第2話

「父上!宜しいでしょうか!?」


「どうしたローレンス、入れ」


ローレンスが父の部屋に入ると、アルヴィンもいた。リーヴスのデスクには手紙が2通置いてある。


「それはもしかして、キャロルからの手紙でしょうか?」


「そうだ。ローレンスところにも届いたと聞いたが…あぁ、キャロルのことで相談しにきたのか?」


「えぇ、そうです。シンディはいつもの事だと笑っていましたが、キャロルはどうやら複合魔法を改良しているようなのです」


ローレンスが慌てているのにも訳があった。キャロラインがこれまで改良したことがあるのは、元素魔法のみで、これはもともと使う人によって多少かたちが変わり、変化させやすい魔法であった。


だが、複合魔法のように魔法陣を使用する魔法は、簡単に改良できるものではない。というのが常識なのである。それこそ王宮の専属の研究者たちが何十年かに一度、開発をする程度だ。


「ローレンス様、私もいまリーヴス様にその件を報告申し上げたところです」


アルヴィンが言う。


「複合魔法の改良なんて…いやキャロルなら出来るかも知れませんが、危なすぎます。父上、止めて下さい」


「そうだな、私もキャロルのことを思えば今すぐ止めなさいと返事をしたいところだが、これはウォルズ領を救うかもしれない魔法だ」


ローレンスにもそんなことは分かっていた。


「ローレンス様、私は先ほどこの魔法を試して参りました。きちんと発動し、安全なことは確認済みです」


「しかし…」


ローレンスは、キャロルが心配だった。ハロルドはキャロルの魔法好きは分かっているだろうが、どれほどキャロルが危険なことをしているのか理解していないとローレンスは考えていた。


「ローレンス、お前に頼みがある。キャロルはこの魔法を魔力石を使って試したいそうだ。お前にはウォルズ領まで魔力石を運んで欲しい」


えっ?とローレンスが声をもらす。


「キャロライン様には魔力石の使い方はお教えしてませんから、教えられる人物が必要だと相談していたところです」


「行きます!行かせて下さい!」


これでキャロルを止めに行けるとローレンスは思った。これ以上の魔法の開発は何としても止めさせなければいけない。


「よし、ではローレンスよ魔力石をウォルズ領まで届け、安全に活用出来ることを確認してこい。これが成功すればウォルズ領は今の状況を脱することができる。我がウォード家はウォルズ領を全力で支援すると決めた」


「はっ、承知しました」


こうしてローレンスは大量の魔力石を持って、キャロルの監視に向かったのであった。



数日して私の元にウォード家から手紙が届く。まずはシンディの手紙から封を切る。


そちらには魔法の本がないだろうと嘆いていたけど、どうやら今度は使うことに楽しそうで何よりです。と書いてある。


確かにウォルズ領には魔法の本がないだろうから、それだけが唯一の嫌な点だと私はシンディに話していた。


「なになに…何故私だけ留守番なのかとリーヴス様に毎日苦言を申し上げている?…どういう意味かしら」


続けてアルヴィン先生からの手紙を開ける。


「えっ!?もっと強度をあげておかないと臭虫は破るおそれがある!?そうなの!?」


結界の網目はもっと大きくても大丈夫だろうから、その分、強度を上げれば良いでしょう。と続けて書いてある。


……あっ!もしかしたら、臭虫って私の想像している虫と違うのかも知れない。さっそく考え直さなければ。


次はリーヴス様のだ。魔力石について聞いたのだが、


「えぇぇえ!!大変!!ローレンス兄様が魔力石を持ってくる!!!?」


手紙にはローレンスが必要そうな魔力石を持っていくから試してみるといいと書いてあり、使い方はローレンスにきちんと習うように。2年はウォルズ領で共に領土の復興を手伝う????


