第2話 同じ牢屋の男

この国の奴隷の仕事は主に三つだそうだ。

まずは鉄山労働。この国の建築、武器、道具などなど、この国に鉄は必要不可欠のものだ。

子供だったりを除けば基本的に男はここで労働をすることになる。僕もここに配属されるらしい。


次に農業労働。ここは力仕事ができない女や子供が担当することが多い。

ここで容姿の優れている者は貴族に買われることもあるそうだ。

貴族に買われた奴隷たちは召使いとして働くことになる。使い道は様々だが、大体はそういう事に使われる。奴隷の買い替えも頻繁に行われているそうだ。


そして最後にあの闘技場だ。町で見た大きな円形の建物が舞台のようだ。

奴隷は猛獣の餌になったり、『決闘士』と呼ばれる闘技場で戦うことを仕事にしている者たちによって切り殺されているそうだ。

奴隷は武器を持って戦うのではなく、殺されることでより観客の興奮を掻き立てる、一種の舞台装置のような役割だ。

この国の中心地では毎日大勢の人間が見せ物として殺されている。

これがこの国の最大の娯楽だ。


そんなこの国についてを色々と説明してくれているのが、このヴォルトってやつだ。この牢屋の中で一緒に暮らすことになるルームメイトだ。

ただただ明るいやつで、初対面の時も真っ先に話しかけてきた。


「よう新入り!俺はヴォルト!今日からよろしくな!」


満面の笑みでこちらを向き、デカい声で話しかけてきた。とても奴隷とは思えない美しい風貌だと思った。しかし手足についている枷が、彼も奴隷なのだと物語っていた。


「僕はグラス。よろしく」


冷たくあしらう様に挨拶をしたが、ヴォルトは話し相手が来たのが嬉しいのか、次々と話を広げていった。

明日の仕事のことだったり、ここでの生活の仕方だったり。この国の成り立ちから、この国の奴隷についてのことだったりと色々だ。


ヴォルトが楽しそうに話している間、僕は彼女の顔を思い浮かべていた。


確かアゲハ姫って言ったな。名前の通り、アゲハ蝶のように美しい女性だった。

彼女のことを考えるだけで、感じたことのない高揚感に浸れる。今何をしているのだろうか。彼女のことで頭がいっぱいになる。胸の鼓動が痛いほど早く動いていた。


「それからさ……なんでそんなニヤニヤしてんだ?」


ヴォルトが不思議そうに尋ねる。

無意識のうちに口角があがっていたようだ。


「収監初日にそんな顔になる奴なんて中々いないぞ。何かいいことでもあったか?」


自分のことを話すのは嫌いなのだが、今は誰かに彼女の話をしたくてしかたない。

ただひたすらに心の中で蠢く感情を言葉にしたかった。


「実は今、とっても幸せなんだ…!一目見た時から胸がドキドキして止まらない。なんて良い気分なんだろう!初めて自分の人生に心から感謝したい気分だ!

なぜだろう?今日初めて目にしただけなのに。それだけのことで今までの苦悩が嘘のようにすっ飛んだ!こんなこと生まれて初めてだ!なんて幸せなんだ!!」


口にしてみると恐ろしいほどスラスラと言葉が出てた。まだまだ話し足りないくらいだ。僕が彼女をどれだけ好きなのかを完璧に言葉に言い表せないのがもどかしい。


「グラス………」


おっと初対面の相手にする話じゃなかったか?しかし自分でもこんなにペラペラと言葉が出るものだとは思わなかった。

ヴォルトに引かれてしまったかもしれない。でもしょうがない。本当に幸せなのだ。最高の気分なんだ。


「グラス……気持ちは嬉しいけど…、俺…まだお前のことよくわかってないし…。ほら、突然すぎるというか…急すぎるというか……。まずは友達から始めるっていのが筋なんじゃない…かな……?」


ヴォルトがモジモジしながら、頬を赤らめ、言葉を探すように呟く。


「……………………………………」


僕は無言でヴォルトの頭を殴りつけた。




「アゲハ姫か!めちゃくちゃ可愛いって噂だからな…。お前姫様を見ることができるなんてとんだラッキーな野郎だな!羨ましいぜ!」


今思えばとてつもなく恥ずかしいことを口走ってたと思うが、ヴォルトはバカにするはなかった。

いい奴だなこいつ。


「ヴォルトは見たことないのか?」


「そりゃあこの国の姫様だぜ?一般市民すらなかなかお目にかかれないさ!ましてやここにくるなんて、聞いたことがないぜ!」


そうだったのか。そんなに珍しいことだったなんて聞くと嬉しくなるな。まるで運命みたいじゃないか。てかもう運命だろこれ。

また自然と口角があがってしまう。


「ところで、グラスはなんでここにきたんだ?」


ヴォルトが思い出したかのように問いかける。まあこの話は奴隷達にとって一種のテンプレート的な会話なのだろう。


「やっぱりみんな気なるんだな。僕は自分からここに来たんだ」


話したって分からないんだろうな。僕にとってはこうするしかないと思った。いや、改めて冷静になると、ただ自暴自棄になっていたのかもしれない。しかし、今となっては僕の行動は必然だったと断言できる!僕は運命に導かれて彼女と会うことができたのだから!彼女との出会いより重要なことなど、この世に存在しないのだ!


