Distortion #13 夢幻

「……ごめん」


絞り出した声は、

冷たい空気に乾いた。


これまでの流されてきた

恋愛とは違う

大雅のまっすぐな言葉。


だからこそ。


大和の存在を

大雅の手が掴み

奥から引き摺り出される。


『千紗!笑えよ!』


遠い日の声が、頭の中で響いた。


いつも先を歩いて、

手を差し伸べてくれた彼の笑顔。


千紗を捉えて離さない。


 大雅じゃなければ。


大和を想いながら

知らないふりをして

付き合い続けたかもしれない。


 私きっと、大雅のことが――


大雅に惹かれれば惹かれるほど

心に大和がいることに

目を見れないほどの罪悪感が襲う。


だから――


(ごめん……)


千紗の目は、

濁りながら沈んでいく。


 ……お前、何してぇんだよ。


 「ごめん」だと?


 だったらなんで、

 そんなに寂しそうなんだよ。


 「誰か」が

 お前を幸せにすんのかよ。


 ――バカ野郎。


「お前が誰を見てようが、関係ねぇ」


 そんなもん、クソくらえだ。

 オレを見ろ、オレの音を聴けよ。


「お前が隣にいればいい」


 どこまでも、ダセェ男になってやる。


千紗はきつく目を閉じる。


「……でも」


「うるせぇ」


千紗の言葉を、低い声が遮る。


「いい」


「今はそれでいい」


 ずっとそばにいて、って

 そう言ったのはお前だろ?


 それ聞いたらもう、

 ――手離せねぇんだよ。


「待ってる」


吐く息が白く空へ消えていく。


千紗はただそれを、

見つめていた。


大雅の言葉が、

低く、重く、響く。


どこまでも、曖昧なまま。





千紗は、強張った体を

引きずるように、

机の前に座る。


引き出しに手をかけ

プリクラを取り出す。


――大雅の目。


まっすぐで、

逃げ場のないほどの強い光。


今は、あの目が痛かった。


(見れない……)


大雅は、

千紗や大和には持てなかった

「眩しさ」を持っている。


どんなに焦がれても、

どんなに手を伸ばしても

届かなかった光――


プリクラをそっと指先で撫でる。


(大和……今、どうしてる?)


――悲しんでない?辛くない?


千紗の胸が締め付けられる。


記憶の中の大和は

いつも笑っていた。


その笑顔の奥に

彼が抱えていた痛み。


二人にしかわからない

あの冷たい夜。


そこには誰も、踏み込めない。


(……何やってるんだろう、私)


 頭ではわかっている。


実態のない影を追い続けることが、

どれほど無意味なことか。


ずっと掴めないものに手を伸ばし、

届かないまま傷つくだけだと。


それでも、

大和の記憶が脳裏に浮かぶたび、

心の奥で何かが疼く。


(もう会えないのに)


自分が、滑稽で仕方なかった。


――掴めないものを、今も求めている。


その事実が、

どうしようもなく

自分を惨めにさせた。


プリクラを持ちながら

千紗は深く項垂れた。



その時、

スマホが震える。



『明日のライブ、来いよ』



大雅からのメッセージ。

無愛想な文字。


(……ライブ、か)


千紗の胸がざわつく。


雪の舞う夜に

曖昧なまま始まった二人の関係。


それから何も変わらないまま、

未だに大雅の隣にいる。


『お前、誰を見てんだよ』


大雅が言った言葉が、耳に残る。


 なぜ、大雅は気付いたんだろう。


 彼の隣にいながら

 別の誰かを見ていることに。


(……私、そんなにわかりやすい……?)


自嘲の笑いが漏れる。


RESOのライブに行けば、

嫌というほど思い知らされる。


大雅の光。


ステージの上で

彼は誰よりも輝いている。 


(逃げたい……)


千紗はアプリを閉じようと

指が画面に触れる。


その瞬間。


大雅の鋭い目が脳裏をよぎった。


まるで千紗の心の奥を

見透かすような狼の目。


『逃げんなよ』


あの日のメッセージが

逃げ場を塞ぐ。


(……行かなきゃ)


スマホを握り直す。


『何時に行けばいい?』


送信ボタンを押す指が迷う。


 本当は、行きたくない。


 でも――


 あの声に『待ってる』と言われたから。


千紗の指は

送信ボタンをタップする。


すぐに、既読がついた。


胸の中に渦巻く不安と

逃げ切れない予感だけが

重く、残った。 

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