もう何がなんだか分からない。急に大事になってしまった。リーヴス様も一度相談してくれればいいものを。とにかくお父様とお母様と、それからメアリーにも相談をしていろいろ準備をしなくては。


「…ローレンス兄様、この環境に適応できるかしら」




それから、2週間しないうちにローレンス兄様が到着する。


「よく来た、ローレンス」


ローレンス兄様は伯爵家の息子なので、身分も上なのだがお父様は普通に甥っ子として接している。


「マシュー叔父様、お久しぶりにございます。マーガレット伯母様もお元気そうで何よりです」


「ローレンス、よく来ましたね。長くこちらで暮らすと聞きましたが、見ての通りここでの生活は向こうとは違います。大丈夫ですか?」


「えぇ…覚悟はしてまいりました」


「それなら良かったです」


母がにこりと微笑む。


「ローレンス兄様、私のせいでこのような事になり申し訳ありません」


ローレンス兄様にこちらに来てもらうことになったのは、完全に私のせいだ。


「いや、キャロル。僕が行きたいと申し出たんです。ハロルドもよろしく頼みます」


「ローレンス兄さん、遠くからようこそいらっしゃいました。ウォルズ領の為にありがとうございます」


その日はハロルド兄様とローレンス兄様と歓談して、明日から魔力石について教えてもらう事になった。



ローレンス兄様と一緒に来た護衛は、荷物を屋敷に下ろすとすぐに帰っていった。私たちに気を使ってくれたのだろう。荷物には魔力石はもちろん、食料も沢山積まれていた。


私はここ数日の間、ローレンス兄様が来た時のために魚取りの練習を毎日かかさずしていた。貴族の食事しか知らないローレンス兄様にパンとスープの毎日はあまりにも酷だと思ったからだ。だが、これだけの食材があればしばらくは魚料理の出番はなさそうだ。



次の日。


待ちに待った魔力石を教えてもらう日がやってきた。正直昨日は楽しみすぎて、よく眠れなかった。


「おはようございます!ローレンス兄様」


すでに食卓についているローレンス兄様に挨拶をする。


「おはようキャロル。顔がニヤけています。言っておきますが今日は魔力石の使い方を教えるだけです。まだ開発したという魔法を試すわけではないですよ」


ローレンス兄様に釘をさされる。


「わかっています。でも使い方を覚えたら、試してみてもいいのでしょう?」


「それはそうですが…」


「まぁまぁ2人ともとりあえず朝食にしましょう。ローレンス、キャロルを宜しくお願いしますね」



朝食を食べ終え、さっそくローレンス兄様に魔力石について教わる。


「魔力石は知っての通り、魔力を溜め込んだ石です。小魔力石、中魔力石、大魔力石と大きさがありますが、元は魔物から取れる魔石。一つ一つ大きさが違いますし、溜め込まれている魔力量も違います」


うんうん、このあたりまでは本にも書いてあったし私でも知っている。


「魔力石の使い方には大きく2種類あります。魔力石をはめ込むことで起動する魔法と、発動は人の手で行い維持を魔力石が行う魔法です。魔道具に使われているのは、基本的には魔力石をはめ込むと起動するタイプの魔法が多くなります。今回キャロルが行おうとしているのは、もう一つの魔力石を維持するために使う魔法であっていますね?」


「はい!」


「それには魔法陣にも魔力を供給するための陣を描く必要があります。今回キャロルが開発した魔法は、すでにアルヴィン先生から安全だという保証はいただいております。キャロルも発動まではすでに試しているんですよね?」


「はい!何度か試しています。魔法陣にも魔力を供給する陣を描いていますが、そちらについてはまだ試せていません」


アルヴィン先生に出した魔法陣から強度や網目の大きさなどを改良しているが、先生からの指示だったしそのあたりは問題ないだろう。


「まずは魔力石をはめた状態で魔法が発動できるか確認するのが1段階目です。それが確認できたら次に魔力石から供給できるようにするのが2段階目。これには少しコツがあるので実際に石を使いながら後ほど教えます。今日は魔力石をはめた状態の魔法陣の発動を確認しましょう。それが終わったら今日は僕に町を案内してもらえると助かります」


