奴隷の僕は、この国の姫に恋をした
スケッチちゃまちゃん
第1話 奴隷に光が触れる時
荷台に乗せられてからどれくらいの時間が経っただろう。たしか乗せられた頃は朝方だったはずだが、とうに日も暮れていた。満月なのか月明かりで外が明るい。夏の荷台の中は蒸し暑く、額にはうっすらと汗を滲ませている。ずっと座っているから馬の走る振動でけつが痛い。
この馬車の荷台には十人近くの男たちが座っている。国、人種、年齢、それぞれ異なっているが、共通して手足には枷が嵌められていた。
この馬車は様々な地方から捕らえた奴隷を運ぶためのものである。
こいつが向かっている先は『オリオロス帝国』。今やこの地方の頂点に君臨する国だ。圧倒的な技術力を誇り、あっという間にこの地方を支配していった。
しかしこの帝国の急速な発展によって多くの問題も出てきた。
食糧や資源の枯渇である。これらの課題の解決なくしてこれ以上の発展は見込めない。
そこでそれらの問題解決のため、奴隷市場が大幅に拡大された。
敵国の捕虜、犯罪者、債務者、人身売買など様々な方法で奴隷を確保していった。
産業や農業を奴隷に依存していくにつれ気づいた時には、この国の発展に奴隷は必要不可欠のものになっていた。
この国の輝かしい歴史は奴隷によって作られたものと言っても過言ではなかった。
「おい!まだ着かねえのか!」「一体いつまで大人しくしとけばいいんだ!」
奴隷として連れていかれる緊張、ずっと座ったまま会話もすることができないこの状況についに我慢の限界が来てしまったのか、ガタイのいい男たちが続々と運転手を問いただした。
「おーい、あんまり大きな声を出さないでくれよぉ。一応君らは喋っちゃいけない決まりなんだぜ?」
運転手の男は気の抜けた声で返答する。
「はっじゃあなぜ俺たちを殺さいんだ?お前らみたいな帝国の連中からしたら、ここにいる俺たちの命なんてあってないようなもんだろ?」
「そりゃそうさ!君らの命なんてこれっぽちも考えていないよぉ。けど面倒ごとは起こしたくないんだよね。君らだって早くそこから降りたいだろ?なら僕のためにも、あんまりヤンチャはしないでねえ」
「ふん、じゃあ好き勝手に喋らせてもらうぜ?俺たちを殺すような面倒ごとは嫌なんだろ?」
運転手の男はご勝手にと言わんばかりに手をぷらぷらと振るだけだった。
「けっイケすかない野郎だぜ。これだから帝国の人間はよ」
「まあいいじゃねえか。そんなことよりお前ら何やらかしたんだ?俺はエージス。この間の戦争で負けちまってよお、そっから捕まってこの有様よ」
奴隷といっても境遇は様々。彼らは互いの自己紹介をして時間を潰すことにした。
「俺はレープ。俺なんて酷いもんだぜ?女房がこっち来いって言うもんだからついていったら、そこに警備隊がいてよお!あれという間に奴隷行きだぜ?」
「お前さんそれ嫁さんに売られたってことじゃねえか!そいつは傑作だな!」
戦争によって、裏切りによって、自分の犯した犯罪などなど、ここにいる理由は様々だった。彼らは奴隷としてこれからを生きていくのだが、同じ境遇の者たちがいると、自ずと楽観的に考えてしまうもので、時には笑い声が響いていた。
既に人権など存在しない『物』として扱われる連中とは思えない光景だった。
「おい、そこのチビ。お前は何しでかしたんだ?珍しいじゃねーか、お前みたいなお子ちゃまがこんなとこにいるなんてよ」
声をかけられ、ゆっくりと顔を向ける。とうとう自分の番かと面倒な気分になる。
「僕はグラス。特に話すことなんてないよ。僕は自分からここに来ただけだ」
「はあ?お前なあ、ここは奴隷しかいないんだぜ?何で何でもない奴がここにいるんだよ」
捕虜のエージスが疑うように睨みつける。
「その子が言ってることは本当だよぉ」
気のない声の運転手が喋り出し、一斉にそちらに顔を向けた。
「驚いたよぉ。急に僕も連れてけ、なんて言うんだもん。別に市民じゃなかったっぽいし、僕からしたらどっちでもいいやってことで連れてきたんだけど。まあ変わってるよねぇ」
運転手の言葉で皆僕の話を信じてくれたようだが、どうも納得してない様子だ。
「うーん…それだと余計わからんな。なんでまたそんな自暴自棄にならにゃいかんのかね?」
