第28話 透花「遼君とキスしたい」
俺はベッドから起き上がった。その様子を、透花が寝転んだまま、上目遣いで見ている。
「透花」
正直言えば、俺だってしたいよ! こんなに可愛い彼女の言うことはなんでも聞いてあげたくなるよ!
……でもさ、本当にこのタイミングでしていいのかな。ここで、彼女の望むようにしてあげれば、一時的な安心感は与えてあげることができるかもしれない。でも、それって長い目で見たときに本当に透花のためになるのかな……。
「えいっ」
「わっ、わわっ!?」
俺は透花の髪をわしゃわしゃっと撫でてあげることにした。透花がくすぐったそうに笑いながら、身をよじる。その反応があまりに可愛くて、つい俺も笑ってしまった。
「髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃうよー!」
「そのときは俺が直してあげる」
「えっ?」
「何度だって直してあげるから気にしないで」
俺の言葉に、透花がぽかんとした顔を見せた。
俺、思うんだ。朝比奈透花って、本人が思っているよりもすごい人間なんだよ。それなのに透花は、簡単に自分の体を使って、俺を繋ぎとめようとしている気がする。
……それは透花のパートナーとしても、彼女を「再育成する」と言った男としてもさせちゃいけないよ。もし、俺がここでキスをしてしまったら、ただでさえ低い彼女の自己肯定感が更に歪んでしまうような気もする。
「りょ、遼君……?」
ぽつりと漏らす声は、どこか照れくさそうで、でも嬉しそうでもある。そのまま透花も起き上がって、俺の肩にそっと寄りかかってきた。
「透花、言っておきたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
「初めてのキスは俺からしたい」
「ふぇっ!?」
「でもさ、キスって焦ったり、急いでするものじゃないと思うんだ。だから、ちゃんと“今だ”って思ったときに俺からする。させてほしい」
俺がそう言うと、透花の顔が、湯気でも立ち上りそうなくらい一瞬で真っ赤になった。耳の先まで真っ赤で、なにか言いたそうにも口がパクパク動いているが言葉は出てこないみたいだ。
「な、な、なにそれ……ずるい……。急に、そんな……」
透花が困ったように視線を泳がせている。自分の気持ちを素直に伝えた。いつも透花から言わせてばかりじゃなくて、男の俺から言いたかった――そんなちっぽけなプライドもちょっとはあったかもしれない。
「俺、透花とは勢いとかじゃなくてちゃんとしたいと思ってるんだ。だから、一緒に恋人としての時間を大切に育てていこう? それが“透花と遼君の愛の育成プラン”でしょう?」
「う、うん……」
「だから、そのときがきたら……」
「は、はい……待ってます……」
小さな声だったけど、とても力のこもった声だった。潤んだ瞳はぽーっと俺のことを見つめている。きっと、間違っていない選択をしたと思う。だって、透花の顔がやたらキラキラしているもん。目の奥にはハートマークすら浮かんでいるように見える!
「私、好き死にするかもしれない……です……」
「なにそれ」
「そのままの意味……です……」
透花が謎に敬語になっている。今日は、朝から透花のテンションがジェットコースターすぎる。
「私、すごく大切にされてる感じがする……します……」
「ずっと大切にしているつもりなんだけどな」
「分かってる! 分かってるけど!」
透花がふっと力が抜けたようにベッドに倒れ込み、そのまま枕に顔をうずめた。
「きゃーー! 好きーーーー!」
突然の絶叫! 透花が壊れた。おかしいなぁ、どちらかと言うと直そうと思っていたのに!
「好きすぎて爆発しそう! 私の中にこんなに好きがあるなんて思わなかった! 世の中の全てを恨んでいたこともあったのに!」
「急にラスボスみたいな台詞やめてね」
と、とりあえず、透花はこれで大丈夫そうかな。自分のハードルを上げまくった気がするけど、透花が楽しそうならそれでいっか。それに、また透花と一つ未来への約束事ができたしね。
「遼君はいつもぐちゃぐちゃになってる私を助けてくれる……」
「たまにはピシッとしてくれ。頼む」
「私も遼君になにかしてあげたいよぉ……。私、遼君が喜んでくれることしてあげたい」
「気にしなくていいのに。俺、透花がこうして一緒にいてくれるだけで嬉しいよ。恥ずかしいけどもうみんなから聞いてるでしょ? 俺、透花が憧れの女の子だったから……」
「~~~っ!」
俺の言葉に透花が足をバタつかせる。だからやめて! 俺のベッドはそんなに耐久力ないから!
……にしても、透花と一緒にいるとこれからも今日のネット記事みたいな話は沢山あるのかな。もしかしたら、その隣にいる俺も、好寄と偏見の目に晒されていくのかもしれないな。でも、俺は絶対に負けないぞ! 俺が透花を守らないで、誰が透花を守るんだよ。
ガタッ
そんなことを思っていたら、玄関からなにかの音がした。どうやら郵便受けになにか入れられたっぽい。
「透花、俺、ちょっと郵便取ってくるね」
「好き好き好き好き」
「まだやってたのかよ!」
故障中の透花は一旦置いといて、俺は一階に向かった。玄関の郵便受けを見ると、すぐにおかしなことになっているのに気がついた。
「な、なんかすごい手紙の量なんだけど……」
なんだこれ……郵便受けには、溢れんばかりの手紙が入っている。というか溢れてて、ちょっと地面に落っこちている。
「どういうこと……?」
地面に落ちている手紙を拾って差出人を確認してみた。
「地元の新聞社?」
嫌な予感がしつつも、郵便受けの手紙をもう一つ取り出してみる。
「こっちはテレビ局だ!」
他の手紙を見ると、各メディアの名前、よく分からないフリー記者の名前も書いてある! これ、透花のアパートでも似たようなの見たことがあるぞ! もしかして、全部取材依頼かなにかか!?
俺は急いで、二階にあがり、窓からうちの前にある道路を確認してみた。
黒塗りの車が止まっている……地元の人なら、あんな路肩に普通は車を停めたりはしない。俺は思わず、カーテンを全て閉じてしまった。
「遼君、暗くしてなにするの? もしかして――」
「透花! もしかすると大変なことが起きてるかもしれないっ!」
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