さっそく町の畑にでて魔法陣を試す。中魔力石はテニスボールくらいのサイズの塊の魔石だ。それを畑に置き、魔法陣を描いていく。『発動!防虫バリアーハウス』


いつも通り問題なく発動できた。


「少し見てもいいでしょうか?」


ローレンス兄様がハウスの中に入っていく。アルヴィン先生からの指摘を受けて、ハロルド兄様にみてもらいながら魔法陣を何度か改良した。ローレンス兄様は魔法陣やハウスの強度などを調べているようだ。


今は魔力を私から魔法陣に供給し維持している。今日のローレンス兄様の話では、魔力石からの供給に切り替える必要があると言っていた。


んー…。魔力石にも魔法陣をつなげればいいのかな?いやすでに繋がってはいるから魔力を通してつなぐ?


ローレンス兄様がハウスをいろいろと調べている間に、私もいろいろ試してみる。魔力石にも魔力を流してみたが変化はない。今発動している魔力は私の魔力だが、魔力石に込められている魔力は別のものだからだろうか。


探知サーチを使うと人によってそれぞれ魔力の波長が違うこと分かる。そのため、元素魔法はその人の魔力の質や量によって形が変わるのだ。


探知サーチ』を使い魔力石の魔力と、自分の魔力の波長を確認する。魔力石の魔力は、少し荒々しい。私の魔力を弾いているようだ。これらをつなげる…


「『接続リンク』」


「えっ!!?」


ローレンス兄様がハウスの中で声を上げる。


「キャロル…もしかして魔力石につなげましたか?」


私から魔力は流していない。だが防虫バリアーハウスは維持されたままだ。


「…はい。よく分かりませんが、出来たようです」


はぁぁ。とローレンス兄様が深いため息をつく。


「ハロルド、僕たちの妹は本当に天才ですよ。だけど危ない。見たでしょう?勝手にこういうことをするのです。あれだけ教えてからだと言ったのにです。ですからハロルド、お前もちゃんと監視しなくてはダメですよ」


「ローレンス兄さん、これは危険なことなんですか?」


「そうだよハロルド。ハロルドにも僕がここにいる間に魔法のことを教えていくつもりだけど、そもそも複合魔法の改良自体危険だ。それにキャロルがいまやった魔力石からの魔力供給は、自分の魔力と魔力石の魔力、いわば他人の魔力をつなげる作業をしなくてはいけない。本来は相容れないものをつなげるんです。失敗すれば他人の魔力でダメージを受けます」


「「……知らなかった」」


私も一緒に反省する。そんなこと聞いたことがなかったし、そこまで危険な作業だとは思っていなかった。複合魔法の改良についても、昔は用途に合わせて開発され今の複合魔法があるとどこかに書かれていたし、そのように使うことが当たり前だと思っていた。


「まあ上手くいったようですし、ひとまず良かったです。身体は何ともないですか?」


「はい、ローレンス兄様。問題ありません。あの、出来てしまいましたが後ほどきちんと教えていただいてもいいでしょうか?」


「もちろんです。ハロルドにも覚えておいてもらいたいですし、帰ったら講義をしましょう」


「ありがとうございます。宜しくお願いします」


そのあと町長のジョーゼフさんに挨拶したり、町の畑を見回ったりしてから屋敷にもどり、魔力石の講義を受けた。そして明日からの作業について3人で相談する。領地のことなので、領主であるお父様がいるべきなのだがどうやら中心街の実務はほとんどハロルド兄様に任せているらしい。


