第26話 夜明け前、不器用な男は独りで探し物をする
日が昇る前、ミガルの漁師たちはすでに市場に集まっている。慌ただしく漁の準備に奔走する人々の中で、一人、地面をじっと佇む男がいた。
男は糊が効いた張りのある生地のシャツを着て、手には小さなライトを持っている。そして茶褐色の瞳を忙しなく動かしていた。
「こんなところに突っ立って何してんだ?」
泣きぼくろの男ーーサントがガヨに話しかけた。整髪剤の付いていない紺色の髪を下ろしている彼は、探し物を、と端的に答えるだけだった。
サントはそんな彼を物珍しく思った。思い出の中の彼とは別人のように思えたからだ。
四年前、ガヨは当時の首都第三騎士団の分隊長に連れてられてやってきた。二十一歳の彼はピカピカの制服を常に第一ボタンまで閉め、紺色の髪をかっちりとまとめていた。
外部との交流が活発で開放的なミガル騎士団に対して、伝統や騎士道を重んじるガヨはお高く止まった印象だった。事実、サントは七歳も年下の男に、何度も服装を注意されたものだ。
そんな彼が私服で、かつ髪を下ろした状態で外に居ることが不思議だった。
「探し物なら手伝うぜ。日が昇ったらもっと人が増えちまう」
サントの提案を聞いたガヨの顔が少し曇る。サントは首を傾げた。
「申し出は有り難いのですが、お断りします」
恐らく目の前の生真面目な男は、面倒をかけまいと辞退したのだろうが、それがサントの親切心を無下にしていることにすら気付いていない。歩く規則と陰で笑われている男に、サントは盛大にため息をついて、やれやれと両手を広げた。
「おめぇさ。そこはお断りします、じゃなくて、お手を煩わせるわけにはいきません、とか、申し出はありがたいのですがって柔らかく返事するもんだろ」
「失礼いたしました。以後、気を付けます」
ガヨの直角に曲がった腰と後頭部を見ながらサントは片手で頭を抱える。踵をつけたまま足先で軽く地面を叩く。
「で? どんな探し物だ? 団員たちに声をかけてやるよ」
顔を上げたガヨは首を捻り、思い起こすようにして話した。
「銀色の細いチェーンのペンダント……だそうです」
「はあ? チェーンの長さは? モチーフはないのか?」
「いえ、詳しくは。俺は見たことがないので。ただ、鐘のモチーフが付いているそうです。英雄ドルススタッドの」
一瞬、肩がわずかに動いたが、ガヨはそれに気づかず地面を見続けていた。
「へぇ。運が良ければ市場の事務所か騎士団宿舎に届けられてるかも知れねぇな」
ガヨの手元のライトの光がちらちらと動く中、サントは背を向けた。海に出向く漁師たちとは反対方向に歩き出す。がぼがぼ鳴る長靴の中に、硬いヒールの音が響く。
「英雄、ね」
サントの小さな呟きは、出港時間が間近に迫った騒がしい市場の中に消えていった。
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