皆が僕に疑念の眼差しを向けてくる。別に答える義理はないのだけど、この視線の中で黙っておくのも居心地が悪い。
「別に……ただ………あの家から離れたかったから…」
その場は静寂につつまれ馬の蹄と車輪がゴロゴロと鳴る音だけになる。
しかし次第に皆がぷるぷると震え出し、ついには一斉に大笑いしだした。
「ヒヒヒ…、お前家が嫌だからって人権捨ててまでここにきたってのか?フハハハ!反抗期か?ハハハハ!反抗期もここまでくれば相当な大バカだ!」
皆が腹を抱えながら笑っている。足をジタバタと動かして、足枷がジャラジャラと金属音を立てている。
僕は大笑いしだす奴隷を無視し、隙間から見える外の景色へ目を向けた。
誰に笑われても平気だ。僕は自分でこの場所を選んだんだ。
もう僕には戻る家なんてない。生きる理由もなく、ただ死に場所を求めて彷徨ったが、どうしても死ぬことができなかった。
これから自分の人生を生きる勇気も、死ぬ勇気もでない僕には、奴隷になって人間としての生を終わることが最も正しい選択だと信じている。
そして僕は奴隷になった。この世にいないに等しい存在になったのだ。
これまでの人生は灰色のような人生だった。
僕はまさに自分の色にふさわしい生き方をしようとしているだけだった。
「そろそろ着くよぉ!みんな黙ってくれないと怒られちゃうから頼むねぇ!」
運転手の男が声を上げる。
その声を聞き顔を向けると、運転手と馬の頭の間から大きな国が広がっているのが見えた。
あれがオリオロス帝国。この地方を収め、全ての『人』に幸福を与える街。人ならざる『奴隷』によって支えられている国。
そんな大国の首都はここから見ても異質なほど大きく、並び立つ建物の窓から漏れ出す赤い光が、満月の月夜と調和し、雄大さと底知れぬ恐怖を同時に感じさせた。
街に入っていくと、その街の作りの全貌が分かってくる。石造りの建物が数多く並び、月明かりに照らされて青みがかっている。その建物からは温かな光が漏れ出し、微かに人の談笑の音も混じっていた。石畳の道はさっきまで走っていた道とは違いガタガタとせず、馬の蹄の音を軽やかに奏でている。
そして一際目立つ街の中心にある巨大な建造物に目を向けた。
街を360度どこまでも見渡せるかのような巨大な円形の建造物。それは巨大な闘技場であった。
しばらくすると、ある建物の前で馬の足を止めた。
運転手が何やら門番の者と軽いやり取りを交わした後、門が開かれる。錆びた門の音が聞こえると同時に、再び馬の歩みを進めた。門を通ってしばらくすると後ろから門の閉ざす音が響き渡る。
既に決まっていた未来だが、既に諦めていたはずだが、この門の不快な金属音は、これまでの人生との決別を確信たらしめるような音に感じた。
「よーし到着!全員黙って荷台から降りてねぇ」
長時間座りっぱなしだったので足が痺れて歩行がおぼつかない。ふらふらになりながら荷台を降りる。けつも腰も骨にくる嫌な感じの痛みだ。後ろからも「痛たた」とうっすら声が漏れ出していた。足枷の鎖の音をジャラジャラと鳴らしながら皆続々と降りていった。もう夜だと言うのに外はまだ夏の原型を留めたままだった。
荷台から降りてすぐ、ここが中庭のような場所だと分かった。周りには無愛想な建物が全体を取り囲むように立っており、そこがいわゆる奴隷を入れるための倉庫なのだと理解した。
全員が降り終わるとすぐに横一列に並ばされ、顔を上げているよう指示をされた。周りには続々と警備の兵士が僕らを取り囲む様に配置され、その異様な雰囲気に奴隷達は激しく動揺した。
目の前には登壇があり、そこに一人の男が壇上に立ち上がった。
後から知った話だが、その男の名はホーレン将軍。貴族として位の高い家に生まれながら、高い知力とカリスマ性で、若くして将軍としての地位を確立した男だ。まだ若いようだが髭面で実際に聞いた歳よりも老けて見えた。
「これより、貴様らの人権は剥奪された!お前たちは今日から人としてではなく、物としての生を謳歌するのだ!
貴様たちのこれまでの生には何の価値もない!犯罪を犯したもの。帝国に牙を剥いたもの。この世に存在する理由などないクズどもが貴様たちだ!
