第63話 八十平米の孤独

「今日、泊まってもいい?」


 ミカは電話口でももから尋ねられた。翌日は日曜日。休みの日であった。学校は月曜日からの平日である。問題はない。


 ミカは一度、部屋にあるカレンダーを確認してから答える。


「いいよ」


「やった」


 そこまで嬉しがることか。ももには嬉しいのかもしれない。ミカはそう考えながら、リビングで掃除機をかけていた。


 平日だろうと休日だろうと関係ない。八十平米のコンクリートで造られた一室の中で一人で過ごす。いつも一緒にいるのは孤独であった。誰かを欲することはない。それが当たり前となった現状に違和感はなかった。


 ももが来たのは電話から一時間後のことであった。家から送ってきてもらったのだろう。インターホンの画面にももが映る。白いワンピースを着て、右手で紙袋を持っている。荷物は左手に持っている水色のキャリーケースに入っているのだろう。


 ミカはオートロックを解除する。少し待っていると室内にインターホンのチャイムが鳴る。ミカは玄関の鍵を開けた。


「急にごめんね」


 本当に急である。だが、ももは今日もミカが家に一人で居ることをわかって押しかけていた。


「まあ、いいけど」


 ミカはももが持っていたキャリーケースを手に取る。一日分が入る程度の小さなものだが、中身は意外に重たい。


「肩出し」


「うん?」


 ももは不思議な顔をして頭を数センチ傾ける。ワンピースはいわゆるノースリーブであった。ミカが変なところで引っかかったことを特に気に留めずに部屋にあがった。


「荷物は何処に置く?」


「何処でもいいよ。寝る所かな」


 ミカはキャリーケースを自身の部屋のドア付近に置いた。


「昼は食べた?」


 ミカはキッチンに立っていた。リビングにあるソファでくつろぐももは緩い返事で答えた。


「食べてなーい。移動していたからね」


 それもそのはずだ。電話をかけてきたのは十一時頃であった。


「何か作ろうか」


「いいよ」


 ミカはキッチンからリビングへ移動した。


 リビングではももがリモコンを取ってテレビを操作していた。何かを視聴する様子もなく画面を消した。


「ゲーム機って捨てた?」


「片づけてある。部屋から取って来る」


 ミカはそういって自分の部屋に戻っていった。クローゼットを開けて、中から収納ボックスを取り出す。収納ボックスの後ろに据え置き型のゲーム機本体は眠っていた。配線は袋止めの針金でまとめられていた。


 ミカは部屋から持ってきたゲーム機本体をリビングのテレビに繫げた。三色ケーブルは背面にあった。背面と壁の距離は手のひらがすっぽり入る程度である。ミカは何とか繋げると、テレビの電源を入れて画面を切り替えた。


