御利益

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御利益

一郎さんは神の存在を信じている。

高校生の頃、いわゆる「神頼み」した事がきっかけだ。


当時、彼は高校卒業後、大学への進学を希望していたが、家庭の経済状況から諦めざるを得ないのは分かっていた。


その時、たまたま通学路で見かけた神社に「金運」を願った。

とは言え、本気ではない。「宝くじでも当たればいいな」位の気持ちだったという。


その翌月に家に大金が入った。

―――だがそれは父の命と引き換えだった。


父は職場で事故に遭い、勤務先から多額の賠償金が入ったのだ。

父を亡くし、悲しみと今後の不安で圧し潰されそうな中、一郎さんの母は気丈にも彼に大学への進学を勧め、それに応えるように一郎さんは猛勉強の末、希望の大学に進学することができた。


進学後、一郎さんは大学で同級生の女性に恋をした。はじめての恋だった。

恋愛について不器用だった彼は、友人の勧めもあって、縁結びで有名な神社を参拝した。


数日後、下宿先のアパートに帰宅すると、自室の前で待ち構えていた女性から。突然、包丁を突き付けられた。


見知らぬ女性だった。

同じ授業を履修している学生だと言うが、面と向かっても心当たりすらない。

彼女は血走った眼を向けながら「私と付き合わなければ貴方を刺して、私も死ぬ」と脅した。


その場は何とか取り繕い、刃傷沙汰はかろうじて避けられた。

ところが、女はありもしない噂……


……彼に暴言を吐かれた。

……彼に酷く殴られた。

……彼に堕胎を強要された。


そんなありもしない噂の数々を周囲に吹聴し、やがて精神的に追い詰められた一郎さんは大学を中退せざるを得なかった。




神頼みはもうごめんだ。

一郎さんは心に強く誓い、実家の近所の小さな工場へ就職した。


だが、その翌年に彼の決意を揺るがす事態が起きてしまった。


唯一の肉親である母が脳卒中で倒れたのだ。

症状は重く、成功率の低い手術に臨む事になった。

彼は藁にもすがる想いで、必死に病気平癒を願った。


果たして母の手術は成功した。

だが、やはり一筋縄ではいかなかった。


母は手術の結果、身体こそ健常だが、脳に障害が残ってしまった。

退院後、一郎さんに介護の負担が重くのしかかった。


突然の錯乱、罵倒や暴力、昼夜の徘徊などが始まった。

身体が健康な分、抵抗する力も激しく、一郎さんの手や顔には生傷が絶えなかった。

彼は勤めていた工場を辞めて、別人のように変わってしまった母の介護に専念することになった。






―――今から二年前、一郎さんは最後の神頼みをしたという。


その数日後、深夜に徘徊していた母がトラックに轢かれて亡くなった。

相手が某大手企業だったこともあり、驚くほどスムーズに賠償金が手に入ったという。


今は定職にも就かず、その金で細々と日々を過ごしている。

……金を使い切ったらどうするかは、まだ決めていない。


一郎さんは神の存在を心から信じている。

そして同時にそれを心から忌み嫌っている。



「俺はね、ご利益だ何だのを求めて、お参りする人間が信じられないんだ。それが何を招くか、分かったもんじゃないのにね……」



彼は暗い表情でそう言った。

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