選択肢【エイラス/笑う策略家】食事を運ぶのは

「なら、俺が」

 エイラスが言った。トニーは少し考えた後、わかったと言った。

「エイラス、ジブに謝ったか。顎を蹴り上げただろ」

ガヨが言うと、エイラスは、ああと思い返したようだった。

「彼なら大丈夫だと思いますけどね、必要以上に力を入れていませんから。実際、彼を起こした時も問題なさそうでした」

「大丈夫かは別。まだ謝ってないなら、ちゃんと謝っておけよ?」

 カタファははっきりとエイラスを嗜めた。エイラスが返事をする前にトニーがトレーを持って立ち上がったので、エイラスは急ぎ足でトニーを追いかけた。

「カウンターで食事を包んでもらいましょう」

 エイラスはカウンターに立つ給仕に食事を包むように言った。少し待つと、給仕が保存容器が入った手提げをトニーに差し出した。トニーが手を伸ばしたが、エイラスが横から腕を伸ばして受け取った。トニーの目線が腕を追ってエイラスを見上げる。エイラスは微笑んだ。

「行きましょう」

 伸ばした腕を下げたトニーは、エイラスの後を付いて食堂を出た。


 食堂から宿舎につながる内廊下には中庭に面した大きな窓が等間隔で並んでいる。月明かりとぼんやりと光る魔法灯が宿舎の床に敷き詰められた青い絨毯を照らし、夜は静かな空間が広がる、ら。

 トニーはエイラスの半歩後ろに付いていた。エイラスが歩調を速めたり緩めたりしても位置関係はかわらない。あくまでエイラスの隣には立たないつもりのようだった。

 エイラスはトニーの様子を見ながらゆっくりと歩いている。その目はまっすぐに前を見据えている。距離と角度からすれば、エイラスが様子を窺っていることをトニーは視界の端で捉えられるはずが、エイラスの視線に気付いていないかのように振る舞っていた。一向に目を合わせないトニーにエイラスはいつものように微笑んだ。

「俺たち、瞳の色が同じですね」

 トニーは、わずかに眉をひそめながらエイラスと目を合わせた。

「俺は濃い緑、お前は薄い緑。かなり違う」

「そうですか? よく見せてください」

 エイラスはトニーの前に立ち塞がって、両手で頬を包み、顔を近づけた。見開いたトニーの瞳に大きな口で笑みを浮かべたエイラスが写る。深い驚きでトニーは硬直したままだった。

「驚かせましたね。すみません」

 手を離したエイラスは再びトニーの前を歩いた。少し遅れて小走り気味にトニーが追いついてくる。

「トニーの目はわずかに青みがかった緑色ですね。美しい鳥の羽の色のようです」

 トニーは小さくため息混じりに返した。

「褒めても何もでないぞ」

「いえ、事実を言っただけですよ」

 エイラスの澄んだ声に、トニーはうっすら顔を顰めた。失敗した料理をそれと気づかれないように食べているような、得も言われぬ顔だった。

エイラスは、あははと控えめに声を出してトニーに背中を向けた。微笑みの消えた、芽吹いたばかりの淡い新緑を思わせるエイラスの瞳が鈍く光った。


エイラスが扉をノックすると、部屋の中からバタバタと音がした。少しすると扉が薄く開く。目立つ赤い髪には寝癖がついていた。

「こんばんは。突然失礼します。昼間のことを謝罪したくて伺いました。食事も持ってきたので是非、召し上がってください」

「はあ、どうも」

 ジブは気のない返事をしたが、エイラスの背後にいるトニーを見て扉を大きく開いた。そしてエイラスを押しのけるようにしてトニーの元に駆け寄った。開け放たれた扉から漏れた明かりは2人を照らしている。エイラスは扉の影で彼らを見守った。

 ジブは、ルガーに殴られた頬の予後を聞きながらトニーの肩に手を置く。トニーは気にする様子もなく大げさだと言って彼をなだめた。エイラスは静かに2人に近づいた。ジブがトニーの肩を引いた。トニーがよろけるようにジブの背後に回る。

「お話の最中にすみません。俺は第三騎士団のエイラス=ザンド=マーリヒハルトと言います。エイラスと呼んでください。昼間は貴方を落ち着かせるためとはいえ、乱暴にしてまい、申し訳ありません」

 エイラスの背筋の伸びた深い礼に、ジブは、少したじろいた様子だったが、もう気にしていないと言った。

「あの、食事が冷めてしまいますから」

 エイラスは両手を伸ばして手提げを差し出し、ジブはそれを受け取った。そのままエイラスはジブとトニーに明日の朝食の時間やスケジュールなど必要な伝達事項を伝えた。ジブは集中して話を聞いていたが、トニーは黙ったままだった。

「それでは、俺たちはこれで。ああ、トニーの部屋は宿舎の出入り口のすぐそばですより」

 エイラスが微笑む。ジブは曖昧に返事をしながら、ちらりとトニーの様子を窺った。トニーも瞬間的にジブと目を合わせたが、首を少しだけ傾けただけで何も語らない。

「トニー、部屋まで送りますよ」

 トニーがジブの横を通り抜け、扉の影に入る。そのまま歩き出したトニーの背中を、ジブの薄桃色の瞳が追っていた。廊下に漏れた部屋の明かりの中で1人たたずんでいる。

「では、また明日」

 エイラスは踵を返し、月明かりに照らされて揺れる茶色い髪の彼を追いかけた。


 廊下の角を曲がり数歩歩いたところで、エイラスはトニーの背中に向かって謝罪をした。

「今日は、初対面なのに貴方に意地悪いところばかり見せてしまいました」

 トニーが振り返る。エイラスの続く言葉を待っているようだった。

「少し歩きましょう」

 エイラスは中庭に向かって歩き出した。


 中庭に着くとエイラスはベンチにトニーを座らせた。エイラスも隣に座ると、あたりを見回してからトニーに耳打ちした。

「正直に言って、神秘の力に興味がありました」

 それだけ言うと、トニーから身を話して言葉を続けた。

「でも、貴方は何を言っても響かないというか、とても距離があるように感じてしまって、……何とか心を揺さぶれないかと。途中からそちらの方が目的になってしまって、いろいろと嫌な言動をしてしまいました。申し訳ありません」

 トニーは黙ったままだった。エイラスはバツが悪そうに、その長身を縮こまらせていた。

「……別に。気にすることはない」

 トニーが口を開くと、エイラスは改めて頭を下げ、謝罪を受け入れたことに礼を言った。トニーが立ち上がると、今度はエイラスが後についた。

 トニーの部屋に着くまで2人は無言だったが、トニーはエイラスの歩調に合わせて並んで歩いていた。


 トニーの部屋の前で、エイラスは優しく声をかけた。

「今夜はゆっくり休んでください。おやすみなさい」

 ここにきてトニーはやっと少し、ほっとしたような表情になった。微笑みかけるエイラスに対して、ややぎこちなくだが笑みを返し、おやすみと言って扉を閉めた。

 閉まった扉の前でエイラスは指で太ももを音を立てずに叩いた。

 4拍。内鍵が閉まった。

 エイラスは浮かべていた笑みを消して自室に戻った。


【選択肢】※ルート分岐としてお考え下さい。


<ガヨ>

https://kakuyomu.jp/works/16818093093014107024/episodes/16818093093473490710


<カタファ>

https://kakuyomu.jp/works/16818093093014107024/episodes/16818093093473597284

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