第3話
「ふははは、これで私はまた…。さあ、よく聞きなさい。お前はずいぶんと魔法が好きなようだね?禁じられた魔法について知りたいとは思わないかね?」
どうやら私はローレンス兄様の作戦どおり、無事にライドン侯爵に拐われたらしい。兄様の作戦は単純なもので、私が1人で外に出れば必ず襲ってくる、そのあとは私が上手くライドン侯爵から話を聞き出し、転話のペンダントを使って手配した諮問機関に聞かせるというだけのこと。
もちろん危険が迫るようなことがあれば私は全力で逃げることになっているが、ローレンス兄様が諮問機関を手配するまでの数日間、ここライドン領でやり過ごさなければいけない。
「これはライドン侯爵、ここはどこでしょうか?私の屋敷ではないようですが」
おそらくライドンの屋敷だろうが、一応とぼけておく。
「私がお前をこちら側に招いやったのです。魔法が好きだと聞いたのでね。あのような貧乏貴族のところにいてもまともに魔法など学べないでしょう。私ならば禁じられた魔法を学ぶ機会を与えられる。私の妻として迎えてあげたのだよ」
げっ、本当に私を嫁にするつもりだったのか。確かに誘拐して既成事実を作ってしまえば……って、絶対にそれだけは阻止しなければ。
「ライドン侯爵、お気持ち大変光栄に存じます。禁じられた魔法も大変魅力的ですが、国の意に反することはしたくありません」
「ふん、国の意など気にすることはない。この国は近いうちに滅びる。南からの侵攻も満足に撃退できずにいることはお前も知っているだろう」
確かに、ここウィーズ王国は南の隣国マシーン皇国から侵略を受けている。戦線は維持されているようにみえて、長い年月でみれば実は徐々に侵略されているのだ。
「南からの侵略問題は承知しております。しかし近いうちにとは…」
「この国の歴史を知っていますかね。我々の末裔は魔法族。魔法を扱う民がそれを禁じて他国と争うなど無理な話なのです」
魔法族。それは迫害された時代、魔法を得意とした人たちの呼び名。魔法を扱えるかどうかは血筋によるものが大きく、魔力を持っていてもそれを扱えない者もいたらしい。かつて魔法族と呼ばれた我々の祖先とも言える一族は、数多の魔法を扱い今は滅びたブロック王国に仕え、長年国を支えたらしい。
「しかし私たちには剣技があります。十分に他国に対抗できる力を持っているかと」
「剣技か…ではお前は本当に魔法よりも剣のほうが強いとでも思うのかね?」
難しいところだ。魔法を
しかしそれは魔法があっての話。身体強化の魔法が使えない者たちはそもそも
「魔法のほうが強いかと…しかしそれでは歴史が繰り返されてしまいます」
「迫害の歴史がかい?それは我々の祖先が逃げたからいけないのだよ。国に対抗できる力を持ちながら、その力を自ら封じた。愚かな話さ。」
確かにそれもそうだが、歴史では数で押されたのではなかっただろうか。
「とにかく、お前は今日より私の領土のためにその力を使うのです。逆らえばお前の大切なものがすべて消える」
「っ…!」
おぞましい力がライドンから溢れだした。ライドンの魔力波長は気持ち悪いものだと思っていたが、いま目の間にしている魔力は気持ち悪いとかそんなレベルではない。たぶん触れたら死ぬ。
これはライドンという男は思っていたよりも面倒な相手かもしれない。慎重に対応しなければ私だけでなく皆が危ない。
「これが本来、魔法が持つ力だよ。禁じられた魔法にはこのような多くの偉大な魔法がある。それを使わないなど愚かなことこの上ないと思わないかね」
これが禁じられた魔法の一つだというなら、こんな不気味な力は禁じて正解だと思う。
「ライドン侯爵、どうかお力をお鎮めください。私の力でお役に立てるのであれば、いくらでも力をお貸しします」
「良かろう、私の偉大さが分かったかね。この領も
「
こうして私は護衛という名の監視役に連れられてライドン領の農地を回ることになった。これでとりあえず数日は大丈夫そうだ。その夜、軟禁部屋に戻り
「もしもしお兄様方、聞こえますか?」
『キャロル!!!無事でしたか!!!』
「しっ!お静かにお願いします」
『すみません。3日も連絡がなかったので何かあったかと心配していたのです』
「3日?私が拐われてからそんなに経っていたのですか?」
