第3話 超兵器ゾンブリッドの影

 センパイの残したコンパクトミラーは、男性用とも女性用とも取れます。シンプルで実用性だけを持つ品物のようですが、素材が高級そうなのは子どもたちにもわかりました。

 ――センパイはやっぱり男の人っぽいかな?

 とウインは心の中で思いました。ミラーそのものというよりは、岩のすき間に隠して置くやり方が、そう思えたのでした。ウインは口に出さなかったものの、仲間にもその心の声がとどきました。

 みんな同じ気持ちだったのでしょう。あたたかな気持ちだけがウインに返ってきました。

 パルミが鏡に映る自分の顔を見ています。アスミチが気がついて、

「パルミ、パルミの顔はさ、いつでも見られるから」

 と言うと、パルミはぱっと顔を赤らめます。

「ち、違うし? 鏡がちゃんと映るか一瞬見ただけだし?」

 明らかにあわてていました。

 くすくす笑いながら、ウインは

「本体やフタの裏に、持ち主の名前が書いてないかな、パルミ」

 とうながします。

「それそれ、次にそれを見つけようとしてたんだよねぃー。本殿ほんでんパルミ、金ピカゴリラのセンパイの本名、あばかせて、いただきます!」

 ちょっと芝居しばいがかって、パルミが言いました。そして目的のものがすくに見つかります。

「ドジャーン! あったよあった、KGRも入ってる!」

 そう言って自分の目の前に自分の手とともにみんなの前に突き出します。

 トキトが笑って、

「時代劇の御老公ごろうこうさまみたいだな!」

 と言うと、カヒやアスミチは「なにそれ知らない」と小声で言い、少しだけテレビで水戸みと黄門こうもん芝居しばいを見たことがあったウインは「自分で徳川家の印籠いんろうを出しちゃう水戸黄門って……あはは」と笑います。

 トキトはおじいちゃんの家で古いテレビ番組を見たことがあったので「水戸黄門の印籠」というアイテムになじみがあったのですが、ほかにわかったのはウインとバノだけのようでした。

