転生したら目の前に勇者の死体が転がっていた

恵ノ島すず

転生したら目の前に勇者の死体が転がっていた

 赤子の頃から自覚があった。

 主人公の顔を見て気がついた。

 頭を打って、熱が出て、なにか衝撃的な事件に見舞われて。

 破滅まで残り24時間というタイミングで、破滅直後に。


 異世界転生をしている!

 そう気がついた時のパターンは、様々あるだろう。


 俺は、そのうちの最悪を引いた自信がある。

 俺ほどどうしようもなくなってから転生に気がついた人は、他にいないだろう。そう、断言できる。


 なにせ、目の前には死体、その喉元に突き刺さっている長剣、自分の腰にはその長剣が丁度収まりそうな鞘、べっとりと血に塗れた自分の両手。

 そうしてしかも、目の前の死体は勇者のものなのだから。


 断片的に流れ込んでくる体の記憶が、語るのだ。

 目の前の死体は勇者だったものだと。


 人類の救世主にして、我が婚約者殿の想い人。下賤な庶民の生まれだというのに公爵たる父が血迷って養子に迎えた義理の弟、どこまでもいけ好かないソイツである、と。


「いや、なんで、こんなことに。……この状態から入れる保険とかってありますぅ?」


 なんて、冗談を言ってもどうにもならない。

 人類の救世主は、どう見たって死んでいる。

 それも、どう考えたって、俺が殺した。


「いや、待て待て待て。ええと、うん、俺は……、ううん、違うな、この体は、そう、私、と喋っていた気がするな。品は良いのだがどこか傲慢でもあって、他人を見下したような口調、だった、確か」


 喋っているうちに、この声が【俺】という事に違和感を感じた。

 そうだ、ぼんやりと蘇った記憶がこの体は公爵令息、下位だが王位継承権も持つ貴族の中の貴族だと、語っているじゃないか。


「いやもっとこう……、なにがどうしてこの死体が目の前に転がる事になったとか、そういうのを思い出したいんだがぁ……?」


 情けない泣き言を漏らして、そして同時に、ああこうではないな、と確信する。

 私は、こんな風に泣き言なんて言わない。

 それだけはわかる。


「ええと……、どうすべきだ……。勇者が死んだとバレるのは、マズイ。こいつは人類の希望だ。絶対に死んではならなかった。そうだから……だから……私は、いや俺は……? あっ、ぐっ……!」


 ひどい頭痛が、私の身に降りかかった。

 どうした事か。


 ええと、俺は現代日本に生きていた。

 そうそれで、自殺、をした記憶がある。

 自営でほそぼそとやっていた仕事がうまくいかなくて、将来が不安で、何年もすっきりと眠れたという感覚が持てなくて、とにかく、疲れていた。

 これからの事も家族の事もどうでもよくなってしまって……、ああ。


「いや、いやいやいや。そんな事を考えていても、仕方がないだろう。そうだ。勇者は逃げ隠れた、ということにしよう。明日は、旅立ちの日だった。皆の期待が怖くなった、とでも手紙を残して……、そして、この死体を隠蔽しなくてはならない」


 どこまでもあやふやな記憶だが、勇者の癖のある字は、書けると確信している。

 兄上は手本のような字を書くのに、俺はいつまでも……待てこれは誰の記憶だ? くそっ、頭が痛い。

 ああそうだ、この義弟はよく私の機嫌をとろうと、そんなおべんちゃらを言っていたのだ。いや違う俺は心から、頭が痛い、違う違う違う、今は、そんな事を考えている場合ではなくて。


「悪役貴族転生にしたって、いくらなんでもナイトメアモードすぎるだろ……。勇者がいなければ、人類はどうなるんだ……? いやなによりまず、私が勇者を殺したなんて事が露見すれば、私もこの家も終わりだ。一族郎党、……死ぬだけで済むなら楽な方だな」


 ため息が出てしまう。

 自分の身、この家、この国、この世界。

 私が勇者を死体に変えたという一つの事実だけで、その全てに息苦しいほどの暗雲がかかってしまう。


「しかし俺は、立ち止まるわけには、いかない。絶対に、この世界を救う。……誰の魂を殺すことになろうとも」


 その決意の言葉は、魂の奥底から、出でた。

 勇者を殺しておいてどの口が言うのかと思うが、同時になぜか、自分こそが世界を救える、自分しかこの世界は救えないと確信してもいる。


 いったいどういう事なのか。

 わからない事だらけではあるが、まずは、この勇者の死体を誰にも見られることなく処分してしまわねばならない。それだけは、わかる。


「いや……、難易度高いってば……」


 弱弱しく漏れ出た言葉は、やはりちっとも私らしくはないものだった。

 ああ、この身体で生きていくからには、兄上のように振舞わなくてはならないのか。


「いくらなんでもナイトメアモードすぎるだろ……!」


 俺は頭を抱えようとして、けれどべっとりと血に濡れた両の手でそんな事できるわけもなく、ただ深く深く、ため息を吐いた。

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