第5話 御剣家現当主から見た御剣海斗

「これが、次の報告になります」


 そうして、秘書の1人が紙を差し出す。


 それを御剣家現当主である御剣加嶋みつるぎかしまは、確認する。


「……あの3人で、賊の討伐か」


「はい、相手は、かつて残影として戦場の名を轟かせた傭兵団崩れの集団の一つでした。警戒心が高く、練度も高い、指揮官も優秀であり、拠点すら発見は困難であった存在です。確認したところ、国においても、要注意敵対組織として認定されています」


「そうか」


 要注意敵対組織とは、国にでも討伐が容易ではない敵対組織が認定されるものであり、もし討伐がなされた場合、大出世が確約される程の功績になる。


 そんな大きな功績を当主候補達が成し遂げたと言うのに、現当主加嶋は大したことのない普通のことだと言わんばかりに淡々と受け止める。


「敵の発見が海斗、作戦の立案が皐月、実行が祐希、どう見る?」


「難しいです。特に海斗様の関与がここに記載されているものだけなのか、それが分かりません」


 主人からの質問に秘書は難色を見せながら答える。


「たまたま、千里眼で見つけたか」


 上がってきた報告書にはたった一文、そう書かれて、皐月と祐希の活躍が続いている。


 当然のことだが、たった一文で済ませていい内容ではない。


 何かに気がつく力は、何事においても最重要の能力だ。


 気が付かなければ始まらないことは多くある上、早く知ることができれば、その分、時間や準備など得られるアドバンテージは大きい。


 今回の件も、海斗が気が付かなければ、皐月と祐希の活躍はない。


 だから、もう少し納得のいく報告書であれば、迷うことなく海斗を評価できていた。


「あり得てしまうこともタチが悪いな」


 海斗が宿す千里眼は、存在自体も非常にレアだが、その質も恐らく最上位に位置するもの。


 文献などから推測した千里眼の力に当てはめて考えると、偶々見つけたが通ってしまう。


「本来であれば、海斗様を呼び出して、直接お聞きしたいところですが」


「答えは変わらんだろう。それに無理に聞き出す事はできん」


 忌々しそうに加嶋は言い放つ。


 神に愛されたと言われるほど才に満ち溢れた海斗だが、加嶋達において、それを自分たちの支配下に出来なければ意味がない。


 だからこそ、生まれてすぐから支配下に置くために、さまざまな試みがなされた。


 しかし、その悉くが失敗した。挙げ句の果て、欲をかいた馬鹿の分家が一つ消滅する事態になっている。


 消滅した分家は、近々粛清予定であった為、ラインを超えると、どうなるのかを知る最高の例になった。

 

 因みに、これらのことは、海斗が2歳になるまでに起きた事だ。


 では、何故赤子如きに、国でも有数の力を持つはずの御剣家が何も出来ずにいるのか。


 圧倒的な剣の才?


 他を寄せ付けない魔法の才?


 違う。


 精霊の恩寵である。


 海斗は精霊に愛される。故に、愛する存在を傷付けられれば、数多の精霊が敵になる。


 勿論、そこら辺の精霊が敵になろうが、御剣家の敵ではない。しかしながら、自然そのものの領域に足を踏み入れている大精霊は話が違う。


 大精霊が暴れる事は、災害そのものである。


 一体なら何とか出来る。


 しかしながら、分家を使った実験の際に海斗が呼び寄せたのは7体である。


 国すら軽々と滅ぼすことが海斗には可能だった。


 その結果が確認できた時点で、海斗を支配下に置くことは放棄。


 1ヶ月の協議の結果、精霊の恩寵を弱めること、何かあった時に消えてもいい領地に海斗を移転することなど幾つもの事が決定した。


 その中には、伝説の子が消えても格が落ちないように、皐月と祐希の教育を厳しくする事も含まれていた。


 そうして海斗の神様扱いは始まった。


 神様扱いには、精霊の怒りに触れない事、そして恩寵を弱める狙いがあった。


 精霊に愛される性質を海斗は持っているが、それは絶対ではない。


 大精霊をはじめとして、高位の精霊は外見だけではなく、中身でも判断する。


 つまり、外見を差し引いても協力したく無いと思わせるほど性格が悪くなれば、脅威はなくなる。


 勿論、そうなった場合は御剣家を継ぐのに相応しい存在では無い為、新しい当主への踏み台になってもらう予定だ。


 そうして、計画はうまく進み、持っている才能だけを力任せに振るう暴君になりつつあった。


 6歳の時に辺境の地へ移転するまでは。


 移転先でも、暴虐の限りを尽くせるように、環境を作ったはずだが、想定していた悪評が聞こえてくることは無かった。


 聞こえてきたのは、平和ボケしたサボり魔と傲慢ではなく、堕落の方向に移行していた。


 プラスになるよりかはマシだが、明らかに予想とはズレていた。


 そこから、ノイズが生まれ始める。


 まず、興味もなかったはずの、皐月達に絡みに行くような事が増えたり、何も無いはずの辺境で事件が発生したと思ったら一瞬で解決されたりなど想定外のことがよく起きるようになった。


 ただ、それで不気味なのが、海斗の噂が変わったり、存在感が大きくなった訳では無いこと。


 海斗に目立った行動は見られなく、勤勉になった訳でも無い。問題行動自体も減った訳でもなく、よく屋敷から抜け出すなどやりたい放題やっている。


 この現状に加嶋は、恐ろしい何かを感じている。


 移転したあの時、海斗に宿った荒れ狂う才能達に異変があったのではないのか。


 もしかしたら、自身の才能を従える何かが起きたのではないかと。


 少なくとも計画にズレが発生している。


 不気味な違和感を感じながらも、加嶋達は計画の見直しを迫られていた。


 その後も秘書と話を重ねるが、やはり海斗のことだけは測りきれない。


 故に、加嶋は、報告を受け始めてからずうっと、椅子に座り外を眺めていた初老の女性に言った。


千婆せんばあ、どうすればいいと思う」


「なんだい、私に聞くのかい?可愛い息子だね」


「意見を聞くだけだ。それに千婆にも関わることだろう」


 千婆は先代当主の妻の1人であり、継承戦を経て、御剣家でも大きな影響力を持つ重鎮の1人。


「そうさね、まだ物事を決める必要はない。ここは、一手試してみようじゃないか」


「試すか、どうやって試すつもりだ?」


「王族の件があったはずだ」


「あの件か、あれは牽制に使う予定のはずだが?それに例の組織との……なるほど。これなら、どう転んでも最悪はないか」


 最初は否定的だった加嶋だが、途中で千婆の考えを理解して納得する。


「そういうことさね」


「全く、相変わらず悪どい事を考える」


 加嶋は呆れながらそう言って、秘書に指示を出す。


「王族の例の計画を早めることにする。各自の調整を進めろ」


「承知しました」


 命令を受けた秘書は速やかに行動を始める。


「さて、潰しあってもらうとするかね。御剣家のために」


 そうして、新たな騒動が動き出す。

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