 バノも芝居に乗って

「こちらにおわす『ワシ』をどなたと心得る。先の副将軍、水戸みと光圀みつくに公にあらせられるぞ! ジャアーン」

 とパルミの横で得意の腹話術(?)をやってみせたのでした。口を両手でおおっていますが、バノがしゃべるときにモゴモゴと動いているのが見えています。

 ウインが、よく伝わらなかった仲間のために、べつのたとえで言い直します。

「ドラマなんかで、警察官が手帳を見せるシーンとか、逮捕状たいほじょうを読み上げるシーンに近いかもね」

 これならなんとなく、ほかの仲間にも伝わりました。カヒが代表して

「わかったよ。悪人が『もう逃げられない、おしまいだ!』ってなって、あきらめるってことかな?」

 そう言うと、年上組がみっつのあごをいっしょのタイミングで動かして「そう、そう」とうなずいてくれました。

 アスミチは謎の手鏡がますます気になってれています。

「ねえ、パルミ、ぼくに見せて。読ませてよ」

 パルミに渡してもらって、のぞきこんできたカヒと一緒に読み上げます。

「読むよ。K……O……G……O……R……O……コゴロー?」

 ウインがそれを聞いて、バノに負けじと演技しました。

「ついに君の名前をつきとめたぞコゴローくん! 次は私が目的のオタカラを手に入れてみせよう、わははははは」

 と大げさなセリフを言います。ウインも物語の人物になりきるのは楽しい性格なのでした。ここではおそらく盗賊、義賊、怪盗といった人物を想像しているのでしょう。

 パルミがおどろいたような声を出します。

「まだ小芝居が続いてた! でもそっちはちょっとわかる、コゴローが名探偵。で、ウインちゃんはそのライバルの……えっと怪人……怪盗二十一面鬼……?」

 バノがあわててパルミを制止しました。

「二十一はダメ! 一足しちゃダメだからな、パルミ。やたらと混ぜたらキケン、実験と同じ!」

「二十面体サイコロで二十一が出る確率は二十分のゼロだもんね大違いだよね……って、あたし、今、なんかキケンだった?」

  仲間たちは地球でもこんなふうにふざけあって過ごしてきたもののようです。知っている物語や、知識で小芝居をするのがおもしろいのですね。

 ともあれ、センパイの名前が「コゴロー」であるらしいことがわかりました。

 アスミチが言います。

「名前も、日本人男性……ってことでいいよね?」

 パルミが答えて、

「いいと思う……つかさ、箸を使ってた時点で日本人っぽかったし。男じゃないかって思ってたし」

 バノがその発言を受けて言います。

「うん。パルミ、君たちの推理は正しかったってことさ。それがわかる未来に、こうして至れたのだな。嬉しいことさ」

「それもそだね。コゴローセンパイ。うん、ちょっとイケオジな名前」

 トキトはちょっと違う印象を抱いたようです。こんなふうに言いました。

「いや、剣豪けんごうっぽい名前だぜ。佐々木コゴロー」

 ウインにはジョークの意味がわかったようです。笑って答えます。

「そういえば金属棒を二本に裂いたときにもガンリュウジマーってトキト叫んでたもんね。宮本みやもと武蔵むさしの二刀流の意味でしょ」

「さすがウイン。そうだぜ。宮本武蔵と決闘したと言われてるのが佐々木小次郎」

 アスミチが記憶のデータベースを探って補足します。

「戦国時代末期の生まれの、実在の人物だね、宮本武蔵。日本の歴史を左右した、あの天下分け目の関ヶ原の戦いのときには黒田家の一員として九州での戦いに参加した」

 うんちく好きのアスミチですが、それが欠点になることもあります。話が長くなることがたまにあるのです。

「アスっち、はしょってよ。佐々木コゴローの出てくるとこだけ!」

 パルミに言われて、巌流島がんりゅうじまの決闘のところを思い出すアスミチ。

「江戸時代の初めに佐々木小次郎と決闘したんだよ。武蔵が勝った」

「だよな、アスミチ。そんで二刀流のとこ、頼むぜ」

「うん。このとき一説では舟のかいを二つに裂いて武器にして、二刀流で戦った。小次郎のまたの名を岩流がんりゅうと言い、決闘の地となった舟島ふなしまはこれ以後は巌流島がんりゅうじまと呼ばれるようになった……とか」

「ということで、アスミチくんの言ってくれたとおりの理由で、俺の金属棒は二刀流になるときガンリュウジマー! なんだよ」

 トキトがえっへんと胸を張るのに「トキトっち、説明したのはアスっちだかんね。偉いのはアスっちだよん」とパルミから指摘が入ります。アスミチは「ぼく覚えていたことを言っただけだから」とひかえめな態度です。

 バノとウインも、うなずきます。

「私の記憶でも、アスミチと同じだよ。小説による創作が混じっていたりすることも多いので、絶対にたしかだとは言えないけれど」

「そうだよね。ね、バノちゃん、アスミチ。もしかして、あの有名な、わざと決闘の時刻に遅れて武蔵が勝った、というのは?」

 バノがアスミチのほうに視線を送って、解説の役をゆずるようです。アスミチが言うには、

「うん。ウインの言ったところは小説で作られた部分だっていう話を聞いたね。小次郎の心を乱すためにわざと遅れていくっていうのは、おもしろいと思うけど」

 とのことでした。


 ともあれ、センパイの名前がおそらくコゴローであるとわかりました。

 手鏡をこのまま置いていくかどうか話し合いをしましたが、どちらとも決まりません。センパイが野営地からいなくなって数年は過ぎていますから、センパイに迷惑がかかる可能性は低いと思われました。しかし、もし万が一、もどってきて大切に隠しておいたものがなくなっていたらがっかりするでしょう。

 めずらしくハートタマが執着しゅうちゃくを見せました。

「なあ、どちらともつかねえんだったら、オイラが持っていってもいいか? なあに、オイラは地球にはいかねえからさ、キョーダイたちが地球に帰ったあとでちゃんとここにもどしておくぜ」

 カヒが質問します。

「ハートタマ、鏡で自分の姿を見たいの?」

 ハートタマは体を横に振ります。

「そうじゃねえが、なんとなく引っかかるんだよ。オイラの記憶のどこか……もしかしたら、センパイってやつと会ったことがあるのかもな」

 トキトがハートタマに味方しました。

「だったらいいんじゃねえの? ハートタマはここに返すつもりなんだし。手鏡を持っていったほうがハートタマの記憶ももどりやすいと思うぜ」

 カヒがうれしそうに反応します。

「そうだよね。あと、ハートタマが思い出したら、センパイがどこに行ったかわかるかもしれないよ」

 そんなわけで、あくまで一時的に、ハートタマが手鏡をあずかることになりました。

 ピンク色のピッチュは、お腹の皮膚ひふの間に手鏡をしまいこみました。

 誰もハートタマがそんなところに物をしまえるとは知らなかったのでおどろきでした。パルミがおどけて言います。

「そんなところに収納が! なんということでびっくりサプライズボックス」

 さらにパルミには、少し気になることがあるようです。

「しまったあとで悪いけどさ、ハートタマ。さっきのコゴローセンパイのコンパクトミラー……文字以外にもなんか見える気がしたんだよね」

 ハートタマがふたたびもぞもぞとお腹から鏡を取り出しました。

「秒で取り出せるから、気にすんな、キョーダイ」

「見てもいい?」

 とカヒが代表して確認することになりました。

 カヒは、コンパクトミラーのフタにうっすらと絵のような模様もようが浮かび上がっていのに気づきます。

「ほんとだ。模様、あるよ」

 センパイの野営地は薄暗いので見えにくかったのかもしれません。

「これ、なんだろう? トリと、黒い円の模様……?」

 悩むカヒを、パルミがわきからのぞきこみます。

「シャツとかに印刷されている、かっこいいだけのデザインじゃね?」

 と言い、念のためにバノにも見てもらうことにします。バノも心当たりはないようですが、推測をべました。

「地球から持ってきたものだと仮定すると、地球のなにかのメーカーのロゴとかだろうか? こちらにも国や団体が紋章もんしょうを持つことはあるが、私には見覚えがないな。ほかの子たちが地球で見た覚えがあったりしないかい?」

