第4話 存在感
入学式から約一週間後。翌週の月曜日の放課後。二人は部室に向かって校舎の廊下を歩いていた。
部室棟まで等間隔にある窓から西日がこもれる廊下を歩いていると、後ろから足音が聞こえてくる。足音は徐々に大きくなる。急いでいるというよりは追いかけている。そんな感じの足音であった。
「ミカ」
スーパーボールが弾けるような声は、瞳の隣にいる女子生徒の名前を呼んだ。ミカは部室棟に向かう足を止めて振り返った。
瞳もミカに続いて振り返った。そこにいたのは、この学校に場違いと思える程、気品がある女子生徒であった。瞳より背も高く、背中に届く長さのツヤのある髪が目に入る。
「ミカ」
当の本人は、接点の無さそうな美少女に呼ばれているが、思い当たる節は見つからなさそうな顔をしていた。
「どちら様でしたっけ?」
感動的な場面を返して欲しいと言わんばかりの一言を口にした。気が抜けるような一言で相手の女子生徒は諦めがついていたようだ。
「そうよね。小学生以来だもの」
覚えていなくても仕方がない。元々、ミカが覚えていることなど期待していない。瞳もその気持ちは何となくわかってしまう程である。それだけ執着するタイプでもない人間がミカであった。
「もも?」
ミカの問いに反応した。目の前にいた女子生徒は首を縦に振って頷いた。瞳は一瞬だけ本当はわかっていたが、敢えて覚えていないふりをしたと思っていた。
「うん、ももだよ」
「懐かしいね。三年振りだね。わからなかった」
「どこでわかったの?」
瞳はその場から忘れられたように存在すると感じて、つい割って入ってしまう。
「そちらは?」
「こっちは瞳。同じクラス」
「そうなんだ。よろしくね瞳」
「よろしく」
二人が部室棟へ向かって歩いていることにももは気づいていた。だが、瞳は機転を利かせてこれを好機と捉えた。
「ところで二人はこれからどうするの?」
「部活だよ」
ミカは少しの怠惰とやる気の無さを織り混ぜて答える。
「へぇ、どんな部活なの?」
「見てみる?」
瞳は餌を撒く。その意図を気づかれないようにそっと撒いた。
「うん」
獲物は餌に喰い付く。瞳はミカに目で合図を出した。ミカはそれを簡単に理解する。
ももを挟むようにして横に並んで部室棟へ向かっていった。そして部室の前に着くと二人はももの腕を掴んで室内へ入った。
「おう、瞳とミカか。そちらは?」
「先輩、新入部員を捕まえました」
ももは捕らえられた宇宙人のような姿で室内に運び込まれた。二人より少し背が高い影響か分かりにくい状態であった。
「そちらのお嬢さんはどちらから?」
「ももです。阿部もも」
あお先輩でも、ももから溢れ出るオーラには勝てないのか。そう瞳は思っていた。流されそうになりながら、足元を波へ持って行かれないように話始めた。
「今、唯に生徒会が出したトンデモ案の影響を調査して貰っている。このままだと、普段自由に使える設備すら使用出来なくなるかもしれないし」
生徒会は昨日、昨年から予算が減少したことを理由に、経費削減を目的とした校則や各部への予算削減を通知した。
予算が減少した理由は明らかになっていないが、説明を行うこともない。既定事項として、生徒会は次に進もうとすると考えられるが、各部や委員会等から反発は出ることは確実であった。
「明日が予算委員会でしたっけ?」
ミカが尋ねた。
「そう。間に合わないことを想定して予定を組んでいるから」
荒部連も要求した予算も通っていない。三桁の金額では流石に活動に支障をきたしてしまう。
「この減少した予算に心当たりはあります?」
「いや、ない。仮に奴らが無駄使いをしたとしても顧問の塩川ちゃんも流石に黙らない筈だしね。これでも一応教員の目は通っているから」
ミカとあお先輩の会話から判明したことは多くなかった。瞳はその要因を想像でしか考えることが出来ない状態である。しかし、あお先輩の口から出る言葉を考えると原因は多井平市や教育委員会が原因ではないと考えられた。
