第8話 空白の期間②

 栗生はパソコンに向かい、何かをぶつぶつと呟きながら、ポテチとコーラをむさぼっていた。

 岡島はその下の低い机で胡坐をかき、ノートパソコンで作業中だ。

 五軒家はスマホをいじっている。

 そして、美玖は黙々と掃除をしていた。

 最初こそ栗生は「触るなー!勝手に掃除するなー!」と叫んでいたが、次第に諦めたのか、静かに作業へ戻った。

「何で急に落ち着いたの?」

 美玖は床に落ちているゴミを、ゴム手袋をはめた手でひとつずつ拾い、大きな袋に詰めていく。

 その中にはAVのDVDや、使用済みティッシュも混じっていたが、気にする様子もない。

「いやあ、五軒家くんから破廉恥な匂いがしたから、あんたとヤったのかと思ったなりが、誤解だったなり」

「え?」

「僕、鼻が利くなりよ。童貞かどうかは匂いでわかるなり!

 どうやら、あんたとは違ったみたいなりけど、誘われたのは事実みたいなりね」

「誘われた……?」

 昨日の夜、妹の美桜が、遅くまで五軒家の家にいたと聞いた。

 つまり、誘ったのは美桜の方ということになる。

「五軒家くん? 美桜と何もなかったんじゃないの?」

「ああ、何もない。隠すつもりはなかったが、誘われたのは誘われた。でも、ちゃんと断った。安心してくれ」

「そ、そうなりか! たしかにそんな匂いはしないなり。身の潔白、証明されたなり!!」

「よかったな、五軒家」

 岡島が笑いながら声をかけてきた。

「あ、ああ……」

「これから一緒に、理想のAVを作っていこう!!」

 栗生が手を差し出した。五軒家はその手を取り、しっかりと握手を交わす。

「な、なんなのあんたたち……」

 美玖は、あまりのやり取りに呆れた様子だった。

 だが、五軒家は後悔していなかった。

 もし、あのとき断っていなければ、仲間を失っていたかもしれない。

 この男は、たとえ嘘をついても、犬並みの嗅覚でそれを見抜いてしまうのだ。

「え、あんたたち3人とも……童貞なの?」

「そうだが?」

 岡島があっさりと答えた。

「うむ」

 栗生も頷く。

「ああ」

 五軒家も答えた。

 美玖はあんぐりと口を開けた。

「えぇ……セックスしたこともないのに、AV作ろうとしてるの?」

「そうだけど?」

 五軒家が平然と返す。

「それって、料理したことないのにレストラン開くようなもんじゃない?」

 岡島が即座に反論する。

「いやいや、レストランには調理師免許が要るけど、AV作るのに免許はいらないから」

「そういう問題じゃなくてさ……」

 美玖は思わずため息をついた。

 メイクとして仕事に関わるのはいいが、これでいいのかという気持ちもあった。

「何か問題が?」

 岡島に言われ、美玖は言葉に詰まった。

 芸能界も、この地元も、童貞は「変わり者」扱いされる傾向があった。

 だが、この3人には、そういう童貞コンプレックスがまるでない。

 そもそも、女性と関わる発想自体が薄いのだ。

 もっとも、関心がないわけではない。

 落ちているゴミやAVから察すれば、興味はある。

 栗生も美玖を拒絶していたわけではないのが、少しわかった。

「まあ、そんなことどうでもいいじゃん」

 岡島は空気を切り替えるように言った。

「手続き関係は岡島くんに任せて……カメラとメイクはどうにかなったけど、男優と女優は何人集まったの?あと監督。誰がやるの? 演出は私たちで決めるにしても、専門家の意見は必要でしょ?」

「募集人数は10人程度。監督候補も何人か含まれてる。けど、懸念すべきなのは、ニンジャだな」

「ニンジャ?」

 美玖が眉をひそめた。

「同業他社のスパイだ。AV新法を悪用して、契約の不備を突いて小規模メーカーを潰す連中がいる。大手は多少の損害があっても倒れないが、俺たちみたいな小さいメーカーは、一撃で終わる」

「確かに……」

 岡島も頷いた。

「うちは内部留保もほとんどないし、回収が発生したら破産コースだ」

 最終的な人事は、五軒家が担っている。

 彼は応募フォームに届いた顔写真やプロフィールを確認しながら、慎重に選別していた。

「年齢や条件を無視してる奴が数人。明らかな冷やかしもいる。だから、多めに取ったとしても、本採用は3人くらいだな」

「他の部署に回すってのはどう? 出演条件は18〜25歳でも、スタッフまでその年齢にする必要は……」

「いや、それも年齢そのままでいく」

 五軒家が言い切る。

「俺らが思ってるより、大人ってやつは“数”にこだわる。業界歴が何年とか、売上が何千万とか、女を何人抱えたとかまるで、経験人数で人間の価値を決めるような奴らばかりだ。俺たちは、そんな価値観に乗っかりたくない」

 静かな口調だったが、五軒家の言葉には確かな熱があった。

「売上も大事だ。けど、今はまだ心から納得できるものを作る段階。そこを飛ばしたくない」

 その言葉に、栗生はゆっくりと頷いた。

「……そういうもんなんだな」

「でもさ、健吾はどうして整形していないところにこだわるの?」

 美玖が尋ねた。

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