短編お題「羽」勝手を言うなら全部貰う

木嶋うめ香

第1話

「私が死んだら、この翼をあげるね」


 玉座に座ってにこりと笑いながら言うから、その腕を掴み引き摺り下ろしてそのまま押し倒した。


「何を言っている」


 細すぎて、力を込めたら折れそうな両肩を押さえつけてるのに動揺する素振りすら無い。


「私達有翼人族の翼はね、とても高値で売買されているらしいの。普通の有翼人族の翼は茶色らしいけど、白は貴重だからもっと高値になるんじゃないかな。あなたにはとても良くしてもらったけれど、何にもあげられるものがないから、私が死んだらこの翼をあげる」


 今日は晴れているね。とでも言うような何でもない顔で言って、普段はしまい込んでいる翼を地面に広げ俺の手の力がギリギリと肩に掛かっているのに、微笑んでいる。


「いつ死ぬんだ」


 有翼人族の寿命は人よりとても長いのだと、以前村の占い婆が教えてくれた。

 占いで、俺が魔王を殺す勇者だと言ったのも、この婆だ。

 婆の占いのせいで、しがない農民の五男で、畑を耕し一生を終えるのだと思っていた俺は、十五歳で勇者として王と謁見することになった。


 白き羽を持つ者が、勇者を導く。


 俺を勇者だと告げた占いは、俺を導く者を教えてくれた。


 魔王が生まれる少し前、勇者がこの世に現れて魔王を殺す旅に出る。

 魔王の所へ勇者を導くのは、白き羽を持つ者ただ一人。

 それはこの国が出来る時から伝わる伝説だ。


 一人で王城から旅立った俺は、占い通り白い

羽を持つ有翼人族の女性に出会い、二人で旅をすることになった。

 そこから二人で、長い長い旅をした。

 魔王を倒す、ただそれだけの為の旅、途中に立ち塞がる魔物を殺し続け剣の腕を磨いた。

 雨の日も風の日も雪の日も歩き続け、魔王が住むという城を目指した。


「あなたに殺されるんだよ、これからこの剣でね」


 にこりと笑い、細い手を伸ばし俺の腰の剣に触れる。

 それは旅の途中で手に入れた、聖なる力を持つ勇者の剣だ。

 これがお前を殺すのか? 俺がお前を?


「楽しかったなあ、あなたと旅するの」

「言うな」

「死ぬのは怖いけれど、あなたに殺されるならいいよ」


 綺麗な綺麗な顔で、笑う。


「俺が殺すのはお前じゃない、魔王だ。だってお前は魔王じゃない、有翼人族で……」


 ここは魔王の城の、謁見の間。

 ずっと二人で旅をしていたのに、魔王の城目前でお前の姿はどこかに消えてしまった。

 魔王の手下に攫われたんだと、慌てて魔王城にやって来てみれば、魔族は誰も襲ってこずに俺は真っ直ぐに魔王城の謁見の間にたどり着いてしまった。


「魔王はね、この城で生まれた、世界でたった一人の白い翼の有翼人族が持つ、この翼が真っ黒に染まった時になるんだよ。羽の一枚一枚が人の恨み、妬み、悪意で染まって、黒く黒く染まるの。そしてぜーんぶの羽が黒く染まったらその瞬間魔王になる」


 言われて翼に目をやると、真っ白な筈の羽の色が変わりつつあった。


「魔王が死ぬとね、この城の最奥に新たな有翼人の卵が現れるの、次の魔王の卵だよ。そこから生まれた瞬間白い翼の有翼人は、この城から勇者の前に飛ばされる。そして一緒に旅をして、この世界の悪いものを体に受けて、その体から悪いものはこの城に残った卵の殻に黒い液体になって溜まっていくの」

「なんだ、それ」

「勇者はね、無駄に世界を歩くの、悪いものを集めるために世界を巡るの。そうして卵の殻が溜めておける限界まで集めたら、勇後は二人でこの城に来て、黒く羽が染まり魔王になった有翼人を勇者が殺せばそこで勇者の旅は終わり」


 淡々と告げる話が信じられなくて、俺は目の前の綺麗な顔を見つめるしか出来ない。


「生まれた時は白い羽なの、ずっとずっと白くて綺麗な羽、それなのに私がこの城に戻っただけで黒く染まり始めるの。そこに私の意思はないの。ねえ、魔王になんてなりたくないのに止められないの。ねえ、魔王になる前にあなたの手で私を殺してよ、そしたらこの翼をあげるから。羽が白いうちに魔王になる前に」


 白い肌、青い瞳、髪も翼も白い、真っ白い。

 唇は赤くて、舌も赤い。


「私が魔王になって勇者に殺されないといけないのは分かってるの、それが私がこの世に生まれた理由だから、世界の悪いものを私が吸い込んで、勇者の聖なる力を持つ剣で殺されることで、世界は浄化される。それは、この世界が始まった時から、神様が決めた定めなの」