ヴォルトが口をぽかんと開けたかと思えば、唐突に目を輝かせて笑顔になった。


「なんだ俺と同じか!なんだよ先に言ってくれれば色々話したのに!」


………はへ?


「俺と……同じ…?なん……で………?」


「なんでってそりゃあ………」


ヴォルトがバッと立ち上がり自信満々の声で宣言した。


「『決闘士』になるために決まってるだろ!!!」


決闘士…あの闘技場で観客から割れんばかりの歓声を浴びている決闘士。

目の前で互いに殺し合い、血潮や悲鳴に喜ぶ観客の喝采を浴びるあの決闘士。


「なんでそんな奴らになりたいんだ?なんで命をかけてまで、死を喜ぶクズどものために命をかけるんだ?」


僕はヴォルトを睨みつけるように問いただす。僕の心は一瞬で嫌悪感で満たされていた。


「なんでってそりゃ、金と名声、そして地位を手に入れるためさ!決闘士として勝ち続ければこいつらが全て手に入る!」


拳に力を入れ、言葉に力を込める。まっすぐ見つめる瞳には、確かな覚悟を信念のこもった眼差しをしていた。

その瞳が僕にとってはとても忌々しいものに感じた。


「くだらないな。そんなものに命をかける理由なんてない」


吐き捨てるように言い放った言葉にもヴォルトは笑いながら答えた。


「ああそうさ!くだらないものさ!俺は自分がバカだって分かっている!それでも俺はこいつらが欲しいんだ!俺の人生を燃やしてくれるこの信念のためなら、俺は命をかけても構わない!!」


ヴォルトの勢いに押し返され、次の貶す言葉を吐くことができずにいた。

僕の納得していない様子をみると、ヴァオルトは真剣な面持ちをこちらに向ける。


「グラス、お前も俺と一緒に決闘士にならないか?」


彼の言葉には確かな力があった。自分に確かな意思があるとしても、こいつにかかればつい乗せられそうになってしまうような、そんな言葉の力がヴォルトにはあった。それはヴォルトが持つこの熱を真正面からぶつけられているからそう感じるのだろう。

しかし、僕にはその誘いにのる理由がない。


「なんで僕が決闘士にならなくちゃいけないんだ。僕には命をかける理由なんてないだろ?」


「いいや、あるぜ。あの闘技場はこの国最大の娯楽施設だ。貴族や王族の連中だって頻繁に顔を出している!」


ヴォルトがこちらに来いと言わんばかりに手を伸ばした。


「アゲハ姫に会いに行こうグラス!!俺と一緒に夢に命を賭けようぜ!!!」


僕の魂が震えているのがわかる。彼女にまた会えるのか。自分の希望が今、目の前にあるように感じた。

会いたい。彼女をもう一度見たい。声を聞きたい。ただもう一度…。



いや、やっぱりだめだ。



「じゃあもう、彼女とは会えないな……」


「なんでだグラス!怖いなら俺が守ってやる!お前の恋を俺と一緒に叶えよう!こんな場所で希望を持つ人なんてそういない!お前にとってアゲハ姫が希望なんじゃないのか!」


「彼女は僕の希望だ。夢のような存在だ。でも僕にはできない。僕は夢に全てを賭けられるほどバカじゃないんだ」


「…アゲハ姫に会いたくないのか」


「夢の中で会える。それだけで…ただそれだけで僕は幸せになれるんだ……」


牢屋には静寂が広がっていた。

グラスは俯きながら、その静寂を受け入れていた。


しかしヴォルトの中には一つの決意が芽生えていた。


(俺は諦めないぞグラス。今決めたんだ。

今日初めて会ったお前に、たまたま牢屋が同じだっただけのお前に、俺の直感がビビッときたんだ。

俺の夢の道筋に、きっとこいつの夢を叶えてやれる道筋もある気がするんだ!

俺を見くびるなよグラス!俺はお前のために、死ぬ気で俺の道を切り開く。俺がお前の夢を叶えてやる!)

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