第21話 プールその2

「ちょっと、離して!!」


「おいおい、俺たちと楽しもうよ、ね」


「いやだ!!」


 雪歩は男に掴まれている手を離して俺の胸に飛び込んできた。俺は雪歩の頭を撫でてあげると、こちらをじっと見た。


「大丈夫だよ。絶対守るからね」


「ありがと」


「本当に彼氏みたいだぜ。おい、行くぞ!!」


 男達が立ち去るのを見て、俺はその場にへたり込んだ。


「こ、怖かった……」


「……ふふふ、ありがとうね。そんなに怖かったのに……助けてくれて」


 雪歩とプールで遊んでる時、とても楽しそうだった。


「ほーら、行くよ!!」


 ビーチボールを俺に向かって投げる。俺はそれを打ち返した。ゆったりと打ち上がるビーチボール。それをお互いに相手に向かって飛ばすだけのゲーム。こんなゲームの何が楽しいのかと思ってたけど、雪歩と一緒に遊んでると、それはとても楽しいものになっていた。


 数時間、泳いだりビーチボールしたり、ビーチボールを浮き輪代わりにしたりをしながら、遊んでいた。


「お腹空いたから、カレーでも食べよっか」


「ああ、そうだな」


 こんな楽しい時も今日までなのだろうか。雪歩は話があると言った。それが別れ話じゃなければ、他に何があるのだろうか。


 せっかく雪歩が楽しませてくれてるんだ。最後くらい楽しまないとな。


「このカレー美味しいよな」


「ふふふ、ただのボンカレーだよ、これ」


「そ、そうなのか?」


「うん!! レトルトでたまに食べる味と一緒だよ。これはルーを使ってるんだと思うけどね」


「じゃあ、なぜ、こんなにうまいんだろう」


「それは、お腹が空いてるからだよ!」


 なるほど、お腹が空いていたら、何を食べても美味しく感じる。なるほど。でも、それだけじゃなくて、ここに雪歩がいるからだろう。


「美味しいね」


 雪歩といるととても楽しい。この時間がいつまでも続いて欲しい。そんなことを、ふと感じてしまう。ああ、大切な話って、なんなのだ。


 俺は雪歩の顔を見て、そう思う。そのたまに見せる不安そうな表情が、別れ話をするのだと思ってしまう。もし、俺が姉さんに言わなければ、こんなことにはならなかったのだろう。


 だが、それでもいいと思った。前から雪歩は俺から羽ばたいて行くべきだと思ってた。俺と雪歩は一緒になれない。二度も告白して振られたのだから、流石の俺も分かる。


「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


「ふふ、変な颯太……」


 くすくすと笑う雪歩の笑い声。なんでもないか。もし、なんでもないなら、どれだけ良かったのだろうか。


「あまり帰るの遅くなるとお母さんが心配するから、そろそろ喫茶店に行こうよ」


「そうだね」


 夢の時間は終わりだ。俺と雪歩はお互いに別れて更衣室で着替えをした。さて、これから雪歩の大切な話を先に聞くべきだろう。俺がやろうとしていることは、ある意味奇策だ。雪歩がこのままの関係を続けるのならば、この方法で本心を知ろうと思った。


 でも、そうじゃないなら、イチゴは雪歩が俺を振った後に最後のプレゼントとするべきだ。選んだのが、無くなるもので良かった。これなら雪歩を今後も苦しめなくても済む。


 俺は着替えを終えると雪歩の待つ更衣室から少し離れたベンチに向かった。ベンチで時間を潰してると少し遅れて雪歩がやってくる。


「ごめん、待った!?」


「そんなことないよ」


「良かった!!」


 さて、一番聞きたかったことを雪歩の口から伝えてもらおうか。


「喫茶店に行こうよ」


「そ、そうだね」


 その当惑した表情から、雪歩の戸惑いがよく分かる。よくまあ、こんなに長いこと友達でいてくれたよ。振られたのにずっと友達でいてくれて、本当にありがたかった。


 俺と雪歩は喫茶店に入り、店員さんの言う一番見晴らしのいい奥の席に座った。もちろん、窓の外からプールが見えるいい席は雪歩に座らせて、俺は対面の席に座った。


「今日はありがとうね」


「いや、俺の方こそ、ありがとう」


 その後、雪歩は何か言おうとして言い止まった。


「ねっ、颯太から先に言ってよ」


「いや、俺のはつまらない話だからさ」


「そっか……」


 明らかに雪歩が言い淀んでるのがはっきりとわかる。


「言いにくいなら、今日じゃなくてもいいよ」


「ごめん それに甘えてここまで来てしまった。わたしね、颯太のお姉さんに言われて分かった。こんなこと隠してたって意味がない」


 隠して……、もしかして、俺が振られたのは……。


「不治の病……なのか?」


「はいっ!?」


「いや、隠してるって言ったから……」


 その言葉に雪歩はクスクスと笑い出した。えっ、その反応は違う……みたいだよな。


「もし、そうなら、わたし隠せないよ。それにさ、わたしピンピンしてるよね!!」


 そうだ。雪歩は頭もいいが健康的でもある。よく、女子が生理で休むと聞くが、雪歩は体育の授業を休んだことさえなかった。


「ごめんね、ずっとこれまで隠してきてね」


 雪歩は手をぎゅっと握りしめた。きっとこの言葉で俺と雪歩は他人になるのだ。なら、雪歩が言う前に俺が言わなくては、雪歩にこれ以上の負担をさせらない!!


「雪歩、これまで、ありがとな!! 楽しかったよ。俺たちはこれからは他人同士になるかもしれないけど、これまで楽しかったよ。本当にありがとう!!」

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