『そうですよ。父上に手紙を飛ばしましたが、すぐに諮問機関を派遣してくれるとありました。僕たちは予定通りウォルズ領の国境付近で待機しています。早ければ明後日には彼らと合流できるでしょう』
「分かりました。ではその頃からペンダントを発動させることにします。念の為、今後繋ぐときにはそちらで物音を立てないようにお願いします」
『キャロル、何かあればすぐに助けにいく』
「ありがとうございますハロルド兄様。ライドン侯爵は思っていたよりも魔法に長けているようです。お兄様方もどうかお気をつけて」
一瞬、ライドン侯爵の不気味な力について話そうとも思ったが、余計な心配もさせたくない。諮問機関に引き渡す以外に私が解放される道はないのだ。
それから2日間、領地に
夜に私の部屋へライドンがやってくるのではという不安があったが、さすがに8歳の幼女に興味はないらしい。昼間、着飾ったお胸の大きな女性を何人か見かけたし、私は完全に対象外のようである。
3日目になりライドン侯爵へ面会を求める。名目は
「ライドン侯爵、御目通りいただき感謝いたします」
「相談があると聞いたが?」
「えぇ、この2日で領地を回りながら
「なるほど、もっともですね。そのような人物を探しておこう」
「はい、それからもう一つ。魔力石が残り少ないです。あれらはウォルズ領から盗まれた魔力石なのでしょう?」
「だったら何だと言うのかね」
「いえ、ウォルズ領に魔力石の支援を頼むにも倉庫にも残り少なかったと思いまして」
「倉庫になければ今建ててある魔法陣から奪ってくれば良い。部下に命じて持って来させよう」
「なっ…今建ててある
「そんな金があると思うのかね。あそこの民が困ろうと私には関係のない話。私の領が潤えばそれでいいのだよ」
「…やはり私もあなたの領の為に拐われたのですか?」
「当たり前だ。私の領のために働けるのだから光栄だろう」
言質はとった。ペンダントも起動している。これで私の役目は終わりだ。
「えぇそうですね。では失礼します。お時間いただきありがとうございました」
ずっと書面を向いていた目がこちらを向く。
「変なことは考えないようにすることです。大切なものを消されたくなかったらね」
部屋に戻り一息つく。あとは諮問機関が動いてくれれば私は解放される。周りに
「もしもし、聞こえていますか?」
『キャロルですね。聞こえています。諮問機関の方々も側にいる』
「今ので大丈夫そうでしょうか?」
『問題ないとのことです。あとでこのペンダントについては調べる必要があるということですが』
「そうですか。では私は明日は残りの
『分かりました、任せてください』
次の日の朝、残り少ない魔力石をもって領地に向かう。できる限り
「おはようございます」
「あら、昨日のお嬢さん。今日も来てくれたのね」
「この辺りにも
私が全て建て終え畑からもどると、人だかりが見えた。
「何かあったのでしょうか」
今日はローレンス兄様たちが諮問機関の人たちを連れてくる日だ。それだけに何だか嫌な予感がする。
「なんの騒ぎだ?」
私の監視役の騎士が住民に尋ねる。
「これはお屋敷の騎士様。お屋敷の方から煙が上がっているのが見えるんですよ」
「何だと!?おい、すぐに戻るぞ」
足早に屋敷に向かう。近づくにつれ焦げたような臭いがしてきた。
「なっ…!?」
騎士が声をあげる。見えてきた屋敷は中心部分が崩れ落ちていた。騎士やメイドが右往左往しているのが見える。
「何があった!?」
「諮問機関の者が屋敷を訪れ、ライドン様に面会されました。身体がすくむような力を感じた後、突然屋敷が崩れたのです。私たちにも何が起きたのか分かりません」
「諮問機関だと!?ライドン様は!?」
「それが…瓦礫を撤去し捜索しておりますが、まだお姿は見えません。諮問官の1人は遺体でみつかっております」
「分かった。引き続きライドン様を探せ。……おい貴様、貴様の仕業だな?」
「私ですか?私はあなたと領地に出ていたではありませんか」
そう答えつつも、
「そうではない!まあいい、強がっていられるのも今のうちだ。ライドン様が許すはずがないからな」
監視役の騎士は笑みを浮かべながらどこかへ行ってしまう。どうやら私は解放されたらしい。
「いた。ハロルド兄様だ」
怪我人が集められている場所にハロルド兄様を見つける。
「ハロルド兄様!」
「キャロル!!!無事だったか」
