エピローグ

「もしもし、ゆーちゃん? うん、こっちは順調だよ。え? また新作を? ちょっと聞いてみないとだなあ。そう、今度はイタリアで個展。新作もあるよ。来る? あははっ」

 私は自分のアトリエを出てリビングルームを横切ると、けいちゃんの書斎をノックした。

「どうぞ」

 入ると、本の紙の匂いがふわっと広がる。彼女は本に囲まれながら、ノートパソコンに文字を打ち込んでいる。

 私は河流業読として、けいちゃんは四季メグミとして、大忙しであった。

「どうしたの?」

 パソコンから目を外さずに言うけいちゃん。

「実は、ゆーちゃんからまた絵本の新作出さないかって電話が」

「やる」

 綺麗な即答である。本当に絵本が好きなんだなと感心し、私もスケジュールの調整に入る。

 私とけいちゃんのコンビ『しいなKこ』の絵本は既に7冊ほど世に出ていた。売れ始めて早々に、絵が河流であることがバレ、インタビューで文が四季であることがバレた。今では、そっちの名前のファンもしいなKこの絵本を買ってくださって、順調だった。

「けいちゃん、お茶にしない?」

「スイーツも」

「うん」

 スイーツがあると聞いてすぐに立ち上がるけいちゃんは現金な人である。


 私たちがリノベーションされた祖父の家に一緒に住み始めて6年が経とうとしている。お互いに喧嘩はしないけれど、小言は言い合う仲である。

 私の希望で付けた縁側に2人で座り、コーヒーを啜る。

 けいちゃんは桜餅と緑茶でおやつタイムを楽しんでいる。

 季節は穏やかな春。まだ夜は冷えるけれど、昼はぽかぽかの陽気に包まれている。

「あっ」

 けいちゃんが指さした先には、桜の木が一本。これは永井様からいただいた桜だ。これも私の希望で庭に埋めた。その木の中で一輪咲いている桜がある。

「綺麗だと思う?」

 永井様には失礼な質問ではあるけれど、けいちゃんに感想を聞きたかった。

「綺麗というか、生命の誕生の瞬間を見た感動を覚える」

「あの桜はこれからぐんぐん大きくなっていくんだね」

「うん。未熟なり 桜が見上げる 武甲山」

 けいちゃんが一句詠んで緑茶を啜る。

 私はきちんとピンク色をした桜を見てふふっと笑った。

 あの桜もじきに散ってしまうだろう。しかし、私たちの手で守っていくことはできる。

 けいちゃんが教えてくれたのだ。自分たちの手で続けることはできると。

 それは私たちの関係にも言える。

 私はこれからも絵と共に生きて、筆を折るとき死ぬのだろう。

 けいちゃんとの関係はいつ終わるか分からない。でも、これだけは言える。

 私はけいちゃんを愛している。


 勝手な

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勝手な恋 滝川誠 @MakotoT

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