第50話 アウトロ
「――ということでミカは今日、競技に出られず。だから代理を立てて貰ったの」
「そうなんだ」
概ね、この反応を見れば誰も知らないのだろう。瞳はそう判断した。詳しい内容は語ることを禁じられていた。
やはり、隠しごとが多い。私立学校特有といえばそれだけで結論となってしまう。内部の問題は内部で解決して外から入り込む余地を作らない。日本特有の解決方法だ。
瞳はこの結果を受け入れられなかった。けれど、ここで自身が荒たげても何も起こらない。一緒に闇の中へ沈められるだけであった。
ドミノを一つずつ立てていき、タイミングを見て一気に倒していく。そうやって相手が不利となる証拠を集め、懐からダメージを負って崩れるように追い込む。ミカもこの方法を選ぶだろう。瞳はそう思っていた。
「ねぇ、ひとみん」
クラスメイトの中にいたミナミが声をかける。
「何かしら」
「頼みたいことがあって……」
ミナミはそう口にした。足立も笑っている。不穏な笑みは意外な所に繋がっていた。
ミナミらが瞳を連れていった場所は、織姫高校の校舎二階にある小劇場であった。織姫の生徒からはドミニオンと呼ばれている。その由来はよくわからない。
室内の生徒は数える程の人数であった。それぞれぽつぽつとかたまって何かを行っている。室内の広さからすれば、人の少なさが目立っている。
「ここ座って」
ミナミが後方から三列目の座席を座るよう瞳に指示した。瞳は恐る恐る座席に座った。
ミナミは左瞳の隣に座る。足立が右隣に座った。オセロのように左右を挟まれた。一緒についてきた生徒もその周りの座席に座った。
「ミカから訊いたけど、ひとみんってメイク上手だって本当?」
予想していないことを訊かれ、唖然とするも瞳はすぐさま頭を切り替えた。
「それ、私も訊いた」
足立が右隣から同調する形で答える。あまり過度な期待をされないように瞳は口にした。
「ミカはあまり自分でやったりしないから。私は新しいものを覚えるとすぐミカで試したりするのよね。ただそれだけ。後はミカったら、くま作ったりするから隠したりしてあげてるだけよ」
「それでもよく顔を見ると」
ミナミは顔を近づける。
「やっぱり」
「綺麗だね。こうならない」
「まあ、私がやっているのはね……」
「私で実演して頂戴」
ミナミが目を瞑って顔を向ける。瞳はポケットからコンパクトミラーを取り出した。
「ここをね、こうやって――」
瞳はいつも通りミナミにメイクをしていく。手つきは手馴れた動きであった。迷いもなく次々と行っていく様子に周囲のクラスメイトは驚かされていた。
「そうだったんだ。これで休みの日も使えるわ」
「そうだね。ありがとうひとみん」
「ありがとうひとみん」
ミナミに続いて、全員が合わせてお礼を口にした。ひとみんと言う呼び名にはまだ馴れない。多くのクラスメイトが使い始めると、止めさせることも難しい。けれど、この呼び名が嫌なわけでもない。
「いいえ、どういたしまして」
「ところでひとみんって休みはどうしてるの?」
「日によるわね」
「ひとみんの休日、ミステリアス」
「面白くは無いわよ」
瞳に対して、何か期待をしている。それが違うと気付いた際、現実と差があれば大きなショックを生む。高い所から落下するようにダメージを負う。瞳はそうならないようやんわりと否定していた。
自分に対しての質問が多い。自分の話には尾びれが付いている気がした。この話の元はミカであろう。ミカがこのメンバーに話した内容であろう。
「あの番付にもひとみん入っているもんね」
「あの番付?」
聞き覚えのない内容であった。瞳はとっさに訊き返す。すると足立の後方に座っていた三つ編みの生徒が紙を渡した。
足立が渡された用紙を瞳に見せた。裏移りするほど透けた用紙に印刷された内容は荒環史高校の女子生徒を評価する内容であった。
