第17話 喫茶店にて

「ごめんな、こんなところに呼び出したりしてさ」


 姉さんが怒って、出て行こうとしたのを俺はギリギリのところで、引き留めて電話をかけた。待ち合わせ場所を近所の喫茶店にして、雪歩を呼び出したのだが、なんか険悪なムードがそこかしこに感じられる。


「ううん、いいよ。どうしたの? 急に帰ったと思ったら電話がかかってきたからね」


「雪歩ちゃん、颯太のことどう思ってるの?」


 えっ、そんな単刀直入に聞くの?


 俺はびっくりして姉さんと雪歩を交互に見た。どうしてって言葉が口から出そうな姉さんと言っている意味に気づいて、真剣な表情に変わる雪歩。


「ごめんね。お姉さんの言いたいこと分かる」


「じゃあ、なぜ。しかも一度じゃなくて二度までも、一緒に勉強してたじゃない。狭間と付き合いたくなかったからだよね」


 雪歩はこくりと頷いた。


「最近、狭間君に告白されたんだよ。で、ごめんと断ったらあなたと勝負するって言い出した。こうなってしまったのはわたしのせいだったんだよ。本当にごめん」


「いや、いいんだよ。ありがとう」


 雪歩は振っても諦めない狭間に付きまとわれていたんだ。本当に狭間に勝てて良かった。でも考えてみれば今の俺って狭間と同じことをしていないか。俺はこんな惨めなことをしたくはない。振られたのは事実なのだ。だが、姉さんに帰ろうと促すが、ずっと俺を見てきた姉さんの怒りは収まらないようだ。


「それはどうでもいいんだよ。雪歩ちゃんの勝負に巻き込まれたのは、こいつの正義感の強さだからね。それよりも……颯太、2回も告白したらしいじゃん。それをなぜ……」


「ごめんなさい。颯太の想いを潰すようなことをして……、本当にごめんなさい」


「どうして……好きじゃないの!?」


「それは……」


 部屋に重苦しい空気が漂う。姉さんが雪歩を睨みつけていて、俺は本当に申し訳なかった。


「好きだよね。そうだよね……」


「姉さんやめようよ、こんなことさ。俺が惨めになるだけじゃないか」


「やめないよ。おかしいじゃないか。どうして……」


「ごめんなさい」


「他に好きな人でもできたのかい?」


「いいえ、そんなことない」


「なら、どうして!!」


「ごめんなさい……」


「言えないって言うの?」


「姉さん、もう辞めてくれよ。こんなことしても仕方がないじゃないか」


 こんなことをして何になると言うのだ。ただでさえ雪歩は俺のことを好きでもないのに、こんなに詰問されれば、俺と友達でいることさえできなくなる。


「帰ろうよ、姉さん……」


「わたしは、あなたのことを勘違いしてたよ。ずっと仲良くしてくれてたから、きっとどこかで付き合うんだろうと思ってた。それをこんな形でさ……なら颯太を利用しただけじゃないか?」


「そうです。本当にごめんなさい」


「もう、こんな中途半端なことやめてあげて欲しい。そりゃさ、退屈しのぎで揶揄うつもりだったのかも知れないけどさ。いつかは付き合えると思うから、がんばれるんじゃないの? それをハナから無理なのに、その気にさせるだけさせて、そんな酷い仕打ちはないんじゃないの!?」


「……」


「ごめん、行くわ」


 姉さんは言うことだけ言うと俺が止めるのも聞かず、そのまま帰って行った。俺のためにしてくれたことだ。姉さんにも本当にすまないと思ってる。でも、覆水盆に返らずで、無理なものは無理なんだよ。


「ごめんね、こんなつまらないことに呼び出したりして……」


「つまらなくなんてないですよ」


「いや、独りよがりだったと思ってる。勝手に好きになって、告白して、それでキレられたらたまったもんじゃないよね。本当にごめんね」


 そうだ。夢を見させてくれただけでもありがたいじゃないか。姉さんは引き延ばすだけ引き伸ばした、と怒ったが、俺はこの関係が終わってしまうことの方が嫌だった。可能性はなくても、こんな終わり方だけはしたくない。


「いえ、違うんだよ。本当のこと言う勇気が今のわたしにはなくて、それでずっと待たせていたんだよ……」


 雪歩が悲しそうに俯き、何も話さない時間が長く続いた。なぜもっと確実に振られないのだろう。俺にはそれが不思議でならなかった。


「……ごめんなさい……」


「ひとつだけ聞いていい?」


 俺は優しくテーブルに伏せている雪歩に声をかけた。


「……はい」


 その声は涙混じりの声だった。どうして、俺のために泣いてくれるのだろうか。


「俺のこと嫌い?」


「いえ、それは絶対ありません」


「じゃあ、どうでもいい?」


「いえ、違います」


 俺はごくりと唾を飲み込んだ。これを聞くにはかなりの勇気がいる。


「俺のこと……」


 暫くためらいがあった。答えはノーに決まっている。それでも、なぜか、肯定してくれることを期待してしまう俺がいた。この言葉でふたりの関係が終わってしまうかも知れない。それでも、聞いておきたいと思った。


「好き?」


 雪歩はゆっくりと顔を上げて俺を見た。瞳からポロポロと雫がこぼれ落ちる。そんなにまで想ってくれている雪歩なら、もしかしたら……。俺はその言葉に期待した。


「…………………………」


 長い沈黙の後、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな声で、だがはっきりとこう聞こえた。


「……はい」


 俺はそれだけ聞ければ満足だった。きっと付き合えないことに何か理由があるに違いない。ならば、もう聞く必要はない。


「ありがとう。それだけ聞ければ満足だよ」


 雪歩はこちらをじっと見つめていた。その目から雫がこぼれ落ちる。


「はい、これ……どうぞ」


 俺は自分のハンカチで雪歩の涙を拭った。


「あ、ご、ごめんなさい……」


「いいよ。じゃあ、プールの予定決める?」


 この問いに雪歩はじっと俺を見た。その表情から、いいのって聞いているように思えた。


「行こうよ、……ね」


「はい」


 雪歩は俺の言葉にニッコリと笑顔で応えてくれた。

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