人はおろか、神すらもお前たちの存在を許さない!だから貴様たちはここにいるのだ!」
突然男が声高々に宣言した。一言一言発するごとに、体がピリピリと震えるような威圧感を感じた。他の奴隷たちはあの男の声を浴びるや緊張で顔が強張る者から、気に食わないと睨みつけるなど反応は様々だった。
「そんな哀れな貴様らに、我々は一つ価値を与えてやる。この国の歯車として死ぬまで帝国のためにその命を使うのだ。
生きる目的を与えられてこなかった、存在を否定され、生きることが許されないはずの貴様たちに、慈悲深くも我々帝国は生きる理由を与えてやろう。
我々のその寛大な心に感服し、オリオロス帝国の前に屈服しろ!!」
話が終わるや否や、周りの警備兵から拍手や歓声が鳴り響く。しかしそれを聞いた奴隷たちからは、わなわなと怒りが立ち込めていた。
「ふざけるな!お前らみたいなクズの方がよっぽど生きてちゃいけねえ連中だ!」
妻に売られたレープが真っ先に声をあげた。同調するかのように他の奴隷たちも「そうだ、そうだ」と声を上げる。
壇上にいるホーレンは少しため息をし、最初に声をあげたレープをじっと見つめた。
その人に向けられたとは思えない眼差しに、レープも思わずたじろいでしまう。
そしてホーレンはおもむろに右手を払う仕草をした。
その瞬間、後ろにいた警備兵の一人がレープの胸を槍でぐさりと貫通させた。
グフと声を漏らしながら自分の吐き出した血溜まりに倒れ込み、細かく震えていた体は次第にぴたりと動かなくなった。夏の暑さに血溜まりの匂いが鼻についた。
「当然のことだ。壊れた部品は廃棄しないとな」
ホーレン将軍は吐き捨てるようにそう呟いた。特になんてことのない、いつものことだと言わんばかりの面だった。
奴隷たちは目の前の仲間の死に怖気付き、先程までのように声を上げる者など一人いもいなかった。
(それにしても、こいつもバカなことをしたな)
冷めた目で死体を見つめる。ここにくる時からそういうものだと分かっていただろうに。むしろ一から説明してくれるなんて随分親切じゃないかとさえ思っていた。
けれど、あの男はいけすかなかない。
登壇の男に目をやり、激しく睨みつけた。
こいつとの間に仲間意識なんてものはなかったし、この状況はむしろ当然のことのように思っていたが、あの男を見ていると、妙に怒りが煮えたぎるように感じていた。
これが生理的に無理と言われる感情なのだろうか。
「何事ですか?」
突然女性の声が耳に入ってきた。ただ遊びに来ただけかのような、そんな軽い声色だ。
死体から目を離せない奴隷たちも、警備兵や、壇上のホーレンまでもが、この場にふさわしくない可憐な声のした方へと視線を向けずにはいられなかった。
立派なドレスを着た女の子がそこにはいた。
金色の長い髪をひらひらとなびかせて、黄色を基調としたドレスは漆黒の黒の帯模様がほどこされていた。
「アゲハ姫!?」
ホーレン将軍の声に反応し、周りの警備兵が一斉に膝をついた。近くにいた警備兵は「お前たちも頭を下げろ!」と奴隷たちに叱責する。
僕は立ったまま彼女を見つめていた。それに気づいた警備兵がたまらず僕の頭を掴み取り地面に押し付けた。「貴様ら絶対に顔をあげなよ」と小声で奴隷たちに声をかける。その声色には焦りと戸惑いが垣間見れた。
「姫!ここで何をされているのですか」
「それより!これはどう言う状況なんですか!」
彼女たちの会話がうっすらと聞こえてくる。どうやら怒っているようだ。とても可愛らしい声だと思った。
「あんまり乱暴なことはしないでください!」
彼女の怒った声と男の困った声が聞こえる。
一瞬だけ見れた彼女の姿と、この可憐な声が僕の心の何かを動かそうとしていた。
一目でいい。一目でいいから彼女が見たい。僕は押さえつけられた頭に懸命に力を入れ、彼女を視界に入れようとグググと顔をあげる。
そしてもう一度、彼女を視界に捉えた。
月明かりに照らされ、うっすらと青みがかっているその姿はとても幻想的であった。
ふと彼女がこちらを目にしたその瞬間、たまたま僕と目が合った。あの大きな瞳と僕の目が今確かに向き合っている。
時間がとてもゆっくりに感じた。彼女のことをいつまでもこの目に移していたかった。この瞬間が永遠に続いてほしかった。
「早く屋敷に帰りますよ」
男の問いかけに、彼女はすぐに返事をして声の方へ体を向けた。
その時彼女は、僕に軽く会釈をするような仕草をして、あの男の元へと駆けて行ってしまった。
彼女の姿が頭を離れなかった。彼女の顔が、服装が、その眼差しが、胸の中で蠢いていた。その姿が僕の鼓動を早くした。感じたことのない幸福感で満たされていく。
僕の人生はずっと灰色だった。それが普通で、それが僕の人生だと諦めていた。
そんなモノクロの世界に彼女はいた。世界に光が満ちた。彼女の光が僕の人生に色を付けてくれた。僕の灰色だった世界は今、彼女のおかげで確かな輝きを放っている。
僕は恋に落ちた。彼女に、この国の姫に恋をした。
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