 そうはいっても、残されたレジスタンスらにとって【Z】は、まだまだ謎だらけであることに違いはない。

 血液中には、なにがしかの原因で突然変異した白血球が関係しているらしい、という分析結果もあるが、それを証明する手立ては今のレジスタンス勢力には皆無なのだ。

 不確定な要素が多すぎて【Z】の確信部分に迫ることはできていない。それだけに残されたレジスタンスの兵士らに託さえた命題は重い。


 戦闘が長引く中、兵士たちにも疲労の色が濃くなってきた。

 彼らが安閑として、心安らぐ時間なども与えてくれやしない。

 アミが、息を弾ませてハルトに訴える。

「これじゃあ、埒が明かないわ! 次から次へ湧いてくるじゃない」

「手持ちの武器だけだと無理だな。銃弾が底をつくのも時間の問題だ。なにかいい手は……」

 ハルトは周囲に目を配らせると、思いついたようにデパ地下の惣菜部門奥にある厨房に一目散に駆け込んでいった。

 ハルトを追って、ユキオがそのあとに続く。


 果たして、目的のブツはすぐに見つかった。

「これは使えそうだ」

「あんたには、お誂え向きの武器だな」

 使用目的は違うが、武器としてはこれ以上実用的なアイテムはない。ユキオが白い歯を見せて会心の笑みでハルトを見つめた。

「サビも見られないし、こいつは使えそうだ。少しばかり暴れてくるわ!」

ハルトが肉屋の厨房で見つけたのは、普段は目にしないような特大サイズの牛刀だった。


 岩をも切り裂けそうな、強力で怪物級の武器を手にしたユキオがその怪力を惜しみなく使って、【Z】の群れを切って、切って、切りまくる。

 特大の包丁を宙で大きく円を描きながら振り払うと【Z】らは面白いように首チョンパされて、次々に床に転がった生首が一列に整列していく。

「へへっ! こりゃ痛快だわ」

 さらには、地下エリアの主要な電源を非常電源に切り替えることによって供給された電力によって、調理スペースや厨房に残された食品加工器具が使えたことはラッキーだった。

 フードカッターの鋭利な刃によって容赦なく切り刻まれた奴らの手足、首、胴体が散り散りになって粉砕されていく様はある種爽快でもある。


 手榴弾での容赦ない爆裂も加わり、劣勢だったレジスタンス兵士たちは一気呵成に出る。

 大型ハンドラッパーでは【Z】頭部を密着してミートチョッパーに叩き込めば、勝手に飲み込まれていく。ドロドロのミンチが押し出されてくるその様は、流石にハルトでも目を背けてしまうグロさだ。

「お気の毒だが、致し方ない」


 真空袋を被せ、真空包装機で一気に吸い込んで【Z】の動きを封じればあと始末は思いのまま。

 それでも追いすがる【Z】の集団を業務用冷凍庫の厚い扉で次々に伸していく。

「丸焼きタコせんべいの、いっちょう出来上がりーっと!」

 気づくと肉塊の山があちらこちらに出来上がっている。

 ハルトとユキオが顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。それもつかの間、新たな追っ手が彼らを襲う。