「定め」

「それでも、魔王になりたくないの。綺麗な白い羽のまま死にたいの、だから私を、どうか」


 俺がお前を殺すなんて戯言を聞きたくはなくて、強引に唇を重ね、赤い舌に、自分の舌を絡める。


『泣かないで、あなたは勇者でしょ』


 唇を重ねているのに、声が頭の中に響く。


『楽しい旅だった。初めは運命に逆らい、自分を殺す勇者を旅の途中で殺してやろうって思っていたのに。あなたは馬鹿正直に私を信用するし、好きだとか言うし』

『好きだ、好きだ、お前を殺すくらいなら世界を捨てる』


 頭に響く声に、応える。

 唇も舌も離せなかった。

 肩を押さえつけたまま、唇を貪り続ける。


『世界なんてどうでもいい、世界を救ってもお前がいなきゃ意味がないんだ』


 絶対に離さない。

 俺がお前を殺すのが俺の運命なら、お前が俺に殺されるのが神が決めた定めだというなら、最初からお前の全部は俺のものだ。


 現実を見ないように、黒くなっていく羽に気が付かなくて済むように、目を閉じて夢中で唇を押し付けて、舌を吸い口の中を味わう。歯茎に舌先で触れ、喉の奥まで舌先が届く。


『死ぬのは解放なのよ。魔王になる恐怖から逃れられる唯一の方法。魔王になって殺される運命だけど、恐ろしい魔王になるまえに死なせて欲しいの。解放してその手で、私の大好きな人の手で』


 頭に響く声を無視していたのに、舌先に穢れを感じて目を開けてしまった。

 白い羽だったものが黒く変わっていた。

 ばさりと床に広がった羽が、闇のように黒く染まっていて、辛うじて幾つか残っている数枚の白い羽が、儚い希望の様に見えた。


「嫌だ」


 抱き上げて、膝の上に軽すぎる体を持ち上げて座らせる。

 

「あぁ、もうこんなに黒い。こうなる前に殺して欲しかったのに。私全部が悪になり、あなたと出会ってからの記憶が無くなり、ただの魔物になってから殺されるのは嫌だったのに」


 肩越しに自分の羽を見ているお前は、どこか他人事で、恨めしくなる。


「黒でもいい、魔王でもいい、生きていてくれるならそれで十分だ。殺せなんて酷いこと言うなら、死ぬのが解放だなんて勝手なこというならお前の全部俺が貰う。この黒く染まった羽まで全部」


 言いながら、背中に手を回し翼の付け根を掴む。まだ数本残っている白い羽、それが染まらずに残るのがお前の心なら、まだすべてが魔に奪われる前なら。きっとまだ道はある。

 思いついた希望に掛けようと決めた。

 それが駄目なら、俺は……。


「魔王の力はこの羽に集まるんだな?」

「そうだよ、この翼の黒く染まった羽一本一本が魔王の力になる。人の恨みや妬みや憎しみがこの羽に集まり黒くなってそれが力になる」

「力」

「そうなったら、魔物の心で勇者と戦うしかなくなるの、戦って血を流して、死を持ってこの世を浄化するの。そうしなきゃいけないのに魔王になりたくないのっ!」

「なら、これを奪う」


 俺の剣は聖なる力を持っている。

 その剣で、翼の根元を断ち切った。

 力を入れなくても、熱したナイフでバターを切るように、それは簡単に切れてそして抜け落ちた羽は床に落ちる前に力を失い消えて行く。


「うわぁぁっ」


 剣で翼を断ち切られる衝撃と痛みに、体を仰け反らせもがき苦しむのを、ギュッと抱きしめて神に祈る。


 俺を勇者と決めたのなら、その力でこの人の命を救ってくれ。

 そうでなければ、俺が次の魔王になりこの世界を滅ぼしてやる。

 魔王を倒す勇者がいない世界を、俺が魔王になって滅ぼしてやる。


 祈りと言いながらの脅しに、遠い空の向こうで笑う気配がして、その刹那俺達の体は光に包まれた。

 

『白い羽を持つ神に近き者は、それを失い人に成り果てた。黒き羽と聖なる剣を対価にこの世界を浄化し、幸いを約束しよう。これからは人は己の力で悪しきものと戦う、神はそこに関わらずただ見守るのみ』

 

 その言葉を最後に光は消えて、魔王城も姿を消してしまった。

 魔族の気配も何も感じない、色とりどりの花が咲く場所で俺達は抱き合っていた。


「魔王にならない? ずっと一緒?」

「あぁ、ずっと一緒だ。愛してる」


 あの声が何故助けてくれたのか、その理由は分からない。

 俺の祈りと言う名の脅しに応えたのが、神なのかどうかも分からない。

 何もわからないまま、俺は、俺達は笑顔でただ抱き合っていた。


※※※※※※※

神様、最初から魔王なんて不要なんじゃ?

勇者の愛が世界を救ったということで……。

三十分クオリティですので、ツッコミはご容赦頂けると助かります。

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