ハロルド兄様は衣服が破けているものの、大きな怪我をしている様子はない。
「ハロルド兄様、ローレンス兄様は…?」
「屋敷の裏手にいる。怪我が酷いんだ。回復薬をもらって飲ませているんだが傷が治らない」
ここでは怪我人が集められ治療を受けているようだ。回復薬をもらったり、手当てを受けたりしている。
「ハロルド兄様、私は治癒魔法が使えます。もしかしたら治せるかもしれません」
小声でハロルド兄様に伝える。
「本当か!!!すぐにローレンス兄さんのところへ」
ハロルド兄様に連れられて屋敷の裏手にまわる。あちこちに瓦礫が散乱している。
「え……ローレンス兄様」
ローレンス兄様の身体は半分近く黒く変色し溶けだしているように見える。通常の火傷のような傷ではなく、毒か何かにやられているようだ。
「ハロルド兄様これは一体…」
「説明はあとだ治癒魔法を早く!」
そうだ治癒魔法だ。すぐに詠唱を始める。治癒魔法は詠唱なしでは発動しない。
ー主よ我に力を与え給え、
祈りを捧げた両手をかざし
溶け始めている二の腕部分がが少しだけ回復する。
私の治癒魔法は力が弱い上に効率が悪い。神聖魔法の獲得には本来、神の祝福がいるのだが、正規の手順をふんでないせいか使用後の脱力感がすごいのだ。
気力の限界まで治癒魔法を行使し続け、ようやく溶け出していた二の腕や脇腹を元に戻すことができた。まだ半身が黒く変色したままだが、どうやら身体の溶解は止まったようだ。
「ありがとうキャロル。休んでいてくれ。俺は馬車を探してくるよ」
言葉を返す元気もない。小さくうなずき、ローレンス兄様のそばで目を閉じた。
「エヴァン、行って」
冷たい声が部屋に響く。
「えっ?ノアまじ?俺じゃねぇの?」
褐色肌の美しい男が異を唱える。
「あら、ノアの言うことが聞けないの?」
「そういうつもりじゃねぇけどさ」
「行ってくる」
左目を眼帯で覆った男が部屋を出て行こうとする。
「ちょっとエヴァン。ノアに送ってもらったら?何人か連れて行くべきだわ」
眼帯の男が立ち止まる。
「ノア、親衛隊の騎士2人と神官1人を連れてく。転送部屋で」
そう言いさっさと出て行ってしまった。
「もう、エヴァンたら。すぐに周りが見えなくなるんだから」
「それがアイツの良いとこだろ?あんなクールに決めてるくせに、1番焦ってやがる」
「まあそうね。だからノアもエヴァンに行かせたんでしょう?ずるいわ。本当は私だって行きたかった」
騎士2人と神官をつれてエヴァンが転送部屋へやってくる。「頼んだ」というノアの声とともに巨大な魔法陣が床に描かれ、4人の姿が消える。
「ッ!!!ここは…」
突然連れてこられた3人は唖然としている。この国1番の魔法の使い手であるノアは、王都にいながらウォルズ領での巨大な魔力波長を探知した。ここはウォルズ領の中心。本来であれば領主館があった辺りだ。
「ここはウォルズ領だ。暗黒魔法にやられた。黒い炎には触るな。神聖魔法でしか治せない。お前たちは住民の保護に回れ」
指示を出すとエヴァンは1人ウォルズ領を見回り、深くため息をつく。
「…思ったよりも酷いな。住居を中心に焼いたか」
領主の屋敷も、村長の家も、畑にあった
エヴァンは生存者の確認をしつつ、術者が残っていないか調べてから騎士たちと合流する。
「状況は?」
「はっ、混乱していた住民を誘導。もう1人の騎士は神官と共に、住民の救出と治癒に回っております」
合流した場所は中心部から少し離れた場所。黒い炎からも距離がある。
「避難した住民は500人程。魔法を恐れて逃げてきたようです」
「分かった。恐らく領主は死んだ。当面彼らを保護するよう騎士団の派遣を要請しておく」
「はっ」
騎士がエヴァンに敬礼をする。
「マシュー様が死んだ?もしかして、マーガレット様やハロルド様も…」
近くにいた住民が話を聞いていたようだ。
「完全に確認したわけではない。ただあの辺りは全て黒い炎で焼かれている」
住民の顔が青ざめて行く。
「そんな…やっと作物が採れるようになったというのに…」
「しばらくは騎士団がお前たちを保護する。心配はいらない」
「……ありがとうございます」
住民は肩を落として去って行く。
「ここは騎士団が到着するまでお前たちに任せる。俺は隣のライドン領を見てくる」
「ライドン領ですか?まさかそちらも?」
