第23話 広報の一息
木曜日の放課後、生徒会のすずと知佳は閑散とした食堂のテラス席で話をしていた。
金属で出来た四つ足の丸い天板のテーブルにカメラと黄輪祭に関する資料を置き、プラスチック製の白い椅子に二人は座っている。
「知佳、一日目の開会式までは織姫のグラウンド。それからの時間は競技に参加する以外は記事を作るためのネタ探しに行くから手伝って」
「わ……私が?」
「うん、すずなは忙しいと思うから」
「お……太田さんに頼まなくても」
「だからって、先輩達はともかくあいつはね……」
前例がある。すずは遠い目をしていた。
「一応、何処を撮って来て欲しいとかは
すずは資料の中から蛍光ペンでさまざまに書かれた紙を取り出した。
「これは?」
「丸付いているのが、撮って来て欲しい一覧だって」
その紙には会場ごとに行われる種目が明記されていた。取材して欲しい競技種目の名称は全て蛍光ペンで囲ってある。しかし、フィールド種目には一切蛍光ペンのインクで囲われていない。
「全部、グラウンド種目だ」
「映えないからじゃない?」
「うん……」
知佳もやはり物足りない。すずは何処かで気づいていたが、忘れたふりをして奥底に隠していた。
ここで掘り返す必要はあるか。本当に意味のない可能性もある。
見る角度を変えて面白くすればいい。それが、記者の腕の見せ所。燃える者もいれば、そうでない者もいる。すずは前者であった。
知佳は座っている椅子の足に立てかけていたリュックサックを手に取った。チャックを開けて、中からグミのパッケージを取り出した。
グミのパッケージには炭酸を表す色と写真がプリントされていた。知佳は手を突っ込んで一粒だけ取って、口に放り込んだ。
「ソーダ味?」
「う、うん。一日一個まで」
二人は出していた荷物をカバンにしまい込む。放課後の食堂は珍しく人気がない。
場所を変える為、カバンを持って一度室内に入った。南北に分かれた校舎の中央部にある食堂はどちらにも繋がっていることで生徒や教職員は通り抜けとして使用していた。二人もまた、同じように北校舎に繋がるドアから出ていった。
「変な作りだよね」
「な……何の話?」
「この校舎のこと。昔は、
足音がピタッと止まる。リュックサックの肩ひもを左手で持ち、下を向いて歩いていた知佳の前が急に暗くなった。
顔を上げると、すずが振り向いて止まっていた。
「な……何?」
「知佳を見ないで話していたから、いつの間にか離れていたことに気づかなくて」
すずは知佳の横に移動した。歩幅を合わせて再び歩き始める。
「そ……それで、七不思議っていうのは?」
「教室の配置、他校の生徒の写真が貼ってある謎、校門の前に生えているヤシと桜、一致しない決算、黄輪祭で三位以上取った翌年は最下位、暗黒な金曜日とか」
「六つしかない上に七不思議と言うよりジンクス混ざっているけど」
「細かいことは気にしない、気にしない」
二人の移動した先は三階にある生徒会が使用する準備室であった。校舎北側の階段から三階まで上がり、廊下の奥まで進むと準備室と書いてあるプレートがある。扉は引き戸が一枚あるのみ。ウナギの寝床のような狭さで人が一人すれ違うのも難しいスペースであった。
すずは鍵をズボンのポケットから取り出して鍵を開けた。扉の中は片側に使わなくなった荷物が積み重なっていた。一番奥にパソコンが置ける程度のスペースがあった。
ここは、すずが生徒会広報誌を作る為に会長の田中から直々に与えられた小部屋であった。元は生徒会の物置として使用されていた部屋を一部片付けて作られた。
すずが先に入ってから、知佳が入って扉を閉めた。すずはカバンからパソコンを取り出すと、積み重なった荷物の隙間に入れた。カメラを首にかけたままパソコンを打ち始めた。