 懐かしい起動音が流れる。昔はあまり感じなかったが、映像は意外にも画質が荒い。ミカはももの隣に座った。


 ミカはコントローラを持って、画面に従い操作する。ももはその間、スマホをスクロールしている。ミカに細かいことを任せていた。


「始まるよ」


「うん」


 ももはスマホをテレビとソファの間に設置されていたローテーブルに置いた。


 ゲームは所謂レーシングゲームであった。ミカとももは小学生の時もこうやって遊んだ記憶を噛みしめる。


 操作は意外と身体が覚えているものだった。ミカは約三年以上プレイはしていなかった。でも自然とスティックやボタンを使用している。ルートも最短距離を走行していた。


「三本走ってミカが全部一位か」


「ふふぅ。まだ衰えてないよ」


 ミカは自慢げに語る。そんなにすごいことではない。


「一位確定じゃん」


 レースゲームは四コース走って総合点数で優勝が決まる。今は三レース目が終了した。三度一位を獲ったミカは、四コース目で上位であれば総合優勝がほぼ決まっていた。


 こうなればももは面白くはない。ミカも順位確定しているため、そこまで順位をこだわらなくても良くなる。消化試合になっていた。四レース目もミカが一位で終了した。


 画面の端に表示された時刻を見れば、もう午後三時となっていた。ミカは時刻を見ながら言葉にした。


「どうする。夕食は何食べたい」


「なんでもいいよ」


「まあ、何か買いに行かなきゃならないけど」


 一人分であれば用意はある。けれど、客人がいる手前でそれを出すわけにはいかない。


「出ようか」


 ももはミカの顔を伺う。


「うん」


 ももはコントローラを置いた。


 ゲーム機の電源を落としてから、ミカは自室に戻って着替え始めた。外に出るにはあまり好ましくない服装であった。ミカはティーシャツを脱いだ。出っ張った部分にハンガーでかかっているリネン素材のブラウスを手に取る。


 これは去年、瞳に貰った服であった。白い半袖のブラウス。


 ミカは着用してから鏡を確認した。瞳から貰ったときと印象が異なる。自分で着た姿を見るのはよく考えれば初めてであった。


「ミカ」


 ももの呼び声がリビングからこだまする。ミカは自室から返事をした。


「玄関に来て。もう出るから」


 ミカはももを玄関まで呼び寄せた。


 二人はマンションの近くにあるスーパーまで歩いて向かった。歩いて十分程度の距離にある。駐車場は近辺では一番広い。大手のスーパーであるが、ミカはここで買い物することは多くない。駅とは反対方向にあるため普段は来なかった。


「買い物ってコンビニじゃないんだね」


「そりゃあね」


 二人は入り口から入った。ミカは大き目なカートを手に取った。中は外観からわかる通りの広さであった。


 多分、ももは来たことがないのだろう。ももの家とは離れている。珍しいようで、きょろきょろしている。


「何でも入れていい?」


「ダメ。飲みもしないジュース入れるでしょ」


「なんだか厳しいね」


「予算は限られているからね」


 ミカはカートを押しながら順に回っていく。買うものは大体決めていた。意図して決まったルートを通る。ももはお菓子売り場を通り過ぎると手を取ってミカを停めた。


「寄らないの?」


「寄らんよ」


 子供じゃあるまいし。そう思うが、いつも甘やかしているのはミカ本人である。その影響もある。


 なんやかんや、ももに欲しいと言われてミカは買わされていた。サッカー台の上で荷物を入れていく。荷物は袋二つ分になった。


「一つ持つよ」


「ええよ」


 ミカは両手に袋を抱えてスーパーを出る。ももはミカの数歩先を歩いていく。どこか楽しそうだ。重そうな表情一つしないミカと離れすぎないようにももはゆらゆらと歩いていた。


「アイス買うの、許可すんじゃなかったな」


 生活費ではなく、お小遣いから差し引けば良いかとミカは思ってかごに入れた。だが、十分という距離や七月の気温を考えればただの袋にアイスを入れたのは間違いであったか。


「もうちょい早くあるかんと」


 ミカはぼやきながら歩くスピードを速めた。すぐにももに追いついた。


「急に速くなったね」


「そういえば、生肉買ったの忘れてた。それにアイスも買ったじゃないか」


「持とうか?」


「いや、いい」


「いつも持ってくれるね。まるでポーター」


「出来ることをやるだけ……かな。いや、違うか。何だろうね。持たせるのは悪いかとか考えるんだ」


「レディのレディファースト」


「言われてみりゃそうだな」


 そんなくだらない会話をしている二人はあっという間にマンションに辿り着く。外にいるときは気にならなかったが、空調の効いた室内に入ると自分がいかに汗をかいているかわかる。汗を吸った服とべたべたした身体は気持ち悪さだけを残した。


「それにしても暑いね」


 マンションのエントランスに入って、ミカはオートロックを開けた。ももはどうやらエントランスの空調で涼しさを感じていた。

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長いものに巻かれてろ 枝野 清 @kedano

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