2.勇者としての召喚要請

 とりあえず、状況を把握するために森の中を歩き始めた。


 柔らかな土の感触と、木々の間を抜ける風の心地よさが異世界らしい雰囲気を醸し出している。


 ふと、頭の上に生えているふわふわのうさ耳がピクピクと動き、遠くの方から微かな話し声が聞こえてきた。


「……この耳、ただの飾りじゃないのか?」


 俺は立ち止まり、耳を澄ませた。

 どうやら、優れた聴力を備えているらしい。


 音の方向を頼りに森の奥へ進むと、木々の陰から何やら騒がしい光景が見えてきた。


 そこには、屈強な男たちが村人を脅している姿があった。

 男たちは粗末な革鎧を身にまとい、いかにも盗賊といった雰囲気だ。


 村人たちは怯えながらも、盗賊に必死に懇願している。


「おい、いい加減にしろ! あの女を差し出せば見逃してやるって言ってるだろうが!」


「嫌です! どうか、どうか村を見逃してください!」


 盗賊たちはさらに詰め寄り、村人たちは後ずさる。典型的なお約束の展開だ。


 だが、これはいい機会だ。せっかく得たこの体と力、まずは試してみるべきだろう。


 俺は足元に転がっていた適当な岩を拾い上げる。

 片手で軽々と持ち上げた岩の重さを確かめながら、軽く握りしめる。


「……どれ、試してみるか」


 ブンッ!


 俺が振りかぶって投げた岩は、驚くほどのスピードで空を切り裂き、盗賊たちの背後に停められていた馬車へ一直線に飛んでいった。


 ドガァァァンッ!!!


 轟音とともに馬車は木っ端微塵に吹き飛び、その場にいた全員が目を見開いた。


「な、なんだぁ!? 何が起きた!?」


 混乱する盗賊たちを見て、俺は木陰から一歩前に踏み出した。


 ふわふわのうさ耳をピコピコと動かしながら、可愛らしい見た目とは裏腹に堂々と構える。


「そこまでだ、クズども」


 盗賊たちは俺の姿を見るなり、一瞬驚愕の表情を浮かべ、次に――


「な、なんだこの可愛いのは!?」


「もふもふだと……!? お前ら、捕まえろ! あんな可愛いのがいるなんて、ただじゃ帰れねぇ!」


 予想通りの反応に、俺は軽く舌打ちする。


「ちっ、やっぱりこうなるかよ……」


 盗賊たちが一斉に飛びかかってくる。


 しかし、俺は冷静だった。


 近くに転がっていた巨大な戦槌――いや、ハンマーが目に入る。

 自然とその柄を掴むと、手の中でしっくりと馴染む感触に驚いた。


「……これ、まさか……?」


 手に握った瞬間、確信した。


 ――これは俺が生前愛用していたバーベルだ。


 だが、異世界仕様に姿を変え、少女アニメに出てきそうな愛らしいデザインになっている。

 それでも、その重厚感と力強さは健在だった。


「ふんっ!」


 俺は試すようにハンマーを軽く振り下ろしてみる。


 ドォォォンッ!!!


 地面が轟音を上げて割れ、そこには巨大なクレーターが出現。


 衝撃波で盗賊たちは吹き飛ばされ、木々の枝に引っかかる者や地面に転がる者まで、あっという間に散らばった。


「な、なんだあいつ……!?」


「う、嘘だろ……あの小柄な子が……」


 盗賊たちは怯えた表情で震えている。


 一方、村人たちはその光景に呆然と立ち尽くしていた。


 俺はハンマーを肩に担ぎ、得意げに言い放つ。


「可愛い? ふざけるな! 力こそが正義だ!」


 その言葉に、村人たちは目を見開き、盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 異世界での俺の冒険は、ここから本格的に始まったのだ。




 村の中心で、子供たちが俺のうさ耳を引っ張って遊ぼうとするなか、大人たちは感謝の品として果物や手作りのパンを差し出してくれる。


 盗賊団を片付け、村人たちから歓迎されているのだ。


 子供たちが喜んでくれるなら、うさ耳少女になったのも悪くない。


 ――よーし、お兄さんの腕にぶら下がってみろ!