本人はといえば、領地の見回りをしながら魔物を討伐しているらしい。数日帰ってこないこともあり、たまに戻ってきては魔物の肉を持ってきてくれる。


「今日張った防虫バリアーハウスが問題ないのであれば、明日から早速、畑に張っていけると嬉しい。ローレンス兄さん、どうでしょうか?」


「そうだね、そうした方がいいでしょう。僕が想像していたよりもここの状況は深刻でした」


「えっと…それは良いのですが、中魔力石の値段というのはいくらくらいなのでしょう?そのあたり私の方ではまったく計算してなくて…採算がとれるのかどうか…」


「キャロルそれなら問題ない。俺が計算しておいた。あの面積で中魔力石1つならだいたい大銀貨5枚だ。少々高くつくが今よりも収穫量はあがることを考えれば十分だよ」


そのあたりの計算は私にはよくわからない。ハロルド兄様が大丈夫だというなら大丈夫なのだろう。


「ハロルド、もちろん父上はウォルズ領には安く売ると言ってます。この魔法が広がれば必然的に中魔力石の需要も増えますからうちにもメリットがありますからね。中魔力石なら大銀貨3枚で良いそうです」


「本当ですか!!!?それならば相当な数の防虫バリアーハウスが建てられる!」


「もちろん、魔力石の支払いは収穫まで待つそうです」


「っっ!!!!? そんな…それはあまりに」


「父上はマーガレット伯母様のことをそれはもう大切にしていますから。それから、伯母様にそっくりのキャロルのことも手放したくないと言っていたほどです。その気持ちは僕も同じです。大切な家族のためになら、そのくらいは当たり前かと思います」


「ありがとうございますローレンス兄さん」


ハロルド兄様がこれでもかというくらい深々と頭を下げている。私もつられて頭を下げる。


どんどん話が進んでいることに心配を覚えつつも、ウォルズ領がこれで少しでも豊かになってくれたら嬉しい。せめて領民が食うに困らないくらいには豊かにしたい。


「キャロル、ということだから明日から僕の持ってきた魔力石を使って各地に張っていきましょう。ハロルドはどこから張れば良いか考えておいてくれますか?」


「「はいっ!」」



次の日から3人で、領地を回る日々が続く。ハロルド兄様が領民へ説明を行い、私は次々と防虫バリアーハウス張っていく。ローレンス兄様は、中魔力石をレスター領から大量に取り寄せてくれた。


3ヶ月後には次々と作物が育ち、1年後にはハロルド兄様も防虫バリアーハウスを発動出来るようになり、ウォルズ領の農地は着々と復興に向かっていった。



「お前たちのおかげで領民に笑顔が戻った。何より食料の心配をしなくて良くなったのは大きい。本当に感謝している」


お父様が頭を下げる。


今日は久しぶりに屋敷に戻ってきている。この1年、防虫バリアーハウスを各地に建てながら、すでに建てた場所の経過観察も行ってきた。


「私からも感謝を。特にローレンス、2人を支えてくれて本当にありがとう」


ローレンス兄様は、ハロルド兄様には領地について助言や相談役になってくれ、私には魔法の開発についての相談、というかストッパーになってくれていた。何度か地域に合わせた改良をしようとしたのだが、経過をみている最中なのだから早いと止められた。


「マーガレット叔母様、僕が好きで行っていることです。それにこの1年学ぶことが沢山在りました。あと半年も経てば戻らなくてはなりませんが、正直まだここで2人と領地を回りたいくらいです」


12歳になれば王立高等学院に通うことができる。貴族のほとんどがここに通い、領主としての勉強、騎士としての訓練、文官になるための勉強などそれぞれ目指す職業に合わせて学ぶことができる。ローレンス兄様も来年は12際になる歳だ。その為、王都にいかなければならない。


「そういってもらえると嬉しいわ」


「そうだキャロル、1年経ち効果も確かめられましたし、この魔法を開発者登録をしておいたほうが良いでしょう」


「開発者…登録ですか?」


「そうです。国に申請を出して王に認めてもらえば、その魔法の開発者として名を残せます。この魔法はきっと広く知られるようになるでしょうから、そうすればキャロルはもちろん、ウォルズ領が評価されるはずです」


