第39話

和未は首を振った。

「ご迷惑をおかけしてばかりで、申し訳ございません」


「謝るよりお礼を言えといっただろう?」

「……ありがとうございます」

 和未の言葉に、晴仁はやわらかく笑んだ。


「俺も礼を言わなくてはな。俺を守ろうとしてあの家に行ったんだろう?」

 通話から聞こえた音声で、晴仁はそう判断していた。


「思いのほか君は勇敢だな。うれしかった。ありがとう」

 頭を撫でられて、和未は目を細めた。


 病院では証拠のために傷の撮影をされ、治療を受けた。全身を殴られて腫れていたが、幸い骨折はなかった。


 警察が病院にも来て、和未は起きたことをそのまま話した。

 被害届を出すかどうか聞かれ、迷った。


「家族間のことで被害届を出すと、後悔される人もいます。よく考えてください」


 警察の言葉に、和未はひるんだ。警察としては確認のために言っているのだが、和未は暗に出すなと言われていると感じた。警察が彼らの味方をしているようで怖くなった。


「君は長いこと被害を受けて来た。届けを出す権利は充分にある」

 晴仁はそう言った。が、被害届を出したら殴られるのでは、と反射的に思って和未は震えた。


「俺は出した方がいいと思っている」

 和未が顔を上げると、晴仁は真剣な顔で和未を見ていた。


「前科をつけたほうが接近禁止をとりやすくなる。身内に前科者がいるのは今後の人生に不利かもしれないが、それであっても、だ」

「前科……」


「後悔したら、そのときは俺のせいにしろ」

 和未は首を振った。


「後悔なんてしません」

 和未は決意を持って宣言し、被害届を出した。


 和未にはもう、晴仁がすべてだった。自分を虐待する人たちより彼のほうが大切だ。彼を貶めようとした人たちを許す気にはなれない。


「あとは任せろ」

 晴仁の力強い言葉に、和未はうなずいた。

 別れが迫っている、と胸に痛みを抱えながら。


 病院からは彼と帰った。

 一緒にいられることに胸があたたかくて、うれしくてうれしくて、帰り道がずっと続けばいいのにと思った。

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