選択肢【カタファ/優しい男】食事を運ぶのは
「俺に案内させて。トニーもジブを一度診たいだろ?」
トニーはそうだなと相変わらず言葉少なく同意した。
「それなら持ち運びできるように包んでもらおう」
ガヨがトレーを持って席を立った。エイラスは席に残って準備を始めるカタファに声をかけた。
「俺はジブに謝りたいですね。顎、蹴っちゃったので。カタファ、替わってもらえます?」
「その気持ちは俺から伝えておくから問題ない」
トニーはそう言ってカップに残ったコーヒーを飲み干した。やや硬い声色だった。エイラスは、残念です、とおとなしく引き下がった。そうこうしているとガヨが容器と手提げを持って戻ってきたので、二人はガヨに礼を言って食堂を後にした。
トニーがジブの部屋の扉をノックする。
扉を開けたジブは驚いた表情でトニーを見たが、その奥にカタファが居るのを見ると、トニーの腕を引いて自身の後ろに隠した。
カタファとジブの身長差は拳一つ分もないくらいだが、恵まれた体格の男からすごまれると威圧感はすさまじい。
ーー嫌われたか。
分からないでもない。きっと今の彼にとって騎士団全員が敵に見えるだろう。
それでもカタファは真剣な面持ちを保って話し出す。
「俺はカタファ。まずは……今日のこと謝らせてくれないかな」
ジブの眉がぴくりと動いた。相変わらずにらみを利かせているが、一歩下がってカタファが入室することを許した。
カタファは軽く頭を下げて部屋に入り、ジブに弁解をした。主にはルガーの態度に対する謝罪だったが、沈痛な面持ちで丁寧に謝罪をするカタファを見てジブ次第に表情を柔らかく砕いた。
「俺も槍で反撃して団員に怪我を負わせちまいました。それに……カタファはトニーに治療魔法をかけてくれたんだろ? なら、俺はカタファに対して怒りは湧かない。……飯も持ってきてくれたし」
ジブはカタファの肩をぽんぽんと叩く。戦闘モードの厳しい顔から、柔らかい雰囲気を取り戻して垂れた目で笑った。
「話は終わったか?」
トニーは二人の和解を見届けると、サイドテーブルにおいた手提げから料理の入った包みを取り出した。
「ジブ。飯」
「うわぁ、旨そう」
修道士服の二人はカタファの謝罪がなかったかのように軽く話をし始めた。カタファは一人置いて行かれている状況だったが、かえって二人が野盗戦やそのあとの出来事を気にしていない証左になった。
ジブは体躯に見合った大食らいのようで、大量に盛られていた食事がどんどんと減っていった。一口は大きいが食べこぼしもなく所作は汚くない。
食事が終わったところでトニーはジブの隣に座った。
「一応、俺も診察する」
そう言ってトニーはジブの肩に手をかざした。
「横で見てていいかな」
カタファがベッドの横にしゃがみこんで二人を見上げた。トニーは灰色の髪ををちらりと見下ろして、小さく頷く。ジブはトニーの瞳を熱っぽい視線で見つめたまま動かなかった。
瞳に宿るほの明るい光。しかし数秒も経たずにトニーはかざした手を下ろし、立ち上がった。
「もう終わったのか。もっと時間がかかるものなのに」
カタファも立ち上がり、二人を交互に見た。
「そそ。いつもこんな感じ。トニーは天才」
ジブはまるで自分が褒められたかのように満足げに笑って、えい、とトニーを両手で指差した。
「やめろ」
トニーはぶっきらぼうに言い返したが、ジブは嬉しそうに笑うだけだ。これがいつもの二人のやりとりなんだろうとカタファは思った。
「脳や顎に出血は見られない。それに元気じゃなきゃこんなに食えないだろ。あとはゆっくり寝ろ」
空になった容器に蓋をしながらトニーが言った。後ろから覗き込めば、綺麗に空になった二枚の容器が見える。よく食うなとカタファがジブに言うと、今度は自身を指差して、俺はまだ成長真っただ中だからな、と笑った。どうやらジブはもうカタファを警戒していないようだった。