特に名を残したいという思いはないが、ウォルズ領を出ていった領民が戻ってきてくれたら嬉しい。実際のところ、最近の問題は領民が足りないことだ。いくら臭虫くさむしを防げても、作物を育てる人がいなければ意味がない。


「分かりました。そうします」


「では、アルヴィン先生にご相談するといいでしょう。手続きについて教えてくれるはずです。もしかすると王都へ呼び出しがかかるかもしれませんので、準備もしておくと良いでしょう」


分かりました。と返事をする。


「そうだハロルド、隣のライドン侯爵が今度うちの領を視察したいらしい。どうやら防虫バリアーハウスの噂を聞いて気になっているようだな。奴のことはあまり好きではないが、招かないわけにはいかない」


ハロルド兄様の話では、隣のライドン領の農地も臭虫の被害がひどいと聞いた。収穫量は減っているというのに、領民は納められなかった分が翌年に繰り越されていき、貧困にあえいでいるらしい。


ハロルド兄様もローレンス兄様もその辺りをしっかり調べていて、早いうちに話がくるだろうと言っていたのだ。


「そうですか。予想はしてました。問題ありません。対応しましょう」





数日後すぐに返事があり3日後に視察にくるという。


「ずいぶん早いな」


「よっぽどキャロルの魔法が気になっているのでしょう」


「それは嬉しいですが、今のところ私とハロルド兄様しかこの魔法を使えないのですから、視察にきても意味がないと思うのですが」


「ただの視察ならね」


ん?ハロルド兄様はずいぶんと含みのある言い方をする。


「ただの視察ではないと?」


「俺は少なくともそう思っているよ。何か仕掛けてくると思う」


「僕もそう思っています。ライドン侯爵はここ数年、中心街の開発を進めています。ただその開発の財源基盤は農地からの収益でまかなっていた部分が大きかったと聞いています。今回のキャロルの魔法は何に変えても欲しいはずです」


なるほど。別に魔法は減るわけではないので教えるのは構わない。


「1番の可能性としては、キャロルを嫁にもらいたいとか言ってくると思っている」


「えっ!?????私まだ8歳だけど????」


「キャロル、貴族の令嬢ならもっと前から婚約者がいてもおかしくない年齢ですよ。ライドン侯爵なら自分の妻にとでも言ってきてもおかしくない」


「えーーーーー!!!ライドン侯爵って何歳ですか?」


「多分、30歳後半くらいでしょうか?」


ないないないないない。ありえないって。犯罪じゃないそれ?ダメでしょう。


「そんなの絶対に嫌です!!!」


「分かっているさキャロル。父上もそんなことは絶対に許さないから大丈夫だよ」


ライドン侯爵は私の敵だ。そもそも領民を自ら苦しめてるような領主なんて、ろくな奴ではない。




3日後、予定どおりライドン侯爵がやってきた。いかにも貴族らしい恰幅のいい体型をしている。


「やあ、ウォルズ子爵。この度はこちらの要請にお応えいただき大変感謝する」


「ライドン侯爵、ようこそいらっしゃいました。こちらレスター伯爵のご子息、ローレンス様です。領の復興にお力添えいただいております。正直なところ領のことは彼と息子たちに任せきりなので、その辺りの案内は彼らにお願いする予定です」


「ローレンス・ウォードです。今回、ハロルドと共に町を案内させていただくことになりました。この1年、防虫バリアーハウスについては彼と進めてきましたので、明日はいろいろとご説明させていただきます」


ローレンス兄様に続き、私とハロルド兄様も挨拶する。私が名乗ると、じろじろと見られた気がするが気のせいだと思いたい。


「これはこれは、このような地でレスター伯爵のご子息にお会いできるとは。明日はキャロライン嬢はご一緒なさらないのか?なんでもこの魔法はキャロライン嬢が開発したと噂を聞いていたが」


