第3話 遭遇


「チッ、テメェか。だが、一歩遅かったな」


 そう話す男の手には小さな石が握られていた。それはまさしく、先ほどから名前が出ていた”要石”である。


「”白虎”、お前がなぜその”要石かなめいし”を狙っているかは知らないが、それをこっちに渡せ」


 女の問いかけに男は同意する素振りを全く見せない。むしろ、


「渡せだと?これをお前たち”陰陽師”に渡すわけがねえだろォがよォ!」


 そう叫びながら男は腰の鞘から刀を構えようとする。


「そうか────だが、油断大敵」


 そう言った女は腰に携えた刀を抜くのではなく、どこからともなく取り出した銃の引き金を引き、寸分の違いなく要石を持っていた男の左手に銃弾を命中させる。男は痛みで手を開いた。要石は地面に転げ落ち、近くの草むらに落ちる。それを拾おうと意識をそらした男の隙を、女は見逃さなかった。


 女が大きく右手を払い除けたかと思うと、突然男の体が宙を舞った。女の方から吹いた突風が、男の体を軽々と持ち上げたのだ。


 空中で体勢を崩した男だったが体を捻り、立て続けに女が発射した弾丸をなんとか避ける。後ろに吹き飛んだ男に近づこうと階段を駆け上り、腰の刀を鞘から抜くと女は斬りかかったが、男は全力で踏み込んだ抜刀でそれを上から受け止めた。


 このとき、互いの実力差はあった。それも拮抗しているわけではなく、男のほうが大きく勝っているはずだった。だが、女はこの勝負に勝ったといっていい。戦いの最中、あの要石を強奪できるほど男は余裕のあるわけではない。じきに他の陰陽師が応援に来ると理解していた男はこの戦闘を不利と判断し、撤退を選択したのだ。


「チッ、テメェは必ず殺す」


 そう言って男は後ろに下がり距離を取ると、刀を収めてその場を後にしようとした。


「逃がすとでも?」


 目にも止まらぬ速さで女は距離を詰め、刀の間合いに男を取り込もうとした。だが、女と男との実力差はそこで大きく表面上に現れた。この瞬間、男は刀を抜く一瞬すらなかったが、経験則から導き出された最適解は────


はつ


 男は刀が体に触れる寸前に上へ跳んだ。瞬時に行われたその行動に女は反応できなかった。撤退を選択した男にとって、今この場で戦うという考えは残っていない。今は何としてでもこの場を離れる。それだけを考えて男は行動していた。実際のところ女が本気で戦えばいい勝負をするだろうがそれでも男には遠く及ばない。ただ時間がかかるという理由で女を見逃したのだった。

 

 宙へ逃げた男は階段を何十段も飛ばして地面に着地し、振り返ることなくこの場から男は離れていった。


 そして、女もすかさずその後を追って消えた。


 ***


「今のやつ、何……?」


 俺がさっき見た銃やら刀やらの戦いは一体何だったのだろうか。正直目の前で起こったあれをまだ本当のことだと脳が処理しきれていない。ドラマの撮影ではないかと考えてしまう自分がいるが、辺りを確認しても人の気配はしない。さっきまでの戦闘が嘘のように辺りは静まり返っており、まだ六月ということもあって虫の音すら聞こえない。


 さっきの銃に驚きその場から動けなかったが、やっと体が動くようになってきた。


「確かこの辺だったよな」


 さっき二人が争っていたときに何かが落ちるのを見ていた俺は、辺りを探してみた。


 階段近くの草の中を探すこと数分、俺は目的の品であろう物を発見した。それはガラスのように透き通っていた石だった。なんとも奇妙な石で、月の光を吸収して青白い光を放っている。さっきの女性が言っていた”要石”とやらはこれなのかもしれない。


 なんとなく拾ってしまったが、これは俺が持っていていいやつなのだろうか?さっき男が神社から取ったとか言っていたし、これは返しておいたほうがいいな。

 

 俺は目の前の階段を登り木造の建物に入ると、そこには見るも無惨になったやしろがあった。更に社に近づいていくと、それは乱暴に破壊されていた。なんて罰当たりなことを。


 無理やりこじ開けられたような跡もある。やはりこの”要石”?とやらはここから持ち出されたらしい。元あった場所に戻しておこう。


 俺は”要石”をしまおうとしたが、一つ気付いた。ここに置いとくと結局盗まれるのではないか?さっきの男はこれを探していたようだし、あの女の方もこれを手に入れようとしていた。どちらが正しいのかは分からないが、少なくとも男の方が奪っていた雰囲気だった。だが、別に女の物というわけでもなさそうに思える。


 そうなると、警察に手渡すべきなんだろうが、ひとまず家に帰りたい。あんなものを見た後だ、精神が疲れすぎている。


 持ち帰ることが罰当たりな気もするが、これは一旦家の神社に持ち帰るべきか。ここに返すよりも幾許かはマシだろう。


 そう思い俺は家に帰ろうとした。神社の本殿から出ようと入口の方に顔を向けた瞬間、そこに誰かが立っているのが見えた。逆光で顔はよく分からないが、マスクをつけた女だ。


「私、キレイ?」


 女はそう言って首をいきなり九十度右に傾けた。人間がしていい動きじゃない。


「あぁ、そうか。お前が────」


 今日はつくづくツイていない一日らしい。


 俺は女の言葉を聞いて一つ思い出したことがあった。信じたくはないが、一日に二度もこんな非日常な状況に巻き込まれたんだ。信じるほか無い。

 

 まさか、本当に実在していたとは。


「────【口裂け女】」

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