瞳は目を通した。どうやらこの用紙は一年生のみを対象としている。上から順位と名前が書かれており、右側には票を入れた人物の評価もある。瞳の名前は上から二番目であった。
「一位が四組の松井さん。ひとみんは二位」
そうなんだと思うばかり。票は男子だけで入れたのだろう。今になって存在を知った瞳はそう考察していた。
「みなみん、五番目だ」
足立が指摘する。
「意外ね。私より高くてもいいのに。見る目がない」
「ひとみんの評価も辛辣だね」
「まあ、私じゃひとみんに勝てないよ」
お互いに謙遜し合う会話になってしまう。お互いの本心をぶつけた結果がこうであるが、堂々巡りをしてしまう。
「評価はしゃがれているが魅惑的で重厚の歌声。有名な歌手に似ている顔立ちってなんか外側ばっかりだね」
「所詮そんなものだよ。評価に全部目を通すと」
足立の後ろに座る三つ編みの少女が口にする。当てにならない。ここにいる者にとって番付など俗物の評価としか見なせなかった。
閉会式は午後一時。二十分前に織姫高校のグラウンドに来るようにと学級委員が言っていた記憶がぼんやりと残っていた。
瞳は壁にかかった時計に目を向けた。時計の針は十一時を指している。
「ミカは八位に入っている」
ミナミが告げる。瞳は言われるまま八位をた。ミカがランクインしている。どこか意外に感じていた。
「ミカでも入るのね」
瞳は本当に投票した人間を疑いたくなった。感性と言うものは主観的なものである。他人がどうこう言えるものではない。
それに普段のミカをよく観ている瞳にとって、ミカという選択肢は否定する根拠を沢山持っていた。
「ミカミカも美人だしね」
普段のミカを知らない。瞳を笑いを堪えきれずにいた。
「なんか黄輪祭で色んな人と仲良くなれた気がするんだ」
足立のふとした一言にミナミが返す。
「それはダッチの勘違いじゃない」
「そんなことないよ。ミナミもミカミカも一匹狼って感じで取っつきにくい所あったし」
「心外だね」
足立の言い分は確かにそうであろう。瞳は思っていた。ミカは意図して周囲と距離を取りたがる。ミナミはミカと同じ考えかどうか不明だが、取っ付きにくい雰囲気を出している。そんな二人は何処か似ている。似た者同士だから近づきやすいのだろう。
「そろそろ行かない」
足立の後ろに座った三つ編みの少女が口にする。壁にかかった時計の短針はいつの間にか一番高い所まで回っていた。長針は二十五分を回ったところだ。
「そうね」
瞳はクラスメイトと共にドミニオンを後にした。最後に室内を出た瞳が人数を数えると十人いた。男子を除けば半数でいたことになる。
いつもなら居るはずの茂木の姿がない。居なかったことに瞳は今更気づいたが、その意味は特に気にならなかった。
校舎の南側からグラウンドに出ると、徐々に人は集まり始めていた。荒環史高校はグラウンドの南側に固まっている。瞳達はそこへ向かって歩いた。
ミカはその中に既にいた。担任と何か話している。クラスはまだ全員集まっていないようだ。
ミナミはミカを見つけると声を掛けた。一緒にいた他の生徒もミナミに続いてミカに駆け寄る。
一気に大人数が駆け寄ってきたことで驚くミカ。瞳はゆっくりとその輪に近づいて行く。
「大丈夫なの?」
「ああ」
その後、十二時四十分になるとトラックの中に各学校整列した。閉会式は集まった段階ですぐさま執り行われた。掲揚されていた旗が全て下ろされ、各学校の順位が言い渡され、表彰される。織姫高校の校歌が流れた後、翌年主催となる荒環史高校の校歌が流れる。
織姫高校の小松会長から荒環史高校の田中会長に引き継ぎが行われる。小松会長の閉会宣言によって、今年の黄輪祭は幕を閉じた。
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