「キャロラインはこの通りまだ子供ですので、侯爵に失礼があってはいけないかと」


「かまわんよ。お前の娘は随分と魔法に熱心だと聞いている。さぞ聡明なんだろう」


お父様と兄様2人が渋い顔をしている。なるべく私のことをライドン侯爵から離そうと計画していたのだ。


「承知しました、いいなキャロライン」


「はい、お父様。ライドン侯爵、宜しくお願いいたします」


ライドン侯爵はお父様たちと屋敷へ入っていく。防虫バリアーハウスを説明すると言っても1時間もあれば十分足りるので、明日案内をしながら説明をして、明後日の朝には帰ってもらう予定だ。実質、明日1日乗り切ればあのデブとはおさらばだ。



侍女のメアリーや料理人のジェフも侯爵を招くとあって、今日までいろいろと忙しいそうしていた。メアリーは流石、テキパキと準備を進めていたのだが、ジェフはお父様以上の貴族に料理を出したことがないと、ひどく自信を無くしていたので前世の知識から少しだけアドバイスをしてみた。


夕食の様子を見る限り、綺麗に食べていたのでご満足いただけたに違いない。あの体格では足りなかったのではと心配になったが、うちの領が豊かではないことも分かっているだろうし大丈夫だろう。



次の日、2人の従者を連れたライドン侯爵を兄様2人と一緒に町を案内する。とはいっても、ハロルド兄様とローレンス兄様が侯爵のお相手をして私は後ろからついて行くだけである。


だが町へ出てすぐ、いつもと様子が違うことに気が付く。


「作物が…」


あるはずのものがそこにない。代わりに収穫間近の作物が荒らされている。


「どうかしたのですかな?」


ライドン侯爵が不思議そうにあたりを見渡す。


「ここの作物の周りには全て防虫バリアーハウスを設置済みだったのですが、消えてしまったようで…少し調べても宜しいでしょうか?」


ローレンス兄様が侯爵に提案する。


「私も行こう」



3人でハウスの魔法陣があったあたりを見回る。


「こっちもない…」


「こっちもです」


「俺のほうもです」


この辺りは1番最初に設置した場所だったので、もしかしたらちょうど魔力石切れてしまったのかとも思っていたが違った。



魔力石が無くなっている。



考えたくはないが目の前のこいつが何かしたのではと勘ぐってしまう。


「何か分かりましたか?」


平然とした顔で聞いてくる。まだこいつがやったと決まったわけではないが、こんなタイミングよく魔力石が盗まれるだろうか?


防虫バリアーハウスの魔法陣は魔力石から魔力を供給して維持する仕組みになっています。ここら辺一体にはすでに防虫バリアーハウスを設置していたのですが、どうやら魔力石が盗まれてしまったようです」


ローレンス兄様が説明をしてくれる。


「なんと…視察できる防虫バリアーハウスが無くなってしまったと?そういうことですかな?」


「そうですね。ただ防虫バリアーハウスだけでしたら、今から作ればお見せすることは出来ます」


ハロルド兄様がローレンス兄様を視線を交わし、あったはずの場所に再度防虫バリアーハウスを建てる。もともと何個か魔力石を持ってきていて建てる様子も見せることになっていたのだ。


「ほお…これが。近くでみてもいいかね?」


ローレンス兄様がライドン侯爵を防虫バリアーハウスの中へ案内する。




「一体誰がこんな真似をしたのでしょう?」


ハウスから少し離れた場所でハロルド兄様に声をかける。


「これは予想外だったよ」


ライドン侯爵がやったという意味だろうか。


「でも魔力石だけあっても意味がないですよ?」


「その通りだ。いや…こうなると本当にキャロルが危ないかもしれない」


「どういう意味です?」


「いや、はっきりとそう決まったわけではないし、帰ったらローレンス兄さんと相談しよう」


確かに今はライドン侯爵も近くにいるし話しべきではないだろう。


ライドン侯爵はハウスの中に入り、大きさを確認したり、強度を確認したりしているようだ。ローレンス兄様にも色々と質問をしている。よほど興味があるのだろう。


じっくり観察をしたあと、ようやくハウスから出てきた。


「これから町を案内する予定でしたが、魔力石が盗まれたことをウォルズ子爵にお伝えして判断を仰ぎたいと思います。盗人がいるとなると、ライドン侯爵も町を歩かれるのは危険でしょうし、一度屋敷にお戻りいただいても宜しいでしょうか」


