第22話 ちょっと同席していいかな?

「……うん? ……」


 雪歩は俺の言葉を聞くとじっと俺を食い入るように見つめているようだった。な、何か変なことを言ったのだろうか。少し考えて、雪歩は納得したような悲しそうな顔になった。


「なんだ。そう言うことだったんだ」

 

「どういうこと?」


「好きな人ができたんだよね」


「いや……」


「じゃあ、どう言うこと!?」


 あれ、もしかして俺と距離を取ろうとしたのではないのかな。


「だってさ。告白して、姉さん使ってあれだけけしかけて、そりゃ嫌いになるよな。そもそもさ、1回目の告白の時に振られたのに高校生になって、まだ好きで忘れられなくて、もう一度告白するなんて、本当にざまあねえよな。そりゃさ、雪歩が嫌いになるのも当たり前と言うか……」


「ちょっと待って!!!!」


「うん!?」


「そんなに急いで言わないで……、わたし……、颯太のこと好きって言ったよね」


「もちろん、言ってもらったよ。でも、それはさ、惨めな俺を見て、気を遣ってくれたと言うか。本当に俺って情けねえよな。こんなんだから、俺は本当に好きな人に想いを伝えても、上手くいかないんだよ」


 本当に笑うしかないよ。自分勝手な気持ちで独りよがりに告白して、振られたのに、忘れられなくて、また告白するなんてさ。


「本当にごめんね。もう二度と話しかけたりなんてしないよ!!」


 その言葉に雪歩は乗り出してきた。


「颯太は私の気持ち何も分かってないんだよ。わたし、何も伝えられてない。わたしは、颯太のことが好きだよ。別に颯太のことを情けないとか、告白して困ったことなんてない。小学生の時、告白してもらって嬉しかった。今回、一度振られたはずなのに、告白してくれて、颯太と付き合いたいと思った!! 情けないなんて、言わないで!! わたしは颯太が好き!!」


 雪歩は周りも確認しないで大声でそう言い放った。周りを見渡して、顔を真っ赤にして俯いた。


「……だから……だから……」


「ちょっと同席していいかな」


「えっ!?」


 雪歩の隣には知らない女性が立っていた。


「えと、どなたですか?」


「わたしは、狭間の妹、狭間可憐だよ」


 うわっ、流石は狭間の妹だな。兄と同じく美しい。雪歩がお姫様的な可愛さならば、可憐は凛とした美しさだ。


「どうしてここに狭間の妹さんが……」


「可憐でいいよ。あいつの妹と言うだけで嫌になるからね」


 まあ、狭間は多少強引なところもあるから、妹にも悪く思われることもあるんだろうな。


「雪歩さんだったよね」


「はっ、はい!」


「狭間から小学校の時に聞いた話、でたらめだからね」


「えっ!?」


 小学生の時、狭間と雪歩の間に何の話があったのだ。そう言えば狭間とは、小学校の時よく一緒に遊んでることもあったな。


「ちょっと待ってください。恐らくその話はわたしがこれから颯太にしようとしていた話のはず。まず、わたしから話させてください」


 雪歩は可憐の話そうとするのを止めると涙を潤ませて俺をじっと見た。


「あのね。わたしが颯太の気持ちをこれまで受け止められなかったのは、これが理由です!」


 目の前に一枚の紙がテーブルに置かれる。それは診断書だった。これは……。


「わたしは……恐らく……わたしは」


 雪歩は下唇を軽く噛んだ。伝えるのに相当な勇気がいることなのだろう。


「子供を産むことができない。確かにただ付き合うだけなのに、大人になってからのことを考えることなんて、馬鹿だと何度も思った。でも、颯太はきっと、普通に誰かを好きになって、普通に大人になって、普通に家庭を築いて、普通に子供が産まれて、普通に好きな人とその子供とずっと一緒に生きていきたいと思ってるはず……」


「ごめん、颯太……、そこはわたしが捕捉するよ。小学生の時に兄は嘘をついたんだ。その嘘と言うのが……」


 狭間の伝えた嘘と言うのは、本当に雪歩には残酷なことだった。蒼井家は落ちぶれてしまったが、この辺りでは有名な名門武士の本家だった。代々、長男は男の子を産んで、次世代へと繋いでいっている。もちろん、俺もそう言う意味では同じように蒼井の家紋を守っていく。


 だから、狭間は雪歩に子供が産めない身体だと相談を受けた時に、颯太との結婚は出来ない。あいつは父親と一緒で頑固な奴だから付き合うことも無理だろう。もし、それが後からわかったら、きっと颯太から騙されたと激昂するだろう。今なら誰も傷つかなくてすむ。振った方がいいと伝えたのだ。


 そうだったのか。だから、俺を振った後もずっと友達でいてくれたのだ。


「ごめんな、雪歩……」


「えっ!?」


 俺はあえて冬月ではなく雪歩と伝えた。これから俺が伝えることで、きっと雪歩が大きな一歩を踏み出すことができると思ったからだ。


「将来のことなんて分からないけど、俺はそれでも雪歩と付き合いたい。別に子供なんていなくてもいい」


「でも、それじゃあ。蒼井家は無くなってしまう……」


「いいんじゃね。そもそも女の子しか生まれなければ、どの道、蒼井家は消えていく運命だよ。そんなつまらないことより、俺は雪歩と一緒にいたい」


「でも、お父様とかに……」


「言わなければ分からないだろ!」


 そうだ。あの頑固親父を説得するのは不可能に近い。でも、結果的に生まれなければどの道いいのだ。それに、この令和の世の中、好きな人と結婚するのに、子供を産むために結婚してもらうんじゃない。女の子は子供を産むための道具じゃないのだ。


「だから、大丈夫だよ」


 その言葉を聞いて雪歩は緊張から解き放たれたのか泣き崩れた。


「ちょちょっと待ってよ」


 隣に座った可憐が雪歩を抱き抱える。


「大丈夫。きっと緊張の糸が切れたんだよ。ずっと苦しんでたみたいだからね」


「ずっと以前から知っていたのです。わたしも今まで兄がやってることを知りながら、それでも一歩を踏み出せなかった。ずっと苦しんでることは痛いほど知っていたよ。でも、今回、兄が動き出したことで、わたしも、もう他人を装うこともできない」


「可憐ちゃん、ありがとう。伝えてくれて!!」


「問題はわたしの兄が暴走して颯太のお父さんにこのことを話さないことだよ。ちょっと、良い方法があるんだけれども、話に乗ってくれる?」


 えっ、良い方法とは? 確かに雪歩のことを父親に知られるのは今後の付き合いに良くないことは間違いないが……。

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