第5話 サバイバル飯 エビワラジムシ

 ウインは、移動の前に、バノから脚の治療魔法を教わっています。

 これからは自分で動きにくい脚に魔法をかけられます。心の負担が軽くなり、今朝の彼女は元気いっぱいです。

 その学習速度は、やはりというべきか、すんなり一度で覚えてしまいました。仲間の誰一人としておどろきはしません。

 パルミがトキトをちらっと見てからかうように言います。

「トキトっちでさえ魔法が使えたんだもんね。アスっちやウインちゃんなら楽勝。」

 言われたトキトは、まっすぐな答えで返します。

「まったくそうだぜ。俺程度ができたことだから、全員できるんじゃねえかな。」

 誰もなにも言わず、ほんのちょっとの沈黙がありました。パルミは仲間たちをきょろきょろ見回し、あせったような声を出します。

「そんな卑下ひげすることないし? トキトっち、必死であんとき頑張ったじゃん。えらいよ」

 あわてるパルミでした。そこでようやくカヒが笑ってコメントします。

「もう、トキトをほめたいのか、けなしたいのか、どっちなの、パルミは」

 仲間たちに笑いが広がります。

 トキトがさらに言葉を重ねて、

「次はパルミとカヒが魔法を教えてもらうといいと思うぜ」

 と言うのでした。おそらくトキトは全員が安全に過ごせることを考えています。異世界に渡ってきたときからくずれない班長はんちょうらしい姿勢です。夜が明けて、危険のほとんどが去っても変わることはありません。

 バノが答えます。

「トキトの言う通りだ。が、パルミとカヒに限定する必要はない。スクラップヤードでドンが食事をするだろう? そのタイミングで、全員で、魔法をやってみようじゃないか」

 ウインが「たしかに、時間もあるし、よさそうだね」と同意します。

「予告どおり、乗り物になる動物を呼ぶ魔法を教えるよ」

 ドンが反応しました。

「あ、ついに乗り物になってくれる生き物を呼ぶんだね。ボクも楽しみだよ」

 トキトが見通しを立てます。

「そんじゃ、スクラップヤードに移動。そしたら、ドンは金属を食べる。そのあとで魔法! 魔法の勉強だ、やっほう!」

 よろこびの声をあげるトキトに、ここはウインがつっこみを入れます。

「トキト、君が勉強でやっほうと叫んでよろこぶなんてね! 私もうれしいよ」

「魔法はすげえよ。ジツヨウテキだからさ、やってみたくなるんだよな」

 アスミチがうんうん、とうなずいています。

「ウインの脚の治療、トキトの身体を変化させてヘクトアダーにくしゃみをさせる、ミッケンを蘇生させる、草や木や虫に言うことをきかせる……それに冷凍魔法や明かり魔法、ゴーレムを作る魔法。たった二日のあいだにたくさんの魔法を見せてもらったよね」

 カヒは、生き物が好きなので、ハヤガケドリを早く呼んでみたいようです。

「乗り物になる生き物を呼ぶのは、まだ見てない魔法だよ。ハヤガケドリ、見たいよ」

 ハートタマは人間の乗り物に心当たりがあるようで、

「今カヒが言ったハヤガケドリだけじゃなくて、野牛、ライドビートルあたりが、人間がよく使っている乗り物じゃねえか?」

 それを聞いて、アスミチが気づきます。ハートタマはたまに、よく覚えていることがあるのです。

「ハートタマの記憶だけど、センパイのことは覚えてないんだよね? 今のは、動物のことだから記憶に残っているのかな」

 と言うと、

「たぶんな」

 とハートタマも言うのでした。食べられる植物のことも覚えていましたし、自然に近いもののことはハートタマの記憶にも残りやすいものかもしれません。

 