ももは急すぎる話について来ていない。それを横目で見つつ、瞳は戸棚からマグカップを取り出した。既にテーブルに置かれているあお先輩のマグカップにはまだ入っている。二人のマグカップはあるが、ももに出す容器はどうすればいいか悩んでいた。過去にあお先輩が使っていないと称して取り出した場所は空であった。
ポットの横に封が開いた紙コップがある。それでいいかと瞳は諦めて、お茶を入れた。
その後、唯先輩は戻ってきて他の部活や委員会にてどれだけの影響が出ているのか報告を受けた。ホワイトボードに書かれていく数値は要求した額と実際の額、その横にどれだけ減額されたか黒三角と数字が記された。
「最大で減らされたのはうちか。言っても昨年から半分も減ることは考えにくいしな」
荒部連の全体で最も多い九十一パーセント減という状態である。先輩二人が溜息をつくことも無理はない。
「一応うち以外は正当性のある理由をつけて減額しているようです。野球部は近年の成績が震わしくない。映像制作部は新しい作品を年一で作っていない。料理部は省エネも心掛けていないからとか様々です」
改めて荒環史高校の部活を見て思う。名称だけで実態はわからない活動をしている部活は特段多い。かつては人数さえ揃えば簡単に部活を新設出来た。だが、あまりに増え過ぎたせいで新規に規制をかけ、今まであったものは合併など再編を行って現在に至っている。
「この屋外活動部だって、釣り部とキャンプ部と写真部を無理矢理合併させて誕生させましたからね。全部やれば、予算が足りなくなるのも無理はないですけどね」
ホワイトボードに書かれている屋外活動部書の文字を指差して、唯先輩は笑いながら口にした。
「その対魔って何ですか?」
ももは素朴な疑問をぶつける。今日初めて来たからこそ囚われない視点で口にする。
「魔法少女対策委員会。通称対魔。魔法少女への対策を検討する委員会だ。でも実際に魔法少女なんて存在しないから対策も何もないけれど」
「生徒会が潰したくても潰せない理由は対ゾンと呼ばれるゾンビ対策委員会と一緒。所属する生徒の人数があまりに多いこと。それに後ろ盾の卒業生も多い。この学校に寄付してくれる卒業生はどちらかに所属していた人が多い。裏には潰させないという圧力がかけられていますからね」
唯先輩が口にしながら頷くととあお先輩も同じタイミングで頷く。目の前には自分達ではどうにも出来ない壁があった。コンクリートで作られた壁よりも丈夫で崩れる気配もない。どうしても壊せない壁なのであろうと存在の圧が伝わる。
「ちょっといいですか」
ミカが空気をメスで切り裂くような声で問う。いつもとは違う切り詰めた様子である。ももは変わらない様子で返した。一瞬でその空間を張り詰める声に気付いていないのか。それとも、気付いていて敢えて平静を保っているのか。
「この間さえわかれば、いいんですよね」
ミカの言い分は最初、何かの模倣を示しているのであろうとこの場にいる者は考えていた。
「ここは狙い目じゃない?」
ミカがホワイトボードまで近づいてある文字を指でなぞった。ももで無くてもこの場にいる者にはその意味がすぐにわかった。
「先輩どうします」
あお先輩は少し考え込みながら、ゆっくりと言葉にしていく。自身が口にする一言が重みを持ってしまうことを意識して、細心の注意を払いながら話していく。
「この減額した理由を判明すれば、起死回生の一撃をぶつけられるけどね」
先輩らが今後の活動を検討している中でミカは小声でももに問いかけた。
「今日は迎えなの?」
「うん、そうだけど。それがどうしたの?」
「いや、なんでもない」
不穏な会話は、特に意味を成さないように聞こえるが、この意味は後にわかった。
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