春が立つ

lager

第1話

 あら、いらっしゃいませ。

 どうされました、こんな山奥で?

 え?

 わたくしでございますか?

 ええ。ここに一人で住んでおります。

 まあ、道に迷って?

 それは大変ですわ。もう日も暮れてしまいますでしょう。

 良かったら泊まっていかれてはどうかしら。


 構いませんわ。

 もうしばらくここに一人で住んでいるものですから、たまにお客様がお見えになったときには、おもてなしをさせていただいておりますの。

 ええ。たまに、あなたさまのように、道に迷っておいでになる方もいらっしゃいますのよ。

 決まって春先に。


 山菜採り?

 そうですわね、この辺りでは、オニノメ、ハガクシ、シタヌキなんかも採れますものねえ。

 あら、ご存知ない?

 ワラビにゼンマイ?

 ほほ。それは、平地の方々にとってはそうなんでしょうけど、この辺りは随分山の奥ですから。

 ちょうどようございました。

 実は、今日の夕餉を少々作りすぎてしまいまして、一緒に召し上がっていただければ、わたくしも助かりますわ。


 いい匂いですか?

 ええ。一昨日獲れた鳥の肉でございます。

 ちょうどよく煮えている頃合いでしょう。

 本当に、ちょうどようございました。

 え?

 廊下が長い、ですか?

 そうでしょうか。わたくし、ずっとここに住んでいるものですから、あまり意識したことはございませんが。

 あ、そちらの半開きの扉には、お触れになってはいけませんわ。

 ええ、閉じてもいけません。それ以上開けてもいけません。

 なんで、って。

 ほほほ。そういうもの、とだけ覚えておいていただければよろしゅうございます。


 さあ、着きましたわ。どうぞおかけになって。

 そちらの座布団をお使いください。 

 あら、囲炉裏が珍しゅうございますか?

 最近は平地の方々はお使いにならないんですものね。

 ええ、ええ。以前にお招きしたお客様もおっしゃってましたわ。

 いま、お椀とお箸を持って参りますわね。

 あ、あまり火の傍を離れない方がよろしゅうございますわ。

 ええ。離れたからといって、直ぐにどう、ということはございませんけれど、念のため、ね。

 ほほほ。


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