第3話 マユとホタル 匂い編

 次の日の朝、私は起きて真っ先にお風呂に入ることにした。


 許さん許さん許さん許さん!


 あいつ、寝言でも臭いって言いやがって!


 こうなったらフローラルな私になってやる。朝からちょっと高いシャンプーも使ってやるんだから。お母さんから香水も借りてみよっ!


「朝から風呂入ってんの?」

「そうよ! 悪い!?」


 猛烈に髪を洗っていたら、洗面所からホタルの声が聞こえてきた。


「私もお風呂に入りたいんだけど……」

「なに? ホタルが朝風呂なんて珍しいじゃん」

「汗かいちゃってさ。まぁそれでもあんたより臭くはないと思うけど」


 ムカちーん!

 可愛くない可愛くない可愛くない!


「早くあがってきてよ」

「ちょっとは待ってよ!」


 もーう! 折角早く起きたのに全然ゆっくりお風呂に入れないじゃん。これじゃカラスの行水ならぬ、マユの行水になっちゃうよ!


「はいはい! どうぞ!」


 体にバスタオルを巻いて、急いでお風呂から上がる。

 なんでいつも私が譲らないといけないかな!


「……」

「な、なによ……」


 ホタルが目を丸くして私の身体をまじまじと見ている。

 なにがそんなに珍しいんだか。顔も一緒なら、体のサイズ感も一緒だろうに。


「太った?」

「はい出ましたー! それも絶対に女の子に言ってはいけないやつだからー!」


 こ、こいつぅ……! 最近、私が気にしていることをずけずけと。

 お母さんが作るご飯ってとっても美味しいんだから仕方ないじゃん。


「……というか、なにしてんのよ。早く入ったら?」

「あんたがいると服脱ぎづらいんだけど」

「ふーん」


 ホタルが自分の胸に手を当ててなにかを考えている。


「別に気にしなくていいのに。昔は毎日一緒に入ってたじゃん」

「馬鹿じゃん。何年前の話をしているの?」

「馬鹿じゃんは絶対に余計じゃん」


 ま、いっか。

 こいつがなに考えているか分からないのはいつものことだ。


 それよりも早く支度して、今日はしっかり身だしなみを整えよう。


 もう絶対に臭いなんて言わせないんだから!




 



 朝ごはんを食べ終えた後、私はホタルに声をかけた。

 

「どう!? 私の匂いを嗅いでみて!」

「はぁ?」


 私は、ホタルの前に立ちふさがった。

 油断するとホタルはさっさっと一人で学校に行ってしまうからだ!


「かなりきもいんですけど……」

「ほら! 別に臭くはないでしょう!?」


 ふんっだ! ドタバタしちゃったけど今日は朝からお風呂に入ってばっちり。

 お母さんから借りた香水もつけて、今日はパーフェクト雛咲ひなさきマユだ!


 お風呂なんて飾りです! 妹にはそれが分からんのです!


「うえぇえ、おばちゃんの匂いがする赤ちゃんがいるよぉ」

「どういう意味よ!」


 なにその絶妙な例え。分かるけど、分かりたくない。


「あんた、お母さんの香水をつけたでしょ……」

「うん! 良い匂いでしょ!」

「おぇええ」

「人の前でえずくのやめてもらえる?」


 わざとらしく口元を押さえるホタル。

 我が妹ながら本当に小憎たらしい。


(うーん……)


 朝から頑張ったのに失敗感満載。

 でも、前よりは普通に会話できている気がしなくもない。


「……」


 ホタルがお風呂に入っている間、私はお母さんとこんな話をした。







「マユはどこに行ってもお姉ちゃんねぇ」


「いやお風呂から追い出されただけなんだけど……」


「でもマユはホタルのこと本当に嫌っているわけではないでしょう?」


「う゛っ!」


「あんたたち二人で一緒に生まれてきたんだもんね。嫌いになれるわけないよね」


「……私はそうかもだけど、ホタルはどうやら」


「ふふふ、それはどうかしらね」







 私は双子の妹に嫌われている……と思っていた。


 でも、この前の寝言を聞いたらそうでもないような気がしてきた。


 もしさ、今ホタルに言われていることが改善できたら、前みたいな仲良しに戻れるのかな?


 やってみる価値はありそう。

 私、キツイ言葉を言うのも言われるの嫌だもん。


 まずは匂いでしょう……後は顔のことを言われるからおしゃれ……?


「おばちゃんの匂いする赤ちゃんきもい……」

「それお母さんのこともディスってるから」

「おばちゃん赤ちゃん、略しておかちゃんと呼ぶことにしよう」

「そのお笑い芸人みたいな呼び方やめてよ!」




 



 夜の七時前。


「つ、疲れた……」


 部活を終えて家に帰ってきた。

 今日は食欲がわかないくらいくたくただよ。朝からお風呂に入ると、何故か疲れる現象のことをすっかり忘れていたよ。


「すぅ……」


 私より先に帰っていたホタルは、既にリビングのソファーで横になっている。

 帰宅の時間なんて十分差くらいなのに、爆速おやすみ状態だ。


「寝顔だけなら可愛いんだけどなぁ」


 ホタルのほっぺたを人差し指でつついてみた。

 いつもツンツンしている態度とは逆に、ほっぺたはマシュマロみたいにぷにぷにしている。


「うぅ……」


 なんの夢を見ているのか知らないけど、ホタルがめちゃくちゃうなされている。表情はとてもつらそうだ。


「香水はいらないよぉ……むにゃむにゃ」

「……」

「お姉ちゃんはそのままでいいのにぃ……赤ちゃんのままでいいのにぃ……」

「……」

「私、赤ちゃんの匂いだいしゅきぃ……ぎゅっとしたいよぉ……本当はとてもいい匂いするよぉ……」


 私はホタルのほっぺたをそのままつねった。

 やっぱり妹の寝言はちょっとおかしい。

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