 両手を広げてあんまりサマにならないダブルバイセップスをしていると、森の奥から重厚な足音が響いてくる。


 金属が擦れ合う音とともに、第一騎士団が堂々と現れた。

 彼らは整然とした列を作り、俺の前で立ち止まる。


「あなたが、この村を救った方? 私は第一騎士団長、セシリア・アーデント、よろしく」


 先頭に立つのは、堂々たる雰囲気をまとった姫騎士。

 ピンク髪にブルーのインナーカラーが入り、白銀の鎧が輝いている。


 あどけなさもまだ残る顔立ちだが、その凛々しい姿は、見る者を圧倒する威厳に満ちていた。


「ふーん、なかなかやるのね――」


 声にも自信があふれている――が、俺が軽く耳をピクンと動かした瞬間、彼女の威厳ある態度が一気に崩れた。


「……っ!!!」


 セシリアは目を見開き、口元を押さえたかと思うと、突然その場で小さくピョンッと跳ねた。


「な、なんなのこれ!?」


「……え?」


 突然の挙動に俺が固まる中、セシリアはうさ耳に釘付けのまま、小さな声で独り言のように続ける。


「う、動いてる……ふわふわで……可愛い……っ!」


 鋭い目つきだった彼女の表情は一転、頬がほんのり赤く染まり、目を輝かせていた。


 部下たちはその様子を見て、あからさまにため息をつく。


「団長、しっかりしてください……」


「ち、違うわよ! 別に耳に夢中になんてなってない! ……ちょっと気になっただけ!」


 恥ずかしそうに咳払いをして、胸元に手を当てるセシリア。

 しかし、俺の耳をちらちら見続けているのは隠しようがない。


「少し、少しだけ……その……触ってもいい?」


 乙女のような小声でそう尋ねる彼女に、俺は思わず眉をひそめる。


 ――いや、そんなに必死な顔されても困るんだが……。


「いや、さすがにそれは……」


「だめ……? ……あっ、いや、いまの無し! ごめんなさい!」


 慌てて騎士らしい表情を取り戻そうとするセシリアだが、耳への興味が隠しきれていない。


「……それより、村を救ったあなたにお願いがあるの!」


 話題を無理やり切り替えるが、耳への視線はそのままだ。


 どうやらこの姫騎士、何かと隙の多い性格のようだ――いや、それにしてもウサ耳への執着が異常すぎるだろ……。


 セシリアが言った途端、騎士団の態度が一変した。彼らは整然とした動きで膝をつき、一斉に頭を下げる。


「どうか、国王陛下のもとへお越しなさって? 我々の国は、あなたのような力を持つ“勇者”を必要としているの!」


 堂々とした声で語る。


 彼女の真剣な表情に、俺は思わずウサ耳をピクリと動かした。


「……勇者?」


 突然そんな大役を任命されるとは思いもよらず、俺は少し困惑する。


 今の俺がしたことといえば、盗賊たちをぶっ飛ばしただけだ。

 それがいきなり“勇者”とは、どうにも話が飛躍している気がする。


「国が危機に瀕しているの!」


 セシリアは真っ直ぐな瞳で続ける。


「魔物たちが活性化し、国中で被害が相次いでいて……国を救うためには、あなたのような強大な力を持つ方の助力が必要不可欠ってこと。お願い!」


 周囲の騎士たちも深刻な表情で頷いている。


 彼らの熱意と切実さが伝わり、俺はふと手元のハンマーを見下ろした。

 この異世界に転生してからというもの、力を持て余してばかりだった。


 けれど、盗賊を吹き飛ばしたときの爽快感は忘れられない。


(試すにはちょうどいい機会かもしれないな……)


 そんな考えが頭をよぎる。


 少なくとも、このまま森でウサ耳少女として日々を過ごすよりは遥かに面白そうだ。


「いいだろう。面白いじゃねぇか……やってやるよ!」


 俺がそう告げると、場の空気が一瞬静まり返った。そして次の瞬間――


「おおおおおおおっ!!!」


 村人たちが歓声を上げる。


 彼らの喜びようは予想以上だった。

 どこからともなくシャンパンの栓が抜かれる音が響き、泡が勢いよく飛び散る。


 俺のふわふわのウサ耳にも液体がかかり、思わず眉をひそめる。


「おいおい、いきなり盛り上がりすぎだろ!? 騎士団って、こんなノリ軽いのかよ!」


 俺がツッコミを入れるが、既に村人と騎士たちは肩を組み合い、陽気に踊り始めている。


 あの鋭い目つきだったセシリアすら、村人たちから手渡されたワインを片手に、顔を赤らめている。


「こ、これは正式な儀式! 決して軽率な行動じゃないから!」


 そう言い張る彼女だが、ワインを片手にしている時点で説得力はゼロだ。


 周囲からの笑い声に耳まで赤くなりながら、彼女は視線をそらして咳払いをしている。


 俺はそんな光景に苦笑しつつも、胸の奥にじんわりとした温かさを覚えていた。


(……悪くないな、こういうのも)


 ふと夜空を見上げる。満天の星空が俺を見守るように輝いている。

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