第9話 近づいてくる恐怖
俺は唯一人、神社の開けたところに佇んでいた。俺の家は神社の敷地の真隣にあるため、ここまで来るのに時間は殆どかからなかった。
俺はまだ陰陽師でいうところのひよこクラスらしい。魔法に近い神術?とやらや、スキルとかに近い天恵?がまだ発現していない様子。ある程度体に妖力が馴染むと、加護が目覚めてどうのこうの言っていた。
うん、専門用語が難しくて覚えてない。まぁ、どうにかなるか。今の俺が使えるもの以外を考えたってしょうがないんだし。
中々こないメリーさんにしびれを切らしていた俺はいろいろなことを考えていると、不意に電話がなった。
一呼吸置いてから俺は電話を取った。
「私、メリーさん。今神社の前にいるの」
「なら早く来い。こっちはいつでもオッケーだ」
「そう。なら、私、メリーさん。今アナタの後ろにいるの」
突如後ろからどす黒い気配が立ち込めた。来いとは言ったけど、まさかこんなに早く来るとは思ってなかった。いやはや、失敗失敗。
「んじゃ、やるとしますか」
そう言って俺は鞘から刀を抜いた。剥き出しになった刀身は月の明かりに照らされて輝いている。神社に祀られていたこの刀は親父が陰陽師のときに長年使っていた相棒らしく、手入れも怠っていないため耐久性が高いとか親父は言っていた。
前に口裂け女と戦ったときにも使っていたこれを今回は俺が使わせてもらう。
準備が整った俺が振り返るとそこには小さな人形が立っていた。そして、その右手には背丈に合わない包丁を持っている。
「私、メリーさん」
メリーさんはそう言いながら、ナイフを俺に突き刺そうとしてきた。距離が近すぎて刀は振れない。一直線で向かってきたメリーさんを横に避けた後、蹴り飛ばす。蹴った感覚はそこまで固くはない。刀が掠りでもすればすぐに倒せそうだ。
そう思っていると、メリーさんが消えた。
これは親父の言っていた瞬間移動!?
「後ろかッ!?」
天恵を使って移動したメリーさん、それに気付いた俺の背中に電撃のような感覚が走った。着ていた服に赤黒いシミが広がる。
「痛っっっっっって!?」
親父から天恵について聞いていたお陰で避けることはできたが、わずかに掠ったところから今まで味わったことがないほどの激痛が体を襲う。それでも無理やり体を動かしてその場から距離を取った。何が簡単に倒せるんだよ親父!?あんなの知らなかったら対処できないわ!?
「私、メリーさん。アナタを迎えに来たの」
声は後ろから、つまりメリーさんからだ。迎えに来ただと?そんなのは頼んでないし、いらない。
「一応どこに向かうのか聞いても?」
「地獄へ、私、と、いきましょう?」
俺はまた振り返り、その姿を視界に捉える。そして、少しずつ後ずさりを始めた。
「そう。なら、力ずく」
俺は断ったが、メリーさんはやる気らしい。さて、今の俺は致命的な傷は負ってない。体は自由に動きそうだ。
ただ、あいつがまともにやり合ってくれそうなやつじゃないのは分かっている。
だからこそ、天恵を聞いたときから
「着いてくるなよッ!!」
俺はそう言って走り出した。向かった先は神社の林。
「私、から、逃げられると?」
走っていた俺の後ろからメリーさんの声が聞こえた、がすぐさま遠ざかる。やはり、あいつの瞬間移動は動いているやつに有効じゃないみたいだな。
走り出して数十秒、無事にメリーさんの瞬間移動から何度か逃れて森に入った。息を整えるために、
「こうすればもう瞬間移動はできないはず」
俺は荒れた呼吸を落ち着かせるために刀を地面に差して一息ついた。
俺はどこかで見たことがあるメリーさんの対処法を試してみた。メリーさんが後ろに移動したときに後ろが壁だと埋まってしまう説の検証。俺の予想だとめり込むことはなく、そもそも移動できないのではないか。そして、俺の作戦が正しいのならば……。
────その時、小さな西洋人形が紅城の前に現れた。
「私、好きなところに移動できるのよ?」
メリーさんは包丁の先を紅城に向けてそう言った。木々の隙間から漏れる月明かりに照らされた
「────だから、利用した」
紅城の言葉とともに、メリーさんの顔に大きく亀裂が入る。
メリーさんが現れるや否や、すぐさま刀を握り直してそれを上へと振るっていた紅城。メリーさんの顔に当たった刃先は脆い肌を断ち斬った。目は片方落ち、ぼろぼろになった人形が地面には落ちている。
この間およそ一秒。
林に逃げ込む前に考えていた作戦。それは、無知なフリをして林に逃げ込み、後ろに移動できないようにした後、前に現れるメリーさんを斬り祓うというもの。
そして、その策は無事成功したのだった。
「隙を見せたら油断してくれると思ったよ」
俺は下で倒れている人形に言った。
これで全て解決した。そう思った次の瞬間、人形の口が開いた。
「私、メリーさん。今、結月の家の前にいるの」
煙のように消えたように人形は、その言葉だけを残していった。
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