第18話 どうして告白を断るのか

(三人称視点)


「ただいま」


 雪歩が玄関を開けると、母親が心配そうな表情で近づいて来た。


「どうしたの、急いで出て行って、何かあったの!?」


「何にも、……ないよ」


「何にもないって、そんなわけ……」


 雪歩はその言葉を無視して階段を上がっていく。下から母親の声が聞こえたが、雪歩は気にせず自室へ入った。


「あーあ、本当に最悪……」


 雪歩はそのままベッドに座り、スマホのカレンダーアプリを開けた。指で7月30日のところを押しプールと書き込み、そのままスマホをぎゅっと抱きしめながらベッドに横になった。


「颯太……」


 暫くするとトントンと軽く扉を叩く音がする。心配した母親が二階に上がって来たのだろう。雪歩は起き上がると扉に向かって声をかけた。


「開いてるよ」


「そうみたいね」


 扉が開くと心配そうな表情をした母親が部屋に入ってきて、雪歩が座っている隣にそっと腰を下ろした。


「こうしてると子供の頃を思い出すね」


「そうかな?」


「うん!!」


 そう言いながら、部屋を見渡し、満足げに雪歩をじっと見た。


「ど、どうしたの?」


「それはこっちのセリフよ」


「わ、わたしはいつもと同じだよ」


 雪歩の声が少し上擦っている。母親はその理由に少しは気づいているがあえて指摘しないで、言葉を続けた。


「小さい頃から、ずっと良い子だよね。雪歩はさ」


「そんなことないよ」


 雪歩の否定の言葉に母親は、ゆっくりと首を振って、雪歩に近づく。


「勉強はよく出来るし、今まで一度だって、勉強しなさいなんて言ったことないもの」


「それは勉強が好きだからだよ」


「整理整頓だって、料理だって教えたことは殆ど一度で覚えてしまう。教えがいがあるし、素直だし、それにね……」


 そのまま、母親は雪歩の髪をゆっくりと撫でた。


「とっても!! かわいい!!」


「そんなことないよ」


 雪歩の否定の言葉を無視して母親は言葉を続ける。


「お父さんね、生まれた時、天使が生まれたって、本当に驚いたのよ」


「そうなんだ。知らなかったよ」


「うん。そんなこと言うと自信過剰な娘に育つとダメだからって、お父さんが言うなってね」


 そう言うとニッコリ微笑み、顔を近づけた。


「お母さん、近い、近いよ!!!」


「もっと天使の顔を見たいわ。本当に誰に似たのかしらね」


「お父さんにも、お母さんにも似てると思うけど……」


「そうなんだけどね。顔のバランスがとても良く、顔が小さい。本当に小さい頃からモテたよね。幼稚園の時、キスされそうになったこともあったよね」


「えっ、ええええっ」


 思わず仰け反る雪歩。母親はそのままベッドから立ち上がると、咳払いを一つした。


「で、その天使様に何があったのかな?」


「だから、天使じゃないって」


 雪歩がベッドから起き上がると、母親に向けて口を尖らせた。本当になんなのよ、と言う表情で見ている。


「お母さんにも秘密なの!?」


「なんのこと?」


「当ててあげようか?」


 母親は身を乗り出して、雪歩をじっと見た。


「颯太君のことでしょ。さっき電話あった時、お姉さんの声がしたからね」


「えっ、聞こえたの?」


「ほら、図星」


「聞こえてないじゃない。そんな誘導尋問しないでよ!!」


「じゃあ、お母さんに話してみて……」


 その言葉を聞いて、雪歩は枕に顔を埋めて、小さな声で呟くように言った。


「告白された」


 予想外の答えに思わずえっと聞き返す母親。


「良かったじゃん」


「……良くないよ」


「なんで、ずっと颯太君のこと好きでしょ」


「そうなんだけど、そうも言ってられない」


 嗚咽混じりの言葉に雪歩の母親は、なるほどと言う表情をする。


「つまらないことで悩むのやめた方がいいよ」


「つまらなくなんてないもん」


 雪歩の言葉に母親は大きくため息をついた。


「狭間くんだよね。わたし、あいつ大嫌い」


「嫌いなのはおんなじだよ。でも、彼の言うことも一理ある」


「ないと思うけどなあ」


「あるもん」


「それ言われると弱いわ」


 母親は一言そう言うと扉を開けて出ようとして、もう一度振り返った。


「じゃあ颯太君を振って、赤の他人になるの?」


「そんなことないよ。今も友達だもん」


「あのねえ、振られたら普通は友達にはなれないもんだよ」


「そんなことない。前も友達でいてくれたもん」


 その言葉に雪歩の母親は部屋に戻って来て雪歩の肩を掴んだ。


「前って、告白されたの初めてじゃないの?」


 母親の言葉に雪歩はつい口が滑ってしまったと慌てて訂正しようとするが何も思い浮かばず、雪歩の視線は宙を彷徨う。


「えとさ、小学六年の時に一度……」


「あのさ、告白するのって、どれだけ勇気いるか分かってるの!!」


「分かってるつもりだよ」


「いーや、分かってないね。わたしがお父さんと付き合った時、どれだけ緊張したか。雪歩は色んな人から好かれるから分からないんだよ」


「分かってる……つもりだもん」


「絶対分かってない」


「こんなことになってるのはお母さんのせいなんだからね!!」


 その言葉に言ってしまったと呆然と母親を見た。


「ごめん」


「分かってる……、わたしのせいだよ。でも、誰も望んでしたわけじゃない!!」


「本当にごめんなさい」


 そのまま母親はその言葉に何も言わずに扉から廊下に出て、ゆっくりと閉めた。


「わたしのことを悪く言うのはいいの。でもね、そのせいで恋を諦めないで……お願いだからさ。颯太君と話し合えば分かってくれるよ」


 雪歩の瞳から雫が流れ落ち、そのまま雪歩の身体は崩れ落ちるようにベッドに倒れた。


「無理だもん。絶対無理だもん!! こんな子供も産めない女を好きになるわけない!!」

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