酷吏列傳より 郅都

 僕は田太。史記にはないオリジナルのキャラだぜ。

 著者はもう後悔してるけどこのまま進めていくぜ。


 時は漢(※前漢)の孝文帝(※文帝。劉邦の四男)さまの時代。

 今日から郅都しつとっていう郎(※宮殿の門を守備、管轄する)に仕えるんだけどどんな人かな?


「田太です。よろしくお願いします」

「うむ」


 うーん。なんというか目がキまってんなあ。パッキパキなんだけど大丈夫かな?


「まっ、なんとかなるか」


 郅都さんは口は悪いものの仕事はでき、景帝(※三国志の劉備は彼の末裔を称した)さまの代には中郎将へ昇格した。


 ある日、景帝さまが寵姫である賈姫かきさまを伴って上林苑(※庭園 あの司馬相如が上林賦でとんでもなくデカイって書いてる)に遊びに行くことになった。僕たちも同行したんだけどちょうど賈姫さまがトイレにいったとき、


「へ、ヘンタ……いや、イノシシがでたぞー!!」


 あろうことかイノシシがそのトイレに突っ込んでいこうとした。


「郅都さん。大変です! イノシシを止めないと」


 でも郅都さんはまんじりとして動かない。


(クソッ。なんとかしないと)


 景帝さまもさっきから「郅都、なんとかせい!」ってチラチラ視線送って来てるのに、どうしてコイツは動かないんだ。

 しびれを切らした景帝さまが自ら兵を率いてイノシシを止めようとした、その時、


「なりませぬ。景帝さま!!」


 郅都さんはあろうことかイノシシではなく景帝さまを止めにかかった。


「ええい、姫のピンチぞ。手を放せ」

「なりませぬ。なりませぬ」


 すったもんだするうちにイノシシはトイレで用を済ませ、去っていった。


「なぜ止めた、郅都!!」


 あわわ。景帝さま怒ってるよ。ヤバいよこれ。

 郅都さんはひれ伏して、


「景帝さま。ひとり姫を失ったなら、また新しいのをひとり連れてくればいいではありませんか」


 なにのたまってんだコイツ!!


(終わった)


 景帝さまは小さいころすごろくをして遊んでいたとき、ちょっとしたことからカッとなって一緒に遊んでいた子を殺したことがある。(後にその子の父親が怒って呉楚七国の乱を起こした)

 気に入らないものには容赦ない御方なのだ。どんな目に遭うか……。


「うーむ」


 え、景帝さま、ちょっと納得しかかってる。案外イケる感じ? 嘘でしょ。


「対して景帝さまはおひとり。もし御身になにかあれば、お母君であられる竇皇后とうこうごうさまはどうなさるのです!」

「!! そ、そうだな。母上を悲しませるわけにはいかぬ。郅都、よく止めてくれた」

「いえ、御身が無事でなによりです」


 ……いや、まあ、わからなくはないけど。賈姫さまにも家族はいるし、立場上郅都さんはイノシシを止めにいかないとダメなのでは?


(どうして誰もツッコまないんだ?!)


 幸いにも賈姫さまは無事だった。泣いてたけど。


 その後、郅都さんは竇皇后さまから金百斤を賜った。なぜだ?


 しばらくして郅都さんは済南(※世界遺産である泰山の北)太守に任じられた。


「なんで郅都さんが太守に選ばれたんですか?」

かん氏ってのが幅を利かせてて、俺以外の馬鹿者共には手に負えんとかなんとか」


 不思議なことに郅都さんが赴任して一年が経つと、瞯氏はすっかり成りをひそめた。


(どうしてだろう?)


 わからない。でも絶対なんかある。

 郅都さんが赴任してからというもの、道はゴミであふれかえって、誰も掃除をしないのだ。


(ほかの郡の太守もなんか怯えてるらしいし)


 不気味。もう結構長い付き合いになるけど僕いまだに郅都さんのことよく知らないんだよな。よしっ、思い切って聞いてみよう。


「郅都さん。郅都さんって結婚してますよね。たしかお子さんもおられたような」

「いるぞ。それがどうした?」

「あー、夫婦仲とかどうかなって。僕、なんかうまくいってなくって」

「……夫婦仲?」


 え、なんか地雷踏んだ?