「ここと比べれば被害はかなり少ないはずだ。術者の痕跡を調べる必要がある」
「承知しました。どうかお気をつけて」
「あれ、私もしかしてしばらく寝てた?」
目を覚ますと怪我人が集められていた場所にいた。きっとハロルド兄様が運んでくれたのだろう。隣にはローレンス兄様もいる。まだ意識はもどっていないようだ。
「助けくれ、手が、頼む…」
運ばれてきた騎士が駆けつけた医者は懇願している。よく見ると両手が黒く変色していた。ローレンス兄様と同じ魔法にやられたようだ。
「その傷は回復薬では治せない。広がる前に手を切り落とすしかない」
「なっ…そんな」
そうだった。あの傷は回復薬では治らないとハロルド兄様が言っていた。治癒魔法を使えるのはたいてい神官だけ。医者は薬を調合し処方して治すのが仕事なのだ。
私の魔法なら治せるけど、本来治癒魔法は私の年齢では使えない。教会での選定の儀が10歳。それを経ていないとなると邪神を信仰しているとも思われかねない。
けど、恐らくこの人たちの怪我は私のせい。諮問官が訪れ、捕まりそうになったライドンは逃げたのだろう。あのおぞましい魔力を使って。
「あの…もしかしたら、何とかなるかも知れません」
結局無視できず声をかけてしまう。
「本当か!!!ん?あなたはもしかしてウォルズ領の魔法少女か!」
いつの間にか変なあだ名がついていたらしい。
「たぶんそうです。手を宜しいですか?」
「ああ、頼む。やってくれ」
私は治癒魔法を唱える。
ー主よ我に力を与え給え、
「なんと…こんな少女が」
医者が驚いている。
幸いにもまだ範囲が少なかったので、すぐに治癒することができた。黒く変色した皮膚はやはり元には戻せない。
「ふぅ。私が出来るのはここまでです。申し訳ありません」
騎士は黒く変色した手を閉じたり開いたりして観察している。
「いや十分だ。ありがとう。それから我々の領地にまで力を貸してくださり感謝している」
騎士が敬礼をしてきた。
ここ数日で分かったことだが、騎士の中にもこの領地の現状に疑問を持っている者も多かったらしいのだ。ライドンの側近たちは感じが悪かったが、住民も騎士も基本はみんな私がきたことを喜んでくれた。
「キャロル!!!目が覚めたんだね。よかった」
ハロルド兄様が怪我人を運びながらやってきた。
「ハロルド兄様、ご心配おかけしました」
「これはハロルド様、先ほどはありがとうございました」
助けた騎士がハロルド兄様にお礼を言っている。
「手が治ったんだね!キャロルが治したのかな?助かったよ」
どうやらハロルド兄様は屋敷の住民の救出を手伝っているようだ。
「ローレンス兄さんも意識がもどらないし、キャロルも気絶していたように眠っていたんだよ。この場が落ち着くまではここを手伝おうと思っている。それで良いかな?」
「えぇもちろんです。私たちにも責任がありますので」
「そうだね…。キャロルはもう少し休んでいるといい。顔色がよくない」
ハロルド兄様の言うとおり、治癒魔法を使った反動で身体が重い。
「そうさせてもらいます」
夕暮れが近くなり、夜になる前に従業員用の建物に怪我人を運ぶという話になった。
私も起きて怪我人を運び出す手伝いをする。ハロルド兄様も屋敷の住民の救出を終えたようで皆をまとめていた。
「ん???」
「ハロルド兄様!強い魔力がこちらに…」
急いでハロルド兄様に伝える
「お前がハロルドか、するとそっちがキャロライン」
「!?」
数メートル先で
「誰だ」
ハロルド兄様が私の前に立つ。
「安心しろ。国から派遣された」
国?すでにこの事態を伝えてはいるだろうけど、到着が早すぎる。
「王都からどれだけ距離が離れていると思っている」
王都から馬車では最低でも1週間、早馬ならそれなりに早くは着くだろうがまだ1日も経っていない。ハロルド兄様もさすがに不審に思ったようだ。
「王都には賢者がいる。大きな魔力が動けば気が付く。ここまで来るのにも馬は必要ない」
「まさか転移魔法!?」
それは憧れの魔法の一つだ。どうしても原理がわからず開発しようにも出来ていない魔法。
「そんなとこだ。もう1人はどこだ。あとは諮問機関の連中もだ」
「ローレンス様なら意識を失ったままだ。諮問官はおそらく皆死んだ」
「詳しい話を聞かせろ」
私たちは場所を移動し、ハロルド兄様が説明を始める。
