第19話 遼君が私の初めてだよ
次の日の朝、いつも通り朝比奈を迎えに行く。玄関のチャイムを鳴らしてしばらくすると、ゆっくりと扉が開いた。
「おはよぉー……」
顔を出した朝比奈の様子が明らかにおかしい。ふらつくように一歩前に出たかと思うと、そのまま崩れるように倒れかかってきた!
「朝比奈っ!?」
慌てて両腕で彼女の体を受け止めた。熱い。顔も真っ赤だ。
「だ、大丈夫か!?」
「体がふにゃふにゃして力がでない……体が痛い……」
目がとろんとしている。俺は朝比奈のおでこに手を当ててみた。
「きゃっ」
「熱っ!」
朝比奈からびっくりした声がでるが、そんな声すら今日は元気がない。
「熱あるじゃん!」
「風邪引いちゃったかも……」
「いきなりどうして……」
「分かんない」
うかつだった。昨日の部活もそうだが、最近、朝比奈の都合を考えずに色々やりすぎた。家を片付けて、一緒に学校に行って、遊びに行ってで、ずっと朝比奈に慣れないことをさせていた。
まず一番に体調のことを一番に考えてあげないといけなかった……! これじゃ、朝比奈を育成し直すって言ったの失格だよ。
「朝比奈、今日は学校休もう!」
「えー、行く……」
「そんな馬鹿なっ! あの不真面目で学校ではいつも寝ている朝比奈透花が学校に行きたがるだと!? あの遅刻常習犯の朝比奈透花が!? 制服すらまともに着れないあの朝比奈透花が!?」
「今、すっごく失礼なこと言われている気がする」
いつも通り仕度をしようとする朝比奈。だが、体はかなり重そうだ。
「ほら、今日は無理しないほうがいいって」
「でも、遼君は学校に行っちゃうんでしょ……?」
「今日は休むよ。欲しいものあったら言ってね」
「え?」
「具合悪いときに一人じゃしんどいだろ。今日は一緒にいるから」
「……」
朝比奈の肩を支えてベッドに連れ戻す。俺がそう言うと、朝比奈は安心した顔で大人しくベッドに戻ってくれた。
「本当にいいの? 遼君って真面目なのに」
「優先順位があるでしょ。一日くらい休んでもどうってことないから。授業のノートは友達にうつさせてもらうから平気だよ」
「うわっ、さりげなく友達いるアピールしてる」
「朝比奈にもうつさせてあげるから。お風呂の桶、ちょっと借りるよ」
お風呂に行って、桶に水を入れて、タオルも持ってくる。朝比奈のおでこにピタッと冷たいタオルを当ててあげた。
「私がいつも裸になってるところに行っちゃた……」
「なんか言った?」
「なんでもない……」
朝比奈がボソッと小さくなにかを呟いた。
「風邪薬はある?」
「ないかも……」
「じゃあ、うちから取ってくるね。お米はどれくらい残ってたっけ?」
「昨日、全部使っちゃったかも……」
「じゃあ、どっちもうちから取ってくるから! 薬を飲む前には、ご飯を食べないとだよ」
「うん……」
ぽーっと朝比奈が俺のことを見つめている。
「私と一緒にいたら遼君にうつしちゃうよ……」
「俺も薬は飲んどくから大丈夫」
「でも、遼君が具合悪くなったらうちに来なくなっちゃうでしょ? それは嫌だなぁ……」
「じゃあ、そのときは俺も朝比奈の家で寝ようかな」
「いいの?」
「いや冗談。マジなトーンで返すのやめて」
「ぶーぶー」
可愛らしいブーイングが飛んできた。口はまだ元気に動くようだから、今のところは大丈夫そうだ。
朝比奈をしっかりベッドに寝かせてから、俺は一度自分の家へ戻った。冷蔵庫をあさって、米と卵、それに備え付けの風邪薬を持って、急いで彼女の部屋に戻る。早速、この前の合鍵が役に立ってしまった。
キッチンを借りて、鍋に米と水を入れて火にかける。ふつふつと湯気が立ちのぼる鍋を見つめる。しばらくすると、お粥のやさしい匂いが部屋に広がっていった。
「遼君……なにか、いい匂いがする……」
布団から顔をのぞかせた朝比奈が、弱々しく言う。
「お粥作ってるよ。卵も入れて、ちゃんと消化にいいやつ。すぐできるから待っててね」
「優しい……」
「俺はいつも優しいけどな」
「知ってる」
朝比奈がうつろな表情で俺のことを見ている。いやいや、いつもの軽口で返してくれないと困っちゃうんだけど……。
数分後、お粥が完成した。熱すぎないように冷ましてから、小さな茶碗に盛って朝比奈のもとに運ぶ。
「はい、どうぞ。ゆっくり食べてね」
「うん」
朝比奈がゆっくり体を起こした。スプーンが刺さったお粥をじっと見つめている。
「あーん」
「朝比奈?」
「あーん」
朝比奈が遠慮気味に口をあけている。
「……」
またベタなことやろうとして。でも、今日は恥ずかしがっている場合じゃないよね。
「熱いかもだから気をつけてね」
「ふーふーもして」
「ふーふーくらいは自分でできるよね」
「できない」
ぐぬぬ……! 今日はとことん甘えてきやがる。恥ずかしいけど、今は朝比奈の体調のことを一番に考えないと。
「……ふーふー。はい、あーん」
「あーん」
スプーンを差し出して、朝比奈の口にゆっくり運ぶ。ぷるんとした唇が、なんだか妙に色っぽく見えて、思わず目を逸らした。
「朝比奈、これ食べたら薬も飲んどこうか」
「ありがと……遼君、本当に……」
そう言って朝比奈はお粥を食べ終わると、薬を飲み、コトンと布団に身を預けた。
「ねえ、遼君」
「ん?」
「手、繋いでいい?」
布団の中から、小さな手が俺の袖をつかむ。
「これでいい?」
「わっ、遼君の手、冷たーい」
俺は普通に朝比奈の手を握ってしまっていた。きっと、お詫びの気持ちも強かったんだと思う。
「ごめんね、俺、朝比奈に無理させちゃってたかもしれない」
「無理?」
「育成し直すって言って、一人で張り切り過ぎてた」
「ううん、私も楽しんでるから気にしないで」
朝比奈の手が強く握り返してきた。
「遼君は私といて嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ。とても楽しい」
「なら良かった……」
つくづくほっとした声を出す朝比奈。ズボラなくせに、本当に繊細なところもあるんだから……。
「こんなにしてくれるの遼君が初めて……遼君が私の初めてだよ……」
「すっごく誤解されそうな言い方なんだけど!」
「誤解じゃなくしていいよ」
「はい?」
「はいっ」
熱い。俺は熱がないはずなのに顔から火が出そうだ。こいつ、頭がぼーっとしてて自分でなに言っているか分からなくなってるな。
「眠そうだよ。一回寝たら?」
「まだ寝たくない……」
「子供みたいなこと言ってる」
「ねぇねぇ、私、遼君の昔の話が聞きたいな」
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