 イワチョビをドンが操作します。

「ふだんはボクの体の中にいるほうがいいよね」

 イワチョビはものを運ぶのが得意です。大いに役に立つのですが、移動のときにはドンが収納庫になるのがいいでしょう。

 イワチョビはドンの外装板の開口部に歩いてゆき、そこに入りこみました。

「わっ、食べちゃったの?」

 とカヒが心配そうに言いましたが、

「食べた……って言っても、ボクの収納空間に入っただけだよ」

 そう言うと、ふたたびイワチョビがぴょこりと顔をのぞかせました。そのまま再び引っこんでしまいます。

 イワチョビは主にドンが操作することになりそうです。必要に応じてほかの仲間が使役しえきする。そんな基本が成立しています。

 ドンは今度は左腕を動かします。動きました。異音もありません。カムフラージュに使っていた木の枝などを取り払っていきます。

 どうやら、昨日の動きを失っていません。

 トキトが金属棒をかかげてバンザイに似たポーズを取ります。

「おお、やったぜ、ドンろべえ、スムーズに動けてるな」

 アスミチとカヒも、

「やったぜ」

「やったね」

 と同調しました。

 ドンは音声で、

「森を歩くときは二足歩行のほうがいいと思うの。倒れないようにゆっくり歩くほうが、いいよね?」

 と言ってきました。

 平たい形のときには四足歩行の姿になります。この姿のときは転ぶ心配が少ないのですが、面積を取ります。森の移動には適さないでしょう。

 ウインがドンの問いかけに答えます。

「そうだね。ゆっくり、歩いてくれるかな。大きな岩や大木があったら、つかまりながら、ね」

 ドンは修復した部分をかばいながら動きます。あてがってもらった材木がちぎれないように慎重に動いています。パルミが大げさに「おおおーっ」と声に出してから、

「ちゃんと歩けてるじゃん、ドンちー! バノっちが聞いた話だと、ドンちーは十七メートルもあるんっしょ? 迫力満点だねぃ」

「身長は十七・七六メートル。ただし、内部も外装板も、かなり自在に動かせるので、決まった高さとは限らないようだよ。空を飛べるメルヴァトールと違って地表を歩いて移動するのが基本、体内に操縦席もない」

 カヒがやさしく声をかけました。

「ドンキー・タンディリー、もどかしいかもしれないけど、その調子だからね。今の感じでゆっくりだよ」

 そのはげましは、ドンにもうれしいようでした。

 ――昨日みたいに体中の部品がバラバラになっていくの、見たくないよ。

 カヒが心の中で思った声は、ハートタマによってみんなに伝えられました。

 トキトが、同じ気持ちをドンに伝えます。

「そうだぜ。頑張がんばりすぎないようにな、ドン」

「うん。トキトお兄ちゃん。頑張りすぎないように、ボク、頑張る!」

 その矛盾むじゅんした言い方も、人間の弟っぽいなと思う仲間たちでした。アスミチが

「心で頑張って、体に頑張らせすぎない、っていう意味だね、ドン」

 と言いました。これは言わずもがなというもので、全員「わかってるよ、アスミチ」と感じたのでした。

 トキトが先導して進むことになりました。

 バノが提案します。

「おそらく昨日、アダーが私たちを先回りしたルートがある。直線に近い道ができているのではないか」

 バノの言う通りなら、ドンが進むのもスムーズになりそうです。

 果たして、巨大なモンスターが通ったあとは、道のようになっていました。

 ウインは今さらながら、身がふるえる思いです。

「トキト、昨日あんなのに追いかけられたんだよね……」

 大木さえやすやすと倒されています。

 ヘクトアダーが進んだルートを利用することになりました。なにものにも邪魔されずトキト、ドンキー・タンディリー、ほかの仲間とつづいて歩くことができました。

「ドンといっしょに歩いてる。えへへ、夢みたいだね!」

 と笑顔で言うカヒ。仲間もみんな同じ気持ちでした。


 スクラップヤードに到着しました。

 甲冑かっちゅうゴーレムだった残骸ざんがいは、黒い尾を地面に長く描き、くだけたままです。割れた卵の殻のように、いくつもの装甲が散らばっています。

 誰かに見つかっていたら、と用心しましたが、あたりに人間はいません。

 ハートタマも「人間はいねえようだぜ」と言ってくれました。

「よかった。ただし、人間以外にも用心しないと」

 とトキトが警告けいこくします。

 考えているのは危険な生き物がひそんでいる可能性でした。

「荒野に日陰になる物体、ゴーレムの装甲板がある。なにかの生き物が隠れにしているかもしれないぜ」

 そんなことをトキトが説明しました。

 偵察ていさつすることになりました。

 トキト、バノ、アスミチの三人が慎重に近づきます。

 トキトのうれいが的中しました。

 飛び出してきたのはムカデに似た生き物でした。しかしサイズが地球のものよりだいぶ大きいモンスターです。ウインが声でトキトに教えます。

「トキトの足もと! おおきいムカデ!}

 見えたのは一瞬で、一部だけでした。そこから推測すると、人間とほとんど同じくらいの体長があるようでした。大アゴを広げてトキトを食い殺そうと頭をねらってきます。

 トキトが金属棒で殴ります。身を横にすうっと引き、それと同時に両腕でななめに金属棒を振り下ろしました。あまりに自然なので、モンスターがトキトのいなくなった空間に吸いこまれたようでした。