ハロルド兄様とローレンス兄様は諮問官2人と共にライドン侯爵の元を訪れた。魔力石の窃盗と私の誘拐の容疑で連行すると告げると、高笑いと共におぞましい魔力がライドンから溢れ出したそうだ。そして一瞬にして、目の前に黒い炎が立ち昇った。
「俺は咄嗟に風魔法で身体を覆い、ローレンス兄様を後ろに引っ張りました。一瞬のことだった。ローレンス兄様は半身が黒く焼かれて…キャロルがいなければ今頃兄様も死んでいました」
「
「呪墨?」
「黒く広がるシミのことだ。大概のものは溶かす性質がある」
あれは呪墨というのか。
「私が治療しました。あれは何なんですか?」
あれこそ禁止されるべき魔法だ。
「暗黒魔法に見られる跡だ。少しでも暗黒魔法に触れれば呪墨に犯され、神聖魔法で治療しない限り広がっていく。毒みたいなものだ。ハロルド、お前は運がいい。あとは勘が良かったか…よく避けた」
「たまたまです。本当にたまたま避けられただけです」
「暗黒魔法とは何ですか?」
そんな魔法聞いたこともない。
「禁じられた魔法の一つだ。生命力奪い魔力に還元することで発動する魔法。呪墨のような特殊な性質を持っているのもそのせいだ。殺せば殺すほど力は増していく」
「何それ…そんな魔法があるなんて」
「この世に知られていない魔法などいくらでもある。諮問官が死んだ今、お前たちに嫌疑がかけられる。諮問官が到着するまで大人しくしておくんだ」
「どういうことです!?俺たちは何もしていない!」
ハロルド兄様が立ち上がり抗議する。
「お前たちが諮問官を呼び、事が起こった。魔法を放った本人は逃亡。現場で生きていたのはお前たちだけだ」
それはその通りだ。私たちがこの作戦を思いつかなければ。いや私が大人しくライドンに従っていれば、こんなことにはならなかったのだ。
「…ハロルド兄様、仕方がないでしょう。私たちがこの事態を招いたのは本当のことですから」
「それはそうだが。」
「それと、お前たちの領…いや、何でもない」
「領?何ですか?私たちの領がどうしたのいうのです!?」
嫌な予感しかしない。
「お前たちの領の中心部はほとんどが暗黒魔法で焼かれた。中心部に生存者はいない」
「ッ!!!どういうことだ!?」
私たちの領が焼かれた?生存者がいない…?お父様とお母様、それに領民は?
考えただけで身体が震える。
「お前たちへの報復なのかウォルズ領が襲われた。中心地はほぼ呪墨で汚染され、跡形もなく溶けていたのを確認している」
「そんな…」
「すぐに帰りましょうハロルド兄様!!!」
帰ってみんなを助けなくては。
「ダメだ。お前たちは諮問官と共に王都へ行く必要がある」
「しかし!!!」
「諦めろ。俺はお前たちを諮問官に引き渡すまで見張る予定だ」
「そんなのは後でいいでしょう!!!」
説明など後にしてほしい。いまは領民たちを助けるのが先だ。お父様とお母様はきっと生きている。
「安心しろ。ウォルズ領には騎士団が派遣される。それに俺と共にきた親衛隊と神官がすでに領民をまとめ、手当もしている。お前たちが行ってもやれることなどない」
「そんな…でも、お父様とお母様が。それにメアリーやジェフだって」
「キャロル、みんなきっと生きてる。大丈夫だよ。父上が助けているさ」
ハロルド兄様が肩を抱いてくれる。
それから数日が経ちようやく諮問官がライドン領にやってきた。こんなに待つなら一度ウォルズ領にだって帰れたというのに、エヴァンとかいう眼帯の男はずっと私たちを見張っていて、抜け出すことさえできなかった。
この数日の間でライドン領はすっかり落ち着き、国から代官が派遣され領地運営を担うことになった。
「ではお世話になりました」
ライドン領の騎士さんや侍女さんに挨拶をする。今日は諮問官と共に王都へ出発する日だ。
「落ち着いたらまたうちの領に来てください」
「助けていただいた恩は忘れません」
「困ったことがあれば遠慮なく言ってください」
あれから私たちのせいでこんなことになったのだと謝ったけど、全部領主が悪いと言ってくれた。むしろ追い出してくれたことに感謝されたくらいで、これで領民が苦しむことがなくなると笑って励ましてくれたくらいだ。
だけど実際には今回のことで騎士や侍女が数人亡くなっている。そのことを私は心に刻んだ。
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