2. ぽっこり王子とホコリ王国その二

 その辺を治める誇り高いホコリ王国その一から元気に飛び出してしまったぽっこり王子は、ふわりと床に着地ちゃくちすると、ひとまずあたりをきょろきょろと見回しているようです。

 ふとふり返ると、はるか遠くの方に自分のいた王国が、うっすらとよせ集まって少し大きな小さなかたまりになっています。


 どうやら、王国はとつぜんの領土縮小りょうどしゅくしょう大慌おおあわてしているようですね。全員そろっているか、点呼にかかりきりになっているようです。

 今のところ、誰もぽっこり王子が外の世界に飛び出してしまったことには気づいていない様子です。


「これは、もしかしてチャンスなのでは?」

 イタズラざかりのぽっこり王子は、悪びれる様子もなく、にんまりとふわふわした口元をゆがめて悪い笑みをうかべています。


「かわいい子には旅をさせろってね。これはぜっこうの良いで、これは、ぼくがすべきことだ。そう、ぼくはこれから、家出をするぞ!」


 おや、まあ。

 なんてたくましい根性こんじょうでしょう。

 そうと決意をしたとなれば、ぽっこり王子は疾風しっぷうのごとく家出準備じゅんびにとりかかります。


「よーし、まずは、変装へんそうだ!」

 意気揚々いきようようと、ぽっこり王子はふわふわの頭に乗せていた小さな小さな王冠をぽいっと放り出してしまいます。

 仰々ぎょうぎょうしいマントもぽいぽいっと脱ぎ捨てて、ただのホコリになりました。これで誰も、ぽっこり王子が高貴な王子様だなんて思いもしないことでしょう。


「いざ、広い世界へ!」

 ぽっこり王子は張り切って一歩を踏み出します。

 もちろん、気分は上々です。


 広い床の上を、まるですべるように風に乗ってすすすと進んでいきます。

 そのまま、たんすの隙間すきまに入っていくと、そこには誇り高いホコリ王国その二へ続く、小さな村がありました。


「こんにちはっ!」

「あら、こんにちは。旅のお方?」

「はい! これからいろいろ見て回るつもりなんだ!」

「あら、元気が良いこと。それなら、この道をまっすぐ進むと良いですよ。道中、お気をつけて」

「ありがとう!」


 おやおや、本当に誰もぽっこり王子が高貴な王子様だと気が付きません。

 すっかりと上機嫌じょうきげんになったぽっこり王子は、そのまま行くホコリ、来るホコリに元気よく挨拶あいさつをしながら、気の向くままに突き進みます。


 どんどん、どんどん。どんどん、進みます。


「やや、これはまた、大きな王国だなあ!」


 隙間を進み、さらにその奥へと進んでいくと、かべとたんすの背板せいたの間にはこんもりとした大きくて、とても分厚ぶあついホコリの壁が立ちはふさがっていました。

 門番たちも、もこもことした分厚い灰色の装備そうびに包まれて、いかめしい表情で立っています。


「こんにちはっ!」

「……」


 あらあら、門番たちは分厚い装備のせいで耳が塞がっているのかもしれません。

 しばらく黙って門番たちを見上げていたぽっこり王子は、もう一度元気に、もっと大きな声で挨拶をしてみます。


「こーんにーちはーっ!」

「聞こえておる。何やつだ」


「なんだ、聞こえてたんだ。ぼくは、ぽっこりくんです。旅の途中です。通してくれませんか?」

「……」


 門番たちは、またしても黙りこくってしまいます。

 仕方ないので、ぽっこり王子はもう一度、大きな大きな声で挨拶から始めなければならないようです。


「こ——んに——ち」

「聞こえておる。旅の目的は」


「王国の見学です!」

 元気に答えたぽっこり王子の両目は、いっぺんのくもりもなくんでいます。

 門番たちは互いに目配めくばせをし合って、なにやらヒソヒソとささやきあっています。

 じっと黙って待っていたぽっこり王子は、ようやく王国の門をくぐることができました。


「わあ、本当に大きいなあ! 何階だてなんだろう!」

 壁とたんすの背板の間に広がる誇り高いホコリ王国その二は、ぽっこり王子の目の前にうずたかくそびえ立ち、天井に届くかと言わんばかりです。

 静かに降り積もる小さなホコリを手際てぎわよく積み上げて形を整えていくホコリたちは、とても働き者でした。このホコリ王国は、とても活気に満ちています。


「この国は、まだまだだな!」

 うんうんとうなずきながら、ぽっこり王子は整えられたホコリの道を進みます。

 道はやがてもっと整備されて、もっと大きな道になり、その先は重厚じゅうこうなお城に続いているようでした。細長く、高く、歴史を感じる重々しくて大きなお城です。


 外堀だけを眺めて立ち去ろうとしていたぽっこり王子の目の前で、重厚なホコリの扉がずずずとホコリを巻き上げながら、ゆっくりと開かれていきます。


「お若い旅のお方、よう来なさった」


 これは、これは。

 お城から歓迎かんげいされたもようです。ほんの少しだけ戸惑とまどいながら、ぽっこり王子は壁とたんすの背板の間に広がる誇り高いホコリ王国その二のお城の招待しょうたいに、応じることなりました。

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