 アスミチは感心しました。

 ――まるで歩かずにすべるみたいに見えた! ぼくにもあんなふうに戦えるんだろうか。

 ドーンといい音がして、頭部にヒットします。一撃で、生き物は倒されました。

 大ムカデは長い体を一度ぐるっと丸めましたが、やがてひっくり返った姿勢でだらりと体開いて、動きを止めました。たくさんの脚が、生命が抜けるにつれて開いてゆき、全体としてケバ立ったヒモのようになりました。

 トキトは大ムカデをあっという間にやっつけてしまったのです。

 ほかにモンスターはおらず、スクラップヤードの安全が確保されました。

 バノは地面にのびている虫を観察し、すぐにその正体を見極みきわめました。

「エビワラジムシだ。食用になる」

 そう説明した瞬間、カヒとパルミが「ひっ」と小さく息をのみました。二人は思わず向き合い、両手をぎゅっとにぎり合いながら身をすくませます。「食用」という言葉が引き金となったのでした。

 サバイバルの場では、食べられるものは何でも口にしなければ生き残れません。そのことは二人とも理解しているつもりでした。しかし、わかっていても心が追いつかないこともあるのです。

 カヒが、ふるえる声でつぶやきました。

「食用……なんだね」

 パルミも不安そうにカヒを見つめながら、

「エビはわかる。でも後半にワラジムシって、ムシってついてるよぉ」

 と、消え入りそうな声で訴えます。二人はお互いにだけ聞こえる小声で言い合い、わずかに震えていました。

 そんな様子に気づいているのかいないのか、バノは平然とした口調で続けます。

「ねえ、みんな。ドンの食事にあわせて、私たちも昼食にするのがいいのじゃないか」

 ドンの食事とは、スクラップを開口部に取りこむことを指します。まるで機械に燃料を補給するかのような光景ですが、彼らにとってはすでに日常の一部となっていました。

 バノはさらに、思いついたように提案します。

「あと、食べ残したエビワラジムシのからは、魔法道具になる。そうさせてもらっていいかな?」

 食べることが前提で話が進んでいるのを聞いて、カヒとパルミはますます固まってしまいます。

 一方で、トキトはまったく抵抗がない様子で、のん気な声を上げました。

「エビって名前からすると、すごくうまいんじゃねえの?」

 ウインも、特に違和感を感じていないようです。

「地球でも昆虫食っていうの、あるしね。長野県では伝統食になっている地域もあるって聞くよ」

 アスミチも知識を総動員して、説明を加えました。

「ヘビトンボの幼虫のマゴタロウムシを食べるらしいね。こっちは虫とエビの中間の見た目だね」

 それぞれが知識を披露ひろうしながら話している様子を見ると、抵抗を感じているのはカヒとパルミだけのようでした。

 トキトがさらに言葉を重ねます。

「ボイルしてエビの寿司みたいに食べるのもありかもな」

 その一言に、カヒとパルミは心の中で叫びました。

 ――だめだめだめ! そのお寿司は食べたくないよ。

 ――せめて見た目を変えてほしい! 誰か料理の得意な人、お願い! あっ、料理できるつったらカヒっちじゃん、それじゃダメじゃん!! 詰んだ!

 ムカデのような虫を食べるのには、やはり二人にとって大きな抵抗があったのです。

 いよいよ、エビワラジムシを食べる時がやってきました。

 かまどはありませんが、ドンがたいていの調理器具の代わりができます。水もドンがたくさん運んでいます。

 かした熱湯にエビワラジムシを通すと、殻はぱっと赤く染まりました。元の黒っぽい虫の印象が変わり、カニやエビのような見た目へと変化します。

「おお、エビっぽい!」

 トキトが目を輝かせます。

 ウインとトキトが手際よくほぐし、皿に盛りつけていくと、ほぐし身の状態は完全にカニの身に見えました。

「これなら……いけるかも?」

 カヒが、おそるおそるつぶやきます。

 見た目の問題は、なんとかクリアしたようです。

 アスミチがアイディアを思いついたかのように、「そうだ」と声を挙げました。

煮汁にじるも、使えるのかな。エビワラジムシのエキスが染み出した体の温まる汁。温まる汁……」

「いやだーーーーーーっ!!」

 パルミとカヒがそろって声を挙げました。

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