ぽっこり王子とホコリ王国

古博かん

1. はじまり、はじまり

 ごきげんよう、みなさん。

 みなさんは、ホコリ王国というものをご存知ぞんじでしょうか?


 とうとつに、なんの話かですって?

 ええ、ですから、ホコリ王国のお話ですよ。

 みなさんの身近にも、そこらじゅうに広がっているんですよ、ほらほら、よくよく目をらしてごらんなさいな。


 そんなもの見えないですって?

 おかしいですね、じゃあ、ベッドの下をのぞきこんでごらんなさいな、あるでしょう?

 うーっすらとした白いふわふわした手触てざわりのホコリが、手のひらにたーくさん付くでしょう?


 え、付かないですって?

 あらまあ、じゃあ、本棚ほんだなの方はいかがですか?

 しまいっぱなしで、この一年、ろくに手付かずのまま一ミリも動かしていない本と本を引き出してみてごらんなさいな、あるでしょう?

 すこーしざらっとした手触りのホコリが、指先を茶色にめたでしょう?


 え、指先はきれいなままですって?

 それなら、頭よりも高い位置いちにある上棚うわだなは?

 ソファーの下は?

 ゴム手袋てぶくろをはめて絨毯じゅうたんでてみましたか?

 網戸あみどにも小さなぽわぽわしたホコリがくっついていません?


 いないですって? そんなまさか。

 年末にしっかりお掃除そうじしたから、どこもかしこもきれいですって?

 そう、あなた、ひどいことをしますね。


 まあ、良いでしょう。

 そろそろ、新しいホコリも生まれてくる頃合ころあいですからね。

 どこでもいいですよ、今日まだ一度もお掃除をしていない場所を探してみてごらんなさいな。クッションやお布団、ぬいぐるみをかるーく叩いてみても良いでしょう。


 ほらね、ほらね、宙を軽やかにったでしょう?


 そのホコリはね、あなたの与えた衝撃しょうげきで、王国から吹っ飛ばされた哀れな住人たちなんですよ。


 え、なんの住人かですって?

 ですから、その静かに落ちていくホコリたちは、ホコリ王国の住人なのです。

 ええ、ホコリ王国です。

 わたしたちの身の回りには、小さな小さなホコリたちの王国が、いくつもいくつも存在しているのですよ。


 あら、ご存知ありませんでした?

 まあ、それもいたしかたないでしょう。

 だって、すべてのホコリ王国は、とてもとてもほこり高い、偉大いだいな偉大なホコリの神さまに守られているんですからね。


 とてもとても誇り高い、偉大な偉大なホコリの神さまに守られているすべてのホコリ王国は、たいていの場合、とても穏やかで平和なのです。

 そう、誰かが王国を引っかき回しさえしなければ——あら、ひどい。あなた、今、わたしの話を聞いたそばから、その辺をさーっと払いましたね?


 まあ、大変!

 あなたが払い飛ばしてしまった、そのお方をどなたと心得こころえていらっしゃるの?

 その辺を治める誇り高いホコリ王国その一の大事な大事な王子様ですよ!


 ええ、ですから、王子様です。

 ホコリといえども王国ですから、とうぜん王様もおきさき様も王子様もお姫様もいらっしゃいますよ。

 ああ、よりにもよって、やんちゃでこましゃくれた、王国きってのイタズラ付き、ぽっこり王子をはじき出してしまうだなんて……!

 いつも、なにか楽しいことを探して回っては、お付きのホコリたちを困らせている、イタズラざかりのぽっこり王子を王国の外に出してしまっただなんて!

 ばあやもじいやも大目玉ですよ。ああ、なんてこと。


「やっほーい! 外の世界だ——!」


 空耳ですって?

 まさか、違いますよ。

 ちゃっかり王国の外に飛び出して、大喜びしているぽっこり王子の大きな大きなひとり言ですよ。

 こうなっては仕方ありませんから、しばらくの間、ぽっこり王子の動向どうこうをじっくりと観察かんさつしてみることにいたしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る