「かまわない。私は防虫バリアーハウスの視察が目的だったが、先ほどじっくり見られた。あとは欲を言えばこの魔法陣を紙に書いて教えてもらいたいのだが?」


「ありがとうございます。魔法陣については研究の最終段階といったところでして、いま開発者登録の手続きを進めているところでございます。そちらが済みましたら、一般的に公開することは可能になるかと思います。それまではご容赦いただきたく」


そう、先日ローレンス兄様に言われた通り、アルヴィン先生に相談して開発者登録の手続きを進めている。なんでも、登録がされると一般的にも魔法陣が公開されることになるらしい。


だけど基本的には、複合魔法を本で習得するには難しく人から教わるのが普通なのだと教えられた。


「うむ、承知した。そんなに時間がかかることでもあるまい。待つとしよう」


意外とすんなり引き下がった。てっきり、わがままを言って無理難題をふっかけてくるかと思っていたが。


「ご理解いただき感謝申し上げます」






屋敷にもどりお父様に町での出来事を伝える。


「何だって!???あそこはもうすぐ収穫だった辺りじゃないか!!!」


お父様が立ち上がり大きな声を出す。


「マシュー様、ライドン侯爵がおられるのですからどうか落ち着かれてください」


お母様が、お父様をなだめる。


「これは失礼をした。…しかし、何てことを」



ライドン侯爵は安全のため屋敷で過ごすことになった。予定通り明日の朝にはここを発つ予定だ。


私は兄様2人と2階へあがる。


「ローレンス兄さんはどう思いますか?」


部屋に入るなり、ハロルド兄様が話し出す。


「ハロルドと同じことを心配していますよ。キャロルが誘拐されるのではと」


「えっ…?私が誘拐?」


ローレンス兄様は何を言い出すんだ?お嫁に…という話は聞いていたが誘拐というのは初耳だ。


「やはりそう思いますか」


あれ?ハロルド兄様も何故か納得している。2人とも同じ結論にいたっているらしい。


「あの…どうして私が誘拐されるのでしょう?お嫁に行くという話ではなかったのですか?」


「僕もライドン侯爵を見誤っていたようです。もしくはよっぽど領地経営が上手くいっていないか…。どちらにしても魔力石を盗むという強行を働いた以上、その魔法の使い手にも同じような強行を取ってくるでしょう。そしてもちろん狙うなら、まだ8歳の少女のほうが捕まえやすいと考える」


最悪、捕まったとしても力ずくで逃げる自信ならある。


「私であれば捕まったとしても逃げられます。それよりも馬車に積まれている魔力石を取り返しませんか?」


畑から屋敷に戻ってくる間、万が一のことを考えて探知サーチを展開していたのだが、屋敷近くに停めてある馬車から魔力反応があったのだ。波長からして魔力石で間違いない。


「はぁ、キャロルはもう少し自分の身を大事にしてください」


「確かにキャロルなら逃げられそうだが、魔力石を取り返すのは正直難しいよ。しらを切られて終わるだろうね」


「どうしてです?」


証拠が目の前にあるっているのにそんなのは絶対におかしい。


「それは、うちが子爵家でむこうが侯爵家だからさ。侯爵家に違うと言われればそれに従うしかない」


「キャロル、残念ですがハロルドの言う通りです。裁きにかける場合には、国の諮問機関を呼ぶ必要があります。それにはもっと明確な証拠が必要になるでしょう。今のままでは手土産に持ってきたものだとでも言って、逃げられるのが目に見えています」


