冬の渚はあたたか
第24話
~夏葉~
12月に入り、俺の腕もすっかり良くなった。
そして、それとほぼ同時に、アジア大会がはじまった。
今回の開催地は台湾。
俺が去年まで働いていたところ。
現地には当然、俺のよく知ってるサーファーも多くいるわけで。
「夏葉! 好久不見!(久しぶり!)」
「美玲(メイリン)、好久不見呢(久しぶりだな)」
現地のサーファーの
自分の知らない言語で、自分の彼氏が現地の女と会話してるなんて面白いわけねえもんな…。
しかも、穂風には言ってねえけど、コイツと何回か関係持ったことも…。
絶対穂風に言えねえ…。
「(この子、夏葉の彼女?)」
「(まあ…。余計なこと言うなよ?)」
「(余計なことって? あたしと夏葉がセックスしたこと?)」
「(おい!)」
「(華語わかんないでしょ?)」
そういう問題じゃねえって…。
しかもこんな2人だけで長々と喋ってたら穂風が…。
ってちょっと待て!
「穂風…ちゃん? 何してるんですか?」
「翻訳アプリ」
穂風のスマホの画面に『私とナツハがセックスした』の文字…。
おい!
「夏葉」
「はい…」
「最低!」
何も言えねえよ…。
「信じらんない! このくそチャラ男!」
「んな言い方なくね!? 若気の…至り?」
「最悪!」
そう言って穂風が逃げた。
まっ…。
逃げ足早いし…。
「(なに? あたし達の会話分かったの?)」
「(俺あいつのこと追っかけるから! じゃあな)」
美玲を置いて穂風を追いかけた。
サーフボード置きっぱなしだし…。
それを持って穂風が行った方向を歩くと、砂浜の隅でいじいじしてる穂風が見えた。
「おい、逃げんなよ」
「知らないもん…」
「ごめんな? 分かんねえ話ばっかして」
「…」
俺に背を向けて砂浜になんか書いてる穂風。
『桐本バカ葉』…。
ひでえ言われようだな…。
「穂風」
そう言って穂風を振り向かせる。
ぶすっとしてる表情がなんだか可愛い。
そんな穂風のおでこにキスした。
「バーカ…。尻軽男…」
「それはもう言い訳しようもねえけど…」
「付き合ってたわけじゃないんでしょ!? 何回したの」
「1、2、3…5回くらい?」
「最悪最悪最悪! セフレってほどでもなくワンナイトでもなく中途半端に5回とかリアルな数字いや! ハゲろ!」
ハゲろって…。
まあそうだよな…。
俺ももし穂風にそんな相手がいたら死ぬほど嫌だし。
穂風の身体をそっと抱きしめた。
「もう穂風以外あり得ねえよ」
「当たり前じゃん…」
「分かってんじゃねえか」
俺がそう言うと、穂風が俺を黙ってぎゅっと抱きしめ返し、胸に顔をくっつけた。
「なんであたしの初めては全部夏葉なのに夏葉はそうじゃないの! ムカつく! 今までの女全部殺したい!」
可愛すぎ…。
ふっと笑って、穂風の唇に一瞬キスした。
「キスで誤魔化すな…」
「お前ほんと可愛い。今すぐここで襲ってい?」
「何言ってんの…」
「ははっ」
穂風の頭をぐしゃぐしゃに撫でてから、もう一度穂風のことを抱きしめた。
穂風の背中をトントンと優しく叩く。
「夏葉はあたしの…」
「ん。ごめんな?」
「もういいもん…。夏葉の人生であたしが一番愛されてるから…」
「よく分かってんね」
嫉妬深くて可愛すぎる俺の彼女。
嫉妬されるのがこんな嬉しいとか初めての感情だ。
しばらくその場で抱き合ってから、復活した穂風は練習をはじめた。
穂風の出場は明日。
穂風が頑張ってるから俺ももっと頑張る。
そして、好調に成績を伸ばしていく穂風。
今回は、悠星もかなり調子が良い。
そしてびっくりなのが…。
「すごいイイカンジだったー!」
「やっぱ花枝さんのコーチングのおかげだな」
悠星と愛姫が片手でハイタッチしてる…。
アメリカ国籍だからアジア大会には出場できない愛姫。
アジア大会を見たいからと俺たちと一緒に来たわけだけど。
あんなに悠星のこと嫌ってた愛姫が、普通に悠星と仲良くしててすげえ驚いてる…。
「今日のレース終わったら行きたいオミセある!」
「おー、了解」
夜飯の約束まで…。
花枝さん、サーフィン教える力だけじゃなく人を仲良くさせる力もあんのか…?