知佳のことを全く気にしていない。狭い空間の中で細々と困っているが、徐々に背景へと溶け込んだ。
いつ崩れてくるかわからないビルディング化した荷物に目もくれず、すずはキーボードを叩いていく。知佳はそれを背中越しから見ているしかなかった。
「す……すず」
「どうしたの?」
すずは返事をするが、目線は画面のまま、キーボードを打つ手は止めない。
「わ……私もさ、他に何か……出来ないかなって」
すずの指が止まった。振り返って知佳の目を見た。もうすぐ崩れそうな砂の城がそこにはある。風や波にさらわれないよう守るにはどうすればいいか。
「じゃあ、作戦を組もうか」
「作戦?」
すずは手で近づくように手招きした。知佳はすずのすぐ後ろに立った。座っているすずの肩から顔を出した。
「一応ね、原稿はこう」
文面の構成はある程度決まっていた。写真が必要になるのは競技種目である。これは先輩からの指示だとすずは口にした。
「ふぃ……フィールドは?」
「どうしようね」
まるで逆らう気のない言い方であった。すずはあまり周囲の話を鵜呑みにするタイプではない。知佳には違和感があった。
すずは耳の下を掻いて、今の構想を口にした。
「一応、見てからかな。すずながそろそろ戻ってくるだろうし、来年の荒環史高校開催に繫げなければならないから」
二人は荷物をまとめて小部屋から出た。すずは鍵を閉めて、ズボンのポケットに突っ込んでいた。
今までのすずは、広報の紙面を作る時、他の人に見せることは行わなかった。それは会長や副会長も例外ではない。
知佳は内側に入り込んだ気がしていた。無理矢理ではなく、相手の招待によって会員制の世界に入った。
廊下の反対側で女子生徒の声がした。知佳が声のする方向を振り向くと、そこには女子生徒二人と一人の女性教師が廊下の端で話をしている。
「じゃあねー紀藤ちゃん」
「もう、紀藤ちゃんじゃなくて先生やで」
二人の生徒は手を振りながら階段へ向かって歩いていく。姿が見えなくなるまで教師は手を振り返していた。
「紀藤ちゃん」
すずが後ろから話かける。先程の生徒同様に紀藤は来ていた白衣の裾を揺らして振り返りながら、芸人の如く突っ込む。
「もう、だから紀藤先生やで……ってなんだ、すずか」
「なんだって言うことないでしょ」
その言い分なら言われても仕方ない。すずにも問題があると知佳は思ったが口にしなかった。
「すまん、すまん。二人とも帰り?」
「まだやることは残っているよ。ところでさ、さっきの生徒は上の学年だよね」
「ああ、そうだね。私しか公民科の教員いないからね。非常勤が担当しているクラスもあるけど、私が担当する数も多いから自然と生徒に顔を覚えられちゃうからね」
「そうなんだ」
この話はあまり興味なさそうだな。すずの背中が少し丸み始める。
廊下のガラスから西日が入り、廊下の床がオレンジ色に染まる。壁に遮られて出来た影は伸びていた。
「あんまり長いしないで、早く帰りな」
「二組の太田を待たなきゃいけないから」
「そう。じゃあ私、職員室戻るから」
紀藤はその場から離れていく。すずは振り返らない紀藤が見えなくなるまで手を大きく振っていた。
知佳には何処か既視感があった。すずは能天気に見える。まるで何も考えていないかのように。
「ネタを殺すも活かすも職人の腕。まるで寿司だよ」
「す、寿司?」
「寿司と掛けまして……」
いきなりすずはなぞかけを始める。
「組織と解く」
すずは目で合図を送ってくる。知佳は仕方なく、言葉を返した。
「その心は?」
「巻かれるもの」
「つまらないね」
「案外そういうものだよ。個より群が大事なんだ。この組織もこの国も」
冷たい光を宿した目をしたすずにはこの先がわかっていた。
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