「俺は若いころは親によく尽し、官職を得てからは身命を賭して仕事に取り組んでいる。妻や子のことなんて知らん。お前もそうあるべきだ」


 よく結婚出来たな、この人。


 まもなく郅都さんは中尉に昇進し、都にもどった。


(うわあ……)


 なんか都でも皆、郅都さんのことを怖がってるんだけど。コイツ、戻るなりなにやったんだ?


「あ、丞相さま」


 拝礼しないと。丞相さまは帝に次いでお偉い方なんだから……って?!


「郅都さん!?」


 会釈だけ?! 拝礼なし?! あの呉楚七国の乱を平定した周亜夫さまだぞ。それはまずいって。


(ほっ……)


 許された。めっちゃ睨まれたけど、助かった。


(ヒソヒソ)


 ん? なんか皆言ってるな。


(ひえ~さすが蒼鷹アタオカ

(おい、関わるとろくなことにならないぞ)


 蒼鷹? 褒められてんのかけなされてんのかわからないけど、がっつり関わってる僕は大丈夫かな?


「おい、田太!」

「は、はいっ」

「臨江王の取り調べにいくぞ」

「なんの容疑で?」

「宮殿の壁を建てようとして廟の土地を侵した」


 あー、やっちゃったな。まあ、でも、臨江王であられる劉栄さまは景帝さまのご長男だし、謹慎くらいの処分で済まされるんだろうな。とりあえず行ってみるか。


 暗い牢。そこら辺の盗人を放り込むような牢に臨江王は囚われていた。


(マジ?)


 明かりをもって近づくなり、鉄格子に臨江王が寄ってくる。


「あのぉ、謝罪文を書きたいんで筆と、あと書き損じたときに竹簡を削るための刀を貸していただけませんか」

「ダメだ」

「えっ……」


 もしかして謝罪も弁明の機会も与えず、ずっと牢に閉じ込めてるの?


「郅都さん。相手は劉栄さまですよ? 筆くらいいいじゃないですか」

「ダメだ。謝罪文なんて書かれたら刑が軽くなる」

「はぁ?」


 え、どういうこと?

 臨江王はそのままずっと拘留され続けた後、見かねた魏其侯(※竇皇后の従兄の子)さまが差し入れた刀筆で謝罪文を書き、自害した。


「終わった……」


 景帝さまのご子息をむずむざ死なせてしまった。これはもう極刑まったなし。

 聞くところによれば竇皇后さまもブチ切れているっていうし、もうダメだ。


「おい、田太」

「なんですか郅都さん」

鴈門がんもんにいくぞ」

「鴈門?」


 鴈門って北にある国境の郡だよな? なんでそんなところに……。


(流刑か?)


 もしかして処刑を免れることができた? ありがとう神様!


「鴈門太守に任命された」

「太守?!」


 どうなってんの。いや、そんなことはどうでもいい。


「いきましょう!」


 これで窮地からおさらばだぜ。


 鴈門は悪いところではなかった。というのも郅都さんが太守になってから、度々略奪に来ていた匈奴がすっかり姿をみせなくなったのだ。


(なにやったんだコイツ……)


 風の噂では匈奴の連中、郅都さん人形を作って矢を射かける練習してるとか。手が震えてうまく矢を当てられないとも聞いたな。


(なにをしたかは知らんが攻めてこないならそれにこしたことはないぜ)


 これからも楽しい日々を過ごしていくんだぜ!


 それからしばらくして、やっぱり竇皇后さまの怒りが収まらず、


「啓(※景帝の名前)! なんで郅都を処刑しない!?」

「彼は忠臣だから……」

「見殺しにされた栄は忠臣じゃなかったっていうのかい!?」

「いや、そうはいわないけど……」

「だったら忠臣を処刑した郅都は刑に処すべきでしょ!!」

「うーむ」


 めんどくさくなった景帝さまに郅都さんは処刑されましたとさ。


「連座?! 嘘でしょ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る