えー?そんな嘘も暴けないほど諮問機関は無能なの?それとも相手が上位の貴族だと判断が甘くなるのか。


「でしたら、明確な証拠をおさえましょう。私があえて誘拐されて言質をとります」


「いいですかキャロル。あなたが言質を取っても、諮問機関に問われれば彼らはしらを切るに決まっています。そして悲しいですがそれが通ってしまうのです」


「いいえ、ローレンス兄様。まだ構想段階ですが良い魔法があります」


私は以前から考えていた魔法を2人に説明する。名付けて『転話テンワ』。前世の知識でいう電話だ。起動すると周囲の音を拾い、対になっているもう一つの魔力石に音を飛ばすことができる。これを直接、諮問機関に聞かせればいい。


「「・・・・・・・」」


「どうでしょう?魔力石がもったいないのでまだ作ったことはありませんが、理論上はできるはずです」


これは探知サーチ接続リンクを応用した魔法だ。魔力はそれぞれ生き物や魔力石などによって微妙に波長が違う。それを利用し一つの魔力石を二つに分け、同じ波長同士が同じ動きをするように魔法陣を作った。使用者が魔力を流すことによって起動し、周囲の音(前世の記憶からこれは振動だと習ったが)を拾うことが出来る。


「キャロライン、それは例えばキャロルがライドン領にいながらここにいる僕たちと会話が出来るというそういう意味でしょうか?」


「そういう意味です」


「でもまだ作ったことがないんだろう?そんなことが本当にできるのか?」


「ハロルド、あなたはまだキャロルの事を分かっていないようです。キャロルがレスター領でどれだけの魔法を生み出したか…閃いた次の日にはその魔法はいつも完成していましたよ」


そんなに褒められると照れるが、まあだいたい思いつくと徹夜でどう仕上げるかを考えていたから次の日には確かに出来上がっていた。


「とりあえずキャロルにはその魔道具の製作に取り掛かっていただき、僕とハロルドで作戦を立てましょう。このままあの侯爵の言いなりになるのは嫌ですからね」


ローレンス兄様も畑を荒らされたことをやはり怒っていたようだ。私もあの侯爵は許してはいけないと思う。



魔力石をとってきて早速加工していく。ペンダント型にすれば怪しまれずに持っていられるだろう。魔法陣はそこまで複雑ではない。


「できたっ!」


あっという間に、ペンダント型の通信機ができた。さっそくローレンス兄様たちのところへ持って行く。


「キャロル、まさかもうできたのですか?」


「はい、ローレンス兄様。試してみたいので、こちらを持っていていただけますか?」


私は自室に戻りペンダントに魔力を流す。


「もしもし、ローレンス兄様。聞こえますか?」


『あ…あぁ。聞こえている。本当にキャロルの声だ』


「お近くにハロルド兄様もいらっしゃいますか?聞こえますか?」


『…聞こえる』


「問題なさそうですね。いまそちらに行きます」



ローレンス兄様たちの部屋に行くと、ペンダントを2人で眺めていた。


「キャロル、君なら作れると思ってはいたけど実際に使ってみると本当に信じがたい魔法です」


「キャロルは本当にいろんな魔法を思いつくね」


前世の記憶を参考に便利なものを魔法で再現しているのだから、そう思われるのも当然だ。


「私はただ魔法が好きなだけですよ、ローレンス兄様、ハロルド兄様」


「キャロル、この魔法は父上に報告しなくてはいけないでしょう。おそらく父上も国王に報告しなければならない。もしかしたら、禁じられる可能性もある。申し訳ないがそれだけは理解してほしい」


この国は魔法による文明発展を禁じている風潮がある。それは大昔に迫害された歴史を持つことに由来しているのだが。


「それは仕方ありません。国でそのように決まればそれに従いましょう」


しかし私たちは貴族だ。民を守る義務がある。自ら同じ過ちを繰り返す必要はない。


「よし、では作戦を説明しましょう」

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