第30話 蝶の力
「……ぐすっ」
武息が退き、五人は隠れ家の中に集まった。瑞飛が用意した白湯を飲んで落ち着くものの、揚羽の控えめなすすり泣きで四人は気が気でない。
「……おい、瑞飛」
「何だよ、走矢」
「お前が何か言ってくれ」
「は!? 無茶言うな。それを言うなら、竜玉にも」
「ぼ、僕も無理だよ……」
ひそひそと、互いに話を始める順番を押し付け合っていた従者たち。それでも隠していたのは全員同じだ、という意見では一致していた。
「――姫さん」
「ん?」
目を真っ赤にした揚羽が首を傾げると、三人は同時に頭を下げた。正座で。
「え……」
「「「隠していて申し訳ございませんでした」」」
「さ……三人共、落ち着いて?」
びっくりして涙が引っ込んでしまった揚羽は、そわそわと手を空中で動かす。どうして良いのかわからなくなっているのだ。
「わたしは、怒ってるわけじゃないよ。ただ、知らずにいて悔しいだけで……」
「でも、主である姫様を泣かせた。ずっと一緒にいたのに、一番泣かせたくない人を泣かせたのは、僕たちだよ」
泣かせたくなんて、なかったのに。そう呟いた竜玉は、普段よりもより儚く見えた。それでも俯くのはその時だけで、すっと姿勢を正す。
「……これから、姫様に僕たち三人で隠していたことを話すよ。本当は、あいつなんかにばらされる前に言いたかったけど」
「包み隠さず、知っていることを全て話します。……聞いてくれますか、姫様?」
不安そうに、揚羽の様子を窺う瑞飛。そんな表情は、過去に一度もしたことがない。少なくとも、揚羽は見た記憶がない。
(……わたしは、三人のことを信じてる)
それは、無条件の信頼。十年以上積み重ねて来た結び付きは、他人のせいで壊されるものではない。
揚羽は「うん」と頷き、居住まいを正す。
「話して。わたしが知らない、わたしのこと」
「はい。柊どのも、良いですか?」
「勿論。そして、他言無用だろ?」
わかっている、と柊は微笑む。揚羽たちにとって、彼はもう大切な友であり仲間だ。
柊も聞く体勢になったところで、走矢が口を開く。
「――オレたちも、桐子様から度々聞かされたことしか知らない。だから、姫さんの疑問に全て答えられないかもしれないけど。……姫さんが桐子様と昌明様の娘になったのは、オレたちが邸に来てからなんだ」
化人は、もともと人ではない。術師が素質のある獣や妖を、化人として契約を結ぶのだ。
この時初めて、瑞飛たちは柊に化人になった経緯を簡単に語った。
「鴉に襲われて、傷付いて動けなくなっているのを助けられたんです」
「オレは、空腹で倒れて死を待つだけだった時に」
「住んでいた水路が干からびて、死ぬしかないと思っていた時、桐子様がすくい上げて下さったんだ」
「……改めて聞くけど、みんななかなか壮絶よね」
揚羽は呟き、初めて聞いた柊はただ頷く。
三人共、もとは命を消そうとしていた人以外の生き物だった。それを偶然か必然か、桐子が助けたのである。
「それから桐子様に、人の姿を取る術を教わった。何故助けたのかと聞いたことがあったけれど、最初は『して欲しいことがある』って言うだけだったんだよな」
「まさかそれが、幼い姫君を守ることだったとは。……貴女ですよ、二の君」
「……っ」
桐子が何処で揚羽を見付けたのか、それは誰も知らない。しかしある日大切そうに桐子が抱きかかえてきたその小さな姫君は、三人の主となった。
「極幼い頃、自分が蝶だった時の名残で、何度も飛ぼうとして失敗しては泣いていたよ。まだ言葉も十分に通じない頃だったから、なぐさめるのが大変だった」
「ちょっ……竜玉!」
顔を赤くした揚羽が、竜玉を制する。記憶がない頃とはいえ、今は柊も聞いているのだから恥ずかしいのだ。
穴があったら入りたくなっていた揚羽だが、淡く笑った柊がなぐさめる。
「赤子の時は、仕方ないよ。俺もきっと、知ったら恥ずかしい出来事がたくさんある」
「ううっ……。わかった、続けて」
気を取り直した揚羽に頷き、続きを瑞飛が引き取った。
「まあ、そうやって今日まできたわけです。……姫様をお迎えした当時、桐子様から貴女が蝶の化人だと聞きました。化人になってそれほど時が経っていませんでしたが、それでも様々な話が耳に入ります。書籍も読みましたし、桐子様からも説明を受けました。貴女が世にも珍しい、蝶の化人だと」
「蝶の化人の貴重さは、あの武息とかいう奴が言った通りだ。鱗粉もその命も、妖たちにとってはご馳走なんだよ」
苦々しげに話す走矢の言う通り、武息は蝶の化人について詳しいようだった。龍脈同様、自分も妖の格好の獲物なのだと知り、揚羽は軽く目眩を覚える。
「……でも、何故母上はわたしを娘として育てたの? 化人として、あなたたちと同じように育ててもよかったんじゃない?」
「蝶の化人だから、だよ。姫様」
揚羽の疑問に応じた竜玉は、静かにそう言った。
「どういうこと?」
「蝶の化人として育てないことで、妖たちの目を
「更に、姫様の化人の力はそう簡単には覚醒しないように封じられているんです」
瑞飛の言葉に、揚羽は「えっ」と目を丸くした。
「つまり、わたしは本来持っている力を使えないってこと?」
「まだ使えない、ということです。残念ながら、俺たちにも姫様が覚醒するためには何が必要なのかわかりません。桐子様は、『その時になれば必ず目覚めるから』と言って、絶対に教えては下さいませんでしたから」
「その時、か……。母上に聞きたくても、今は答えてくれないものね。その時が来るのを待つしかない、か」
白湯を飲み干し、揚羽は天井を仰ぐ。頭の中は全く整わないが、少しずつ受け入れていくしかない。
(わたしはわたしだということは変わらない。……うん、そうだよね)
両方の手のひらを広げ、握って開くを繰り返す。自分は人だと信じて疑わなかったが、実はそうではないらしい。実感は一切ないが、揚羽の中で何かが変わった気がした。
「思いの外、落ち着いているね。揚羽どの」
「落ち着いているように見える? 頭の中はぐるぐるしてて、何もわかっていないんだと思う。けど、ここで立ち止まることも出来ないから」
「……あの時きみに言った言葉は、本当だから」
柊に言われ、揚羽は「わかってる」と微笑んだ。
あの時とは、揚羽が武息の言葉で心折れそうになった時のこと。「人であるとかないとか、関係ない。きみだから、きみたちだから、仲良くなりたいんだ」と言った柊の気持ちは変わらない、という意味だ。
「……さ、明日に備えて休もう。柊どのも。そろそろ帰らないと、明日に支障が出ますよ」
「そうさせてもらおうかな。また明日、見に来るよ」
一旦解散となり、やがて揚羽は茵に身をゆだねて目を閉じた。
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