しかも愛姫もちょっと日本語うまくなってるし。
「夏葉―、かえろ」
「ん」
穂風に呼ばれた。
今回は同じホテルの同じ部屋に泊まってる俺たち。
穂風は俺のことを安眠グッズにしてるらしい。
ホテルに戻ろうとしたら、美玲に呼び止められた。
「(夏葉、久しぶりに飲まない?)」
おい…。
わざとやってんな…。
断ろうと思った瞬間、穂風がぐいっと前に出た。
「夏葉是我的(夏葉はあたしの)」
穂風…?
まさかわざわざ覚えたのか…?
「(夏葉、この子華語分かるの?)」
「(いや…)」
穂風はにっこり笑ってる。
それから美玲に「Don’t touch my boyfriend(あたしの彼氏に触らないで)」と言い放った。
「(いや…今別に触ってないし…)」
美玲がそう言って苦笑い。
でも穂風には届いてない。
穂風はそれだけ言って俺の腕を引っ張って行った。
「あたしガキだった?」
「まあガキはガキ」
「やっぱり?」
「でもそんだけ俺のこと好きなの分かるから問題ナシ」
俺がそう言ったら穂風が横から俺に抱きついた。
「大好き」
「はいはい」
「夏葉はー?」
「はいはい」
「ねえ!」
俺の腕を叩く穂風に笑い、穂風の頭を押さえておでこにキスした。
穂風は頬を膨らましながらも笑ってた。
そして、ついにアジア大会最終日。
穂風は当然として、悠星が決勝まで残った。
悠星の頑張りをそばで見てた俺としても嬉しい。
まずは男子の決勝から。
悠星が波に乗っていく。
軽く波に乗る悠星は、緊張も重力も何もないように自由に見える。
悠星の周りを軽やかな風が吹いているような感じがする。
悠星、まじで上達した。
フォームも綺麗だし、何よりも、見る人を魅了する乗り方。
夢中でシャッターを切った。
すげえ良い写真…撮れたかも。
悠星のヒートタイムは一瞬の間に終了した。
そして結果は…。
《Bronze, Japan, Yusei Himoto(銅メダル、日本、樋本悠星)》
3位を取った悠星。
悠星にとって、デカい大会では初めてのメダル。
俺もすげえ嬉しい。
「夏葉くん!!」
「悠星、よく頑張ったな」
感情をそんなに表に出さない悠星が、興奮した様子で俺のところに来た。
愛姫もそばにやってくる。
「ユウセイ~! すごい! オメデト!」
そう言って悠星にハグすると、悠星も愛姫にハグし返した。
アメリカンスタイル…。
ってかやっぱすげえ仲良くなってんな。
悠星に飯を奢る約束をして、俺は次の女子の決勝に備えた。
最近伸びている日本の杉下真恋選手がウォームアップしているのが見える。
穂風も緊張した表情で海の様子を見てる。
穂風、頑張れ…。
毎回賞レースの直前は穂風の緊張度合いがマックスになるから、いつか壊れるのではないかと心配になる。
それでも毎回良い結果出してるんだけど。
あまり気負わずにやってほしいのが本音。
そんなことを考えてたら始まった穂風のヒート。
良い感じだ。
今回も優勝狙えると思う。
でも、驚いたのは杉下選手。
今まで特に印象がなかった選手なのに、今回かなり調子良い。
フォームもかなり綺麗。
今後ますます伸びそうだ。
だけど何だか嫌な予感がしたのは…多分、フォトグラファーとしてではなく、穂風の彼氏としての勘。
今の日本の女子ロングボードでは、穂風が他の追随を許さないくらい群を抜いて上手い。
それが、穂風の記録に迫る選手が出てきたら…。
穂風…。
そして試合が終わった。
「夏葉~!」
「おつかれ」
穂風が俺の隣にやってくる。
「すげえ良かったぞ」
「だよね。あたしも良い感じだと思った」
穂風の頭を軽く撫でる。
そして結果が出た。
5位は、台湾の選手。4位は、インドネシア。
3位は…。
《Bronze, Japan, Makoi Sugishita(銅メダル、日本、杉下真恋)》
杉下真恋が3位。
穂風が「えっ…」という顔をした。
やっぱり…。
穂風が動揺しているのが分かる。
穂風の手を取った。
他の選手のことなんて関係ねえのに…。
《Gold, Japan, Mikaze Iwasaki(金メダル、日本、岩崎穂風》
優勝は、もちろん穂風だった。
「夏葉!」
「頑張ったな。俺は優勝すると思ったけど」
「へへ! ご期待に添えました~!」
明るく喜んでる穂風だけど。
いつもより少し不安そうな表情をしているのを、俺は見逃さなかった。
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