第27話 「今日、ご両親いないよね」「うん」「今ならキスし放題だよ?」

 俺たちは部屋に戻って勉強することにした。

 色々なことがありすぎて、つい忘れそうになっちゃうけど、もう少しで期末テストもやってくるのだ。


「遼君、ここ分かんない」

「あー、そこは――」


 透花が俺の隣にぴったり寄り添っている。一周回って、透花がまた俺から離れなくなってしまった。


「遼君、私、トイレに行きたい」

「どうぞ」

「……」

「……」

「一緒行こ?」

「なんでだ!?」


 人生で初めて女の子に連れションを誘われた! 前にも似たようなことはあった気がするけどさ!


「お願い」

「うぅ……」


 甘えるような声で言われてしまうと、強く出られない。朝の記事の一件で、かなりこたえてしまったんだと思う。透花がこんなふうにすがってくると、なんだかこっちも胸が苦しくなってしまう。


「仕方ない、前までだからね」

「うんっ!」


 透花は嬉しそうに俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。まるで子どもみたいに素直だけど、その笑顔の奥にはまだ不安が残っていた。


(うーん……どうしたものか)


 はっきり言って、俺は神楽坂かえで自身には少しも興味がない。透花に肩入れしているので、当初の印象も良くなかったくらいだ。神楽坂と接触しようと思ったのは、透花のため。透花のためになにかできることがないかなと思ったからだ。それがまさか、透花を傷つけることになってしまうなんて思わなかった。


「俺さ、神楽坂にはまったく興味ないからね。あんな嘘っぱちの記事、そんなに気にしなくてもいいんじゃないかな」

「……でも、世間じゃそれが本当になっちゃうでしょ?」

「え?」

「その情報が出たら、世の中ではそれが真実になっちゃうから……」


 ぽつりと落ちた透花の言葉に、なんて返せばいいか分からなくなってしまった。少しの間、静かな沈黙が落ちる。でも、その隙間を埋めるように、透花がふにっと俺のシャツの裾をつまんできた。


「遼君はずっと私と一緒にいてくれるよね?」

「当たり前だろ! ずっとそう言ってるじゃん」


 透花は自分の居場所がなくなることを極端に怖がっている。育成失敗なんて勝手に言われて……仕事も住む場所も奪われたんだ。そりゃそうだよ。


「遼君、好きって言って」

「いきなり!?」


 声が裏返ってしまった。でも、透花はとても真剣な表情で、俺のことを見つめている。そんな目で見られたら、恥ずかしいけど言うしかないよ。


「透花、好きだよ」


 そう言うと、透花はほっとしたように微笑みながら、そっと俺の胸に抱きついてきた。


「私も大好き。大好きすぎてつらくなる」


 透花の声が甘く震えて、ほんの少しだけ頬を赤らめているのが分かった。


「遼君、もう一度言って?」

「恥ずかしいんだけど!?」


 透花はぷいっと口を尖らせて、ほんの少しだけ拗ねたように俺を見上げる。そんな姿があまりにも愛しくて、つい笑みがこぼれた。


「透花、好きだよ」

「私も大好き」

「俺も透花のこと好きだよ」

「私はもっと好き。負けない」

「終わらないんだけど!?」

「全然足りない!」


 張り詰めていたなにかがふっと和らいでいった。

 ムカつくけど、今の俺は大人が作った大きな流れに逆らうことができない。透花の気持ちに寄り添うことしかできない。悔しい……早く大人になって色々できるようになりたいよ。


「はい、じゃあなにも知らない人が書いた記事を気にしないこと! 俺もあんまりああいうニュースは見ないようにするから」

「うん、私も見ないようにする」


 透花が俺の胸に頬をすりすりとこすりつけてくる。まるで、俺がちゃんとここにいるのか確かめるみたいだった。

 自分たちを守るためには、もうそんなニュースは見ないようにするしかない。知らなければ、なかったことにできる。きっと透花もそんな理由から、メディアから離れたんだと思う。


「ところで透花」

「んー?」

「……トイレ忘れてない?」

「あっ」



 ――お昼前。


 絶賛、透花と俺の部屋でだらだら中。朝のショックから今日はもう勉強する気にならなくて、リフレッシュでぼーっと漫画でも読むことにした。


「遼君読んでー」

「“勘違いするなよ、お前を助けたわけじゃない。お前を倒すのはこの俺だ”」

「おー」


 ベッドの上で、透花と肩を並べてうつぶせになる。開いた本の真ん中に、二人の頭が寄り添っている。ぶっちゃけ読みづらい。でも、なにをしても透花が俺と同じことをやりたがるので、自然とこういう形になってしまった。


「すっごい棒読み」

「うっさい! 自分が元役者だからって!」


 ページをめくるたびに、肩がぶつかって、お互いの髪が触れ合う。本当は育成計画はスパルタ期間のはずだったんだけど、今日はお休みだな。そもそも全然スパルタなんてできてない気がするけど。


「遼君、遼君」

「なに?」

「私たち、恋人としてやってないこと沢山あるよね」

「例えば?」

「キス」

「なんで透花はド真ん中直球しか投げられないの!?」


 透花が唐突にとんでもないこと言ってきた!


「今、お父さんもお母さんもいないんだよ?」

「うん」

「柚ちゃんもいないよ」

「知ってる」

「し放題だよ?」


 頬ずりでもされそうな距離感で、透花がじっと俺のことをのぞきこんできた。胸が高鳴ると同時に透花の焦りも伝わってきてしまった。

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