Distortion #12 蜃気楼
練習後。
部室を出たAmatsukiのメンバーは
校門に向かって歩いていた。
「何食べる?」
「寒いからラーメン行こうぜ!」
「ラーメンは塩しか認めねぇ」
寒さに手をこすり合わせ
どこの店に行くか話し合う中、
慧が千紗の肘を軽くつついた。
「ん?」
顔を上げた視線の先。
見慣れたSchottのライダース。
ピアスだらけの耳は赤く
ぐるぐる巻きのマフラー。
そこから覗く、狼の目。
――大雅が校門の前に立っていた。
冷たい風の中、
ポケットに手を突っ込んで
じっとこちらを見ている。
ドクン!
千紗の心臓が大きく跳ねた。
「お!大雅じゃん!」
陽真が笑顔で大雅に駆け寄った。
千紗は陽真の背中を見送る。
大雅は陽真と軽く言葉を交わしながら、
ちらりと千紗の方に目をやった。
だが、すぐに視線を外し、俯いた。
(やっぱり、何も変わらない……)
千紗の心の中に、
冷たいものが広がる。
視線を落とし、
大雅の横を通り過ぎようとした。
その時――
「待てよ」
低い声が背中に刺さる。
大雅の手が千紗の腕を掴む。
「話がある」
振り返ると
大雅はまっすぐに
千紗を見つめていた。
いつもすぐ視線を外すのに――
その目が、千紗の足を掴む。
その場から、動けなくなる。
他のメンバーは顔を見合わせた。
「……じゃあ、またな!」
軽く手を振り、校門の外へ歩き出した。
「大雅、また飲もうぜ!」
陽真の言葉に、
大雅は無言で頷くだけ。
千紗の腕を掴んだまま、
大雅は黙って立っていた。
二人の間に流れる空気は重く、
冷たい冬の風が
その隙間を吹き抜ける。
校門を行き交う学生たちが、
ちらりちらりと二人を横目で見ていく。
その視線に耐えきれず、千紗は俯いた。
「……こっち」
大雅は千紗の腕を引き、足を進めた。
千紗は流されるように着いていく。
◇
人気のない公園。
街灯の明かりに照らされ、
木々から雪が舞い降りてくる。
吐く息が白く染まる。
大雅はようやく千紗の腕を離した。
「……何?」
千紗が問いかけると、
大雅はポケットに手を突っ込み、俯いた。
しばらくの沈黙。
言葉を出さない大雅に、
千紗は内心でため息をついた。
(またか……)
結局、彼は何も言えないのだろう。
そう思いかけた瞬間、
大雅がぽつりと呟いた。
「……悪かった」
千紗の目が見開く。
しかし、大雅の声は
それだけで途切れた。
「……じゃあ、なんで連絡して来なかったの?」
大雅は深く息を吐く。
寒さの中で吐かれた息が
二人の間に白く広がる。
やがて大雅は
目を苦しげに伏せた。
「……お前、誰を見てんだよ」
ゆっくり顔を上げた大雅の瞳が、
千紗を真正面から捉える。
千紗は全身から
血の気が引くような感覚に襲われた。
(なんで……?)
触れてほしくなかった場所を
鋭くえぐる言葉。
千紗は目を見開いたまま
何も言えなくなる。
「……答えろよ」
大雅の視線が逃げ場を塞ぐ。
「……違う」
反射的に言葉が漏れる。
大雅の言葉が、これ以上続くのが怖い。
その視線に直面することが、
たまらなく怖かった。
千紗は震える声で絞り出す。
「……そんなこと、ない……」
千紗の声は弱々しく、
曖昧に空へと消えた。
誰に対して、何を否定しているのか、
自分でもわからない。
ただ、怖い。
(だから、その顔すんじゃねぇよ)
大雅は手を伸ばし、
千紗の頬を両手で包んだ。
千紗の肩がびくりと揺れる。
視線を逃さないように、
鋭い目で千紗を見据える。
「誰でもいい」
――嘘だった。
「でもな。今お前の目の前にいるのは、俺だ」
狼の目が千紗を捉える。
目が逸らせない。
逃げられない。
千紗の足は、震えた。
大雅は思い切り唇を噛む。
……ダセェ。
クソダセェ。
女なんてウゼェ。
そのはずだった。
たった一人の女に
こんなに苦しむなんて、
笑えねぇよ。
でも、もう手遅れだ。
だったら、言うしかねぇだろ。
大雅は、息を吸い込んだ。
――「好きだ」
生まれて初めて言った言葉。
喉を焼くように、苦しい。
心が、潰れてしまいそうだった。
◇
千紗の心臓が跳ねる。
(……好……き……?)
口下手な大雅が、
「好き」と言った。
激しく心が揺れる。
なのに、胸が痛んだ。
嬉しいよりも、苦しい。
――大雅の手が、記憶の中の大和に触れた。
大雅の言葉が、遠い記憶を揺らす。
「……伝わったか?」
大雅の声は掠れていた。
今まで何十回とされてきた告白。
それを「興味ねぇ」と片付けてきた。
それが今。
人生で初めて、
「振られる」という可能性を
突きつけられている。
──こえぇ。
千紗の頬を包む手が、
わずかに震えた。
寒さのせいじゃ、なかった。
(大雅……)
あの日感じた、同じ鼓動。
聞こえないのに、
大雅の心音が耳を叩きつける。
大雅だけが
今、ここにいる。
けれど――
簡単には消えない。
大和は、消えない。
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