 ユキオとのタッグは一旦解消。

 ハルトはやっとのことで、瓦礫の山を伝って登って1階フロアーにたどり着き、腰を下ろす余裕が出来た。

 幸い周囲には【Z】の姿は見当たらない。しかし、細心の注意は怠らないのは兵士に染み付いた罪深き性といったところだろうか。


 そんな、ハルトとの目に止まったひとり……いや1匹の【Z】の姿があった。

「馬鹿のひとつ覚えのような集団行動が基本の【Z】のはずなのに、ひとりで……どうしてだ?」

 双方、壮絶を極める戦いの場から少し離れたとところで、レジスタンス兵と【Z】の集団とのバトルを眺めている、ひとりの女の姿に違和感を覚えるハルト。

「んん? なんだろう、この奇妙な感覚は……?! 笑みを浮かべている? あいつがもしかしてガクトの言っていた『魔女』?!」

 ハルトの表情が一気に紅潮すると同時に緊張感を隠せなくなった。

「違和感の正体は、あれか?!」


 感情がない【Z】は基本無表情。笑みを浮かべるはずがない。

 『魔女』のひとりを偶然にも発見した?……のかもしれない。


 ハルトに躊躇している暇は無い。

 ライフルに残った弾は……たった一発。

「クソったれ。こんなときに限って……」

 勝負は一回きり。

 緊張で腕がしびれる。

 慎重に狙いを定めて、頭を一撃で撃ち抜こうと引き金を引くが、あと少しのところで急所を外してしまった。


 『魔女』は、ハルトの存在に気づき、即座に狙撃手の所在を特定してしまう。

「は、早い!」

 『魔女』の素早い動きにハルトはついていけない。

 『魔女』はとても人間業とは思えない俊敏さで一気にハルトとの距離を詰めた。

 ハルトは運悪く、足元に転がっていたペットボツルに足をとられて、背中から床に倒れ込んでしまう。

 『魔女』が彼に覆いかぶさり、首筋に噛み付こうとしたその時だ。


「パン! パン! パン!」と、三発の乾いた銃声の音が轟いた。


 傍らには、険しい表情をして銃を構えたアミの姿があった。

 わずかに銃を持つ手が震えている。

「アミ……」


 すると、【Z】たちは指揮系統が寸断されたためか、組織的な攻撃ができずに右往左往し始めた。

「いったいどうしたんだ?」

「突然、奴ら右往左往し始めたぞ」

「目的を失ってしまったのから……?」

「指揮系統が遮断されたのかも」

 それでも【Z】の脅威が払拭されたわけではない。地下の隅に追いやられるハルト、トウジ、レナとアミの4人。

「あっ、あそこ!」

 レナが指差すところに、転がっているのは見覚えのある迷彩服をきた男たち。

「おい、ユキオ! アキラ!」

 ユキオとアキラの身体は【Z】化して、すでにこちらの呼びかけにも応じない。


 こちらの異変に気づいた【Z】の一団が、脱兎のごとく従業員用のエレベーター前に押し寄せてくる。

 アミが、荷物用の昇降機を見つけ「これに多分動く。これで地上に出られるかも?」と3人に語りかける。

「でも、下でボタンを押すために一人残る必要があるみたい。内部からの操作は出来ない構造になっているんだわ」

「そんな……それじゃあ、誰か一人が残ることになる」


 ハルトが残ると言い出すが、トウジは腕に【Z】に噛まれた歯型を見せる。

 すでに人為らざる者への変化を初めた己を置いていくことへの反論は受け付けないとばかりに険しい顔で3人を睨みつけた。

「自分が残るのに異論は無いだろう?」

 トウジはマシンガンをハルトに投げ渡すと、3人をカーゴの中に押し込んで金網の扉を締め、躊躇なく昇りのボタンを押す。


「トウジぃー! 早まるな!」

「そうよ、勝手すぎるわ!」

 レナがカーゴの金網に指を絡めて泣き叫ぶ。

 やり場のない怒りに打ち震えるハルトの耳に、1発の非情な破裂音が飛び込んできた。

 カーゴの中で、銃声を聞く3人はうなだれたまま動けないでいる。

「トウジ……。くぅっ!」

 寂寞の念で胸が熱く焼けるようだ。

 止め処なくこぼれ落ちる涙を、血痕と煤まみれの手で拭う。


 しかし、現実は彼らに休息を与えてはくれるほど寛容でない。

 ハルトはどす黒く汚れた顔を、生き残ったレナとアミに向けて眼で合図を伝達する。  

 それに対して、ふたりの女戦士は無言で頷いた。

 トウジを喪った、その意味の重大さを噛み締めながらハルト、レナ、アミの3人は追ってくる【Z】たちをかいくぐり、その僅かな間隙を縫って逃げて、交わして、また逃げた。


 やっとのことで執拗な【Z】の追撃をかわすことができた3人が身を寄せ合って周囲を見渡す。

「と、とりあえず逃げ切ることには成功したようだな」

 ハルトの表情もようやく和らぎ、笑みを浮かべる余裕もできたようだ。

「たしか、ここら辺にトウジとレナが乗ってきたバイクがあったはず」

「それだったら、すぐそこに横倒しになっているのがそれじゃない?」

 アミが指差す方に確かにそれはあった。

「助かった……けど……」

 トウジのバイクを見つけたはいいが、鍵が見当たらない。

「鍵なら私が預かってる」

 そう言って、レナがポケットから出したバイクのキーをハルトに投げつけた。

「おっと!」

 指先にかろうじて絡まったチェーンが一回転してハルトの手の平に収まる。


「らしいな……。トウジはやっぱりトウジだ。だけに、惜しくて……惜しくて……」

誰に答えを求めるもなく、ボソリとひとり呟いた。

 世が世ならアイドルや学園の花としてチヤホヤされたであろうレナの美貌も台無しだ。

「レナ……。生き残った者の定めとして、私達はやるべきことを淡々とこなすだけだわ」

 アミは気丈に振る舞おうと必死だが、胸中は皆同じ。

 くしゃくしゃの顔を見せまいと、レナとアミはハルトから顔をそむけ鼻をすする。


「死期が迫っている予感めいたものが、トウジにはあったのかもしれないな」

 まめで、常に用意周到なトウジの性格を熟知しているだけに、キーを受け取ったハルトは、苦笑いを浮かべた。

「だが、バイクの運転には不慣れな僕より、レナ……君のほうが適任だ。運転を任せていいよな?」

「私でいいの? ちょっと……いえ、かなり荒っぽいけど、ふたりは私の運転に堪えられるかしら?」

 ハルトとアミは、なんとも言いようのない複雑な表情で軽く頷いた。


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