第9話 空白の期間③

 五軒家は少し間を置いてから、口を開いた。

「俺も、それなりに分かってる。AV業界で輝けるのはほんの一握りで、努力すれば報われる世界じゃないってことくらいは……。それに、熟女にも、おじさんにも、ニューハーフにも、それぞれの需要があるのは理解してるつもりだ。でもな、チャンスを与えないのは、違うと思う」

 彼は、言葉を一つずつ選ぶように、続けた。

「たとえ、その座席に届かなくても、そもそも道がなければ、辿り着けるわけがない。時間は有限だ。強い者だけが生き残るなんて、それが夢のある話だと思うか? 道は開かれるものじゃない、自分で作るものなんだよ」

 その言葉に、美玖は少し黙ってから、また尋ねた。

「でもさ、整形とか豊胸って、あってもいいんじゃない? それがなかったら、スタートラインにすら立てない子もいるよ?」

「さっきも言ったけど、努力しても報われないやつは山ほどいる。整形したって売れない子もいっぱいいる。でも、俺らが見たいのは、結局のところ性行為だ」

 五軒家の目は真剣だった。

「どれだけそこに、熱狂や意味を持たせられるか。俺たちがやってるのは、ショーじゃない。芸術だ!」

 その言葉に、美玖は少し押されながらも、また言った。

「……じゃあ、メイクは? メイクも作り物でしょ?」

「メイクは、言うなれば本当の姿だ」

 五軒家は即答した。

「人は、誰かと会うのに、パジャマのまま出歩かない。メイクは、その“整えられた外面”であって、演出ではない。カメラの前に立つなら、その準備をして当然。素顔と“見せる顔”は、分けられるべきなんだ」

 その意見に、美玖は半ば納得したように頷いた。

「……まあ、同意するよ」

「我も我も」

 栗生が大きくうなずき、岡島も静かに頷いた。

「童貞ならではの、斬新な発想ってとこかな……」

 美玖は苦笑する。

 そこで岡島が口を挟んだ。

「でもさ、スポンサーになってくれてるマニアックな玩具の扱いはどうするんだ? プレイに導入するのか?」

「ああ、それはもう話をつけてある。どうやら社長とは、意気投合できたみたいだ」

「え? あの社長と?」

「社長は俺たちと同世代で、ほぼ趣味で玩具を作ってるらしい。つまり、利益を第一に考えてない。だから配信では、玩具は登場だけさせて、実際には使わない」

「登場させるだけ……? それって意味あるのか?」

「あるさ。配信ページの下に、その玩具の広告を載せてるだろ? そうすれば、マニア層はそこから買いに行く。でも、実際の映像には影響しない。つまり、“マニアを弾く”仕掛けでもある」

「マイノリティの意見を無視するってこと?」

「その通り!」

 五軒家は自信満々に言った。

「いや、それって独裁じゃない? それこそ、ユーザーの声を無視してる、今までのAVと変わらないじゃん。今のAV業界って、時代の流れを汲んで」

「そんなもん、犬にでも食わせておけ!」

「……は?」

「人間の大半は、そんなの気にしてない。もちろん、すべてのニーズに応えるのが理想だけど、俺らはまだ一作も売ってないんだぞ? しかも、奇をてらったことをしてるわけでもない。レッドオーシャンで勝負してんだ。だからこそ、基本を愚直にやるしかない」

「へえ……そういうもんか……」

 五軒家は、撮影までの空白期間で、なるべく金を稼ごうと考えていた。

 作品はまだ撮れなくても、独自コンテンツなら何かできるかもしれない、そう思って。

 だが、アイデアは浮かばなかった。

 その一方で、男優と女優の面接が進んでいた。

「男優として有名になりたい」

「一度でいいから、女の子とセックスしたい」

 といった、ストレートすぎるものばかりだった。

 わざわざ、こんな小さなメーカーに足を運ぶのは、素人同然の若い男優だけだった。

 彼らに“からみ”の仕事は基本的に回らないため、こちらからスカウトする意味もあまりない。

 童貞かどうかの判定は、栗生の鼻に任せることにした。

 女優に関しては、五軒家がほぼ対応した。

 大手メーカーでの勢いが落ちた者が、こちらに面接に来ることもあったが、その九割はニンジャだった。

 素人相手なら騙せるとでも思ったのか、整形しているのに「整形してない」と言い張る女もいた。

 そういう者は特に触れず、淡々と不採用にした。

 結果、専属契約を結べた女優は、3人だ。

 ようやく、土台が固まり始めていた。

 五軒家は栗生の部屋に戻った。

 すると、そこにはなぜか美玖もいた。

 動き出してから2か月

 彼女は今も和歌山から大阪まで通っていた。

 部屋は見違えるほどきれいになっていた。

 パソコンデスクの書類はきちんと整理され、床にはもうゴミひとつ落ちていない。

 1作目の撮影まで、残り2か月。

 それまでに、客と金を何としても集めなければならなかった。

 サーバーの維持費も、馬鹿にならない。

 五軒家は、独自コンテンツの制作に没頭していた。

 YouTubeでの公開も考えたが、内容的にそれは難しかった。

 このままでは、今いる人間だけでは集客は厳しい。

 だから、外部の力を使うという決断を下した。

「地上波でも、AV女優を使ったバラエティ番組は多い。だが、それを真似したところで、所詮は下位互換になるだけだ。とはいえ、方向性は明確にしなきゃならない。今の俺たちには新しい何かを生む力はない。だからこそ」

 全員が、五軒家の言葉に耳を傾けた。

「とある番組を買い取ることにした!」

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