 誰も、見覚えはないようでした。知らないメーカーのロゴマークなのかもしれないと話がまとまります。

 ハートタマがさっそく記憶になにかが引っかかったようで、

「なんか知らないがオイラ、この模様を見て浮かんできた言葉があるぜ……」

 そんなことを言うのでした。

 仲間たちは軽くおどろきました。自然物への記憶力はあるハートタマですが、これまで人間のことはあまり覚えていないことが多かったのです。

 カヒが自分なりの考えを伝えます。

「ハートタマは感応かんのうの力っていうのが強いんでしょ? センパイが名前まで入れていた持ち物だから、その思い出が伝わったんじゃない?」

「そうかもしれねえ……なんだこの言葉……『ゾンブリッド』……あんまりいい気分のしねえ名前だ」

 謎の言葉、ゾンブリッドがここで登場しました。のちのち嫌というほど聞くことになる名前を、知ったのはこのときなのでした。

 パルミが、もちろん今は意味も知らないので、のん気な声で

「コゴローパイセンのお気にのメーカーかにゃあ、ゾンブリッド」

 と言い、とりあえずはそんなふうに理解しておく仲間たちでした。

 ウインだけは、うでを胸のまえでかかえて暗い表情です。

「今、ハートタマがいい気分のしない名前って言ったあたりで、私もぞくってした……」

 と言いました。

「オイラの感応の力で悪いもんまで伝わっちまったか? そうならすまねえな、ウイン」

 とハートタマがわびます。そう言われると、ウインもそうかもしれないと思うのでした。

 アスミチがこのやりとりで気になったようで、質問をしました。

「ねえ、ハートタマ。もしかして、ピッチュのなかでもハートタマは特別なんじゃない? 感応かんのうの力ってほかのピッチュでもこんなにあるものなの?」

「どうだろうな、オイラもほかのピッチュにはくわしくねえから」

 とのことですが、バノが解説してくれました。

「ハートタマの感受かんじゅ能力はきわめて高いよ。ハートタマは言葉のひとつひとつも、細かく伝えることができる。ここまでできるピッチュはそういないね」

 アスミチも納得したようです。

「そっか、ラダパスホルンでピッチュをいくつも見てきたバノが言うなら、たしかだね。やっぱり、そうか」

 自分の推測が当たってうれしそうに言いました。

 ハートタマ本人はというと、自分のすぐれた点を見つけてもらえたのが、こちらもうれしかったようです。カヒの天然パーマの髪の毛にじゃれついていました。カヒもハートタマをうれしそうに捕まえます。

 そうこうしているうちに、出発の準備がととのいました。

 六人とハートタマ、イワチョビに宿ったドンが、野営地をあとにします。


「ありがとうございました、コゴローセンパイ」


 トキトが見事な気をつけの姿勢から腰を折って礼をしました。

 つづけて仲間たちは口々にお礼を言い、頭を下げました。

 横並びになったウイン、パルミ、アスミチ、カヒ、バノの五人と、その横のハートタマ、イワチョビが、トキトと同じようにします。

 センパイの野営地に、お別れの時でした。

 夜の危険から、そして誰もいない恐怖から四日以上も仲間たちを守ってくれました。センパイの野営地は、彼ら八人のあたたかい思い出の場所としてのちのちまでずっと心に残ることになりました。


 湖畔で待つドンの体へ全員で移動しました。

 イワチョビはカヒのうしろにくっついて歩いています。

 ドンが動かしているのですが、近くにいる仲間もイワチョビの感覚は共有しています。トキトがこんなふうにたとえて言います。

「イワチョビを歩かせている感覚ってさ、全員で乗り物を動かしている感じっぽくないか? 手漕てこぎボートとか」

 あちこちから「わかる」「そういう感じ」という返事がありました。カヒが、

「わたし、幼稚園のころに遊んだ、長いヒモのわっかに入って遊ぶ電車あそびを思い出したよ」

 と言い、その遊びをしたことがない仲間からも、「わかる気がする」「自分の足で進む感じも似ているかな」などと、いい反応がありました。

 湖畔に到着です。

 ウインがドンキー・タンディリーの巨体に声をかけます。

「ドン、いよいよスクラップヤードに移動して、金属を食べるよ」

 ドンはもとの体から、音声で答えます。

「えっと、スクラップヤードに行ったら、もう戻らないんだよね? ここから持っていったほうがいいものがあったら、拾ってね。ボクも体を動かすのを試したいから」

 ということで、少しの間、採取をすることになりました。

 ここでもバノの知識がいちばん役に立つので、彼女の指示で、みんなが動きます。

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