「トニー、カタファ。飯、ありがとう。また明日。」
礼を言うジブに軽く挨拶をして、二人は部屋を後にした。並んで歩きだしたが、数歩ほど足を進めるとトニーが足を止め、振り返る。突然振り返った彼の目線を追うと、扉から身を乗り出したジブが手を振っているのが見えた。しかし手を振り返そうとカタファが動いた瞬間、トニーは黙ったまま歩き出してしまった。トニーが背中を見せたことに一瞬、ジブの手が止まったが、今度はカタファに対して小さく手を振った。カタファはこれ以上ないくらいに大きく手を振ってから、先を歩くトニーの後を追った。
廊下の角を曲がって、カタファはトニーに話しかけた。
「冷たいな。手を振り返してやれよ」
「あそこで手を振り返すと調子に乗る」
ため息交じりのトニーの声を聞いて、カタファは曖昧に微笑んだ。なんとなく普段の二人の力関係が見えてきた気がした。トニーが手を振り返したら、ジブのテンションが上がりきってよっぽど面倒なことになるんだろう。
カタファはぽりぽりと頬を掻き、今後は話題を切り替えた。
「トニーはさ。治療魔法に優れてるな、攻撃魔法も撃てたけど、基本魔法のイメージがあるな」
「そうだな。攻撃魔法はからきしだ」
仕事の話。
これを嫌がる男はあまりいない。
「トニーが入団してくれて嬉しいよ。俺は攻撃魔法が専門なんだけどさ。まぁ、運よく治療魔法もできるから重宝されてたけど正直あまり得意じゃなくて。でも、目の前の命は救いたい。そうなるとできることのできないことの苦しさがな……」
「……」
そこまで言ってからカタファはハッとした。治療や再生の神秘持ちにこんなことを言っては、重荷に感じるかもしれない。俺は得意じゃないから、お前がやれと言っているのと同義だ。
「ごめん! えっとさ、トニーに頼りきりにするつもりはない。ええと、治癒魔法を使える…人数。そう人数が多ければ戦場で多くの人を助けられる、だろ?」
カタファは両手を振って追加で説明を入れた。だが、返ってきたのは吐き捨てるような冷たい目だった。
「どんなに人数がいても、すべてを救うことなんてできない。勝手に期待するな」
カタファは立ち止まった。
興味もないといったように伏せられたその瞳の奥には、無力感に覆われた悲しみが見て取れる。
限界は、どこにでもある。どんなに強い人間でも守れる人数は限られる。それは治療においても同じことだが、殊、治療の現場になるとすべてを救えない責任と悲しさは、深くて重い。
「あ……そうだな。」
声のトーンを落としてカタファは答えた。失敗した。治療魔法、そして癒しの神秘。彼の立場は非常に微妙なものなのに軽率だった。
ジブがいた二人部屋は、寄宿舎のうちでも奥まった部屋にあり、逆にトニーの部屋は騎士団の敷地の入り口側にある。夕食後、ほとんどの団員が部屋で休んでいるタイミングだったから、二人の足音だけが中庭に響いている。
「でも……その。すべてを救いたいっていう優しい考え方、嫌いじゃない」
ぼそりとつぶやいた声色は柔らかかった。
「結果を人に期待するのはちょっと違うかもしれないが……カタファの考え自体を否定しない。いい考え方だと思う」
トニーの声は尻すぼみに消えていく。代わりに髪をがしがしと掻く音がした。カタファが横目で見ると耳が少し赤くなっていて、照れが隠せていない。
「そっか。ありがとうな」
カタファはにっと笑った。言葉は短かったがトニーのフォローはしっかりと受け取った。
その後、朝食の時間やスケジュールについて話をしながら二人で歩き出した。カタファがトニーを部屋の前まで送るとき、軽く肩を叩いて言った。
「明日もよろしく」
トニーは短く頷くだけだったが、緩く微笑んだその頷きは単なる相